勇気ある者
「ところでこの紙は?」
使用人の女性がお茶が持ってきたことによって魔眼の話が一段落ついたところでユウナ様の持ってきた紙に話題を移す。
一番上の紙に書かれているものは魔法陣ではなくなにかの機械のような図形だ。
「これはわたくしが考えてみた魔法を原動力に使った機械ですの。
まだ実現はさせていませんがナギに見てもらおうかと思いまして」
「いいの? そんな大事そうなものを僕に見せちゃって」
「問題ありませんわ! ナギさんはその……だ、大事な……とも……友人でしてよ」
ユウナ様は途中照れ臭そうに顔をそむけたが最後の言葉は開き直ったように力強く言った。
「そういうことなら遠慮なく。って言っても僕が見て分かるかどうか」
ユウナ様からの心地よい信頼。裏切るつもりなど毛頭なかったけれどますます裏切れないという思いが強くなった。
ユウナ様から資料を受け取り内容を読んでみる。
一枚目はどうやら風の魔法を使う機械で、ピストン運動により動力を発生させる機械のようだ。
筒と筒にすっぽりと収まる柱、筒の底には魔法石を仕込み空気を筒の中に作り出し柱を上下させる機構のようだ。
柱には筒に収まる長さの半分程度の溝が彫られていて、柱が持ち上げられたときに溝の部分から空気を逃がし、持ち上がった柱を元の位置に戻るようにしているみたいだ。
単純な仕組みだけあって分かりやすい。
「なるほどねぇ。素材はやっぱり木材?」
「そうですわね。実験では木材を使用する予定ですわ」
「どれぐらいの重さまで持ち上げられるかとマナの消費量が気になるかな。でもいろんな事に応用できそうだ」
この機械が出来上がれば僕には科学知識はあまりないが蒸気機関のように使えるのではないだろうか?
紙をめくり二枚目を見てみる。二枚目は一枚目の機械を使用する水をくみ上げる機械のようだ。
三枚目は風を送る機械、扇風機だ。これは普通に魔法でいいのではないかと思ったけれど少ないマナで最大限の効率を求めるというのも面白いかもしれない。
機構は空気を使ったものだけではなく水車や風車、水蒸気を利用した蒸気機関らしきものまである。
もっとも、蒸気機関といっても車輪から蒸気を噴出させて回転する機構なので蒸気機関車には使えないだろう。多分。
蒸気機関は魔法ととても相性が良く思えるのだけど、残念ながら僕は詳しい仕組みが分からない。
シエル様に仕組みを解説してもらったとしても、はたしてこの国の科学レベルで蒸気機関という発想が生まれるのかどうかが分からない。
発想の源泉ともいえる知識がこの国に存在しなかったらなぜ僕がそんなものを作れたのかと疑問に思われてしまうだろう。
原理を説明すればわかってもらえる事もあるかもしれないが、しょせんは借り物の知識。僕にこの世界の科学を前提とした道筋立った説明ができない。
気球の時は仕組みが単純な上サラサがいてくれたからなんとかなったのだ。
しかし、ユウナ様の考えた数々の機構。これ飛行船の推進力に使えるんじゃないだろうか?
「ねぇ、ユウナ様。金銭援助とか募る予定ない?」
「金銭援助というと芸術家の後援者のような?」
「そう。こういう科学技術も対象になると思うんだよね」
「それは……さすがにわたくしだけの一存では決めることはできませんわ」
ああ、そうだ。ユウナ様は王女様だから金銭的なしがらみを作るわけにはいかないのか。
これは僕がうかつだったな。
「そっか。そうだよね……ユウナ様の機械を紹介したい所があったんだけど」
「まだ実験もしていない空想の産物ですのよ?」
「うんでもさ、実現したら役に立つと思うんだ。ユウナ様は気球の事もう知ってる?」
「アールスから話は聞いていますわ。ナギが知っているとは思いませんでしたが、まぁアールスとは仲がよろしいようなので知っていてもおかしくはないですわね」
「その気球の推進力に使えないかなって思ったんだ」
「推進力ですか……」
「気球って風任せなところがあるんだ。ある程度精霊の力で行き先を決められるけど速度はそれほどでもない。というかマナの制御が苦手な精霊に完全に任せるっていう選択肢はない。
その問題をユウナ様が考えた機構なら解決できるんじゃないかと思って」
「わたくしの考えた物が……」
ユウナ様は資料を手に持って愛おしそうな眼差しを紙面に落とし一枚一枚丁寧にめくっていく。
「もちろん実際に紹介するのは実物を作って結果を出してからで、話だけは先に通しておいてもいいと思ったんだけど……ユウナ様が問題あると考えるならやめておいた方がいいよね」
「そうですわね……残念ですけれど今は無理ですわ。そしておそらく後援者を募ることになったとしてもわたくしの国から選出することになるでしょう」
「うん……じゃあこの話はここまでで」
「そうですわね。ついお話に夢中になってしまいましたわ。お茶が冷めきる前にいただきましょう」
持ってきてもらったお茶の温度を確かめてみると冷めて丁度いい温度になっていた。
「ナギ、次はナギのお話を聞かせてくださいまし。この一年何をしていたか、知りたいですわ」
「いいよ。じゃあまずは昇位試験から話そうか」
お茶で舌を湿らせてから僕はこの一年の事を語り始めた。
話し終えた後淹れ直してもらったお茶を飲み一息つく。
一年の話はさすがに長くところどころ端折ったがそれでも北方の髪型の流行りやケアの仕方になると饒舌になってしまい昼食をはさむことになった。
「ナギはこれからオーメストに行きアールスと合流するのですね?」
「うん」
答えるとユウナ様は真剣な目で僕を見てきた。
「……ナギ、アールスについて話があります」
「話?」
「ナギはアールスの固有能力についてどれくらい知っていますの?」
「アールスの……勇気ある者について?
あまりよくは知らないけど、身体能力の成長に補正がかかるとは聞くね」
「勇気ある者の効果はそれだけではありません。精神にも影響を及ぼし不安や恐怖心というものを感じさせなくしてしまうのです」
「……恐怖心を?」
「ナギは心当たりありません?」
「いや……ない……ううん。そうか、もしかして僕がアールスと試合をした時僕が傷つくことをアールスは恐れてなかったけどあれかな」
「まさしく。勇気ある者はそういう恐れすらも感じさせないと言われています」
「でも試合の後アールスは後悔してたよ」
「影響は出ますが不安と恐怖心以外の感情まで抑制するわけではありませんの。その証拠にアールスは喜怒哀楽がないわけではないでしょう?」
「うん」
「けど、不安や恐怖心が無くなれば他の感情に確実に影響を与えます。
例えば好奇心。アールスは好奇心が強いですがそれは不安と恐怖という感情が薄く喜びや楽しみといった感情が濃くなっているせいだとわたくしは思いますの。
警戒心などは非常に薄くなるでしょうね。アールスは学校でそこの所を徹底的に注意されたので自然体でも警戒ができるようになりました。
アールス自身警戒心が湧かないということが危険だと理解したのでしょうね」
「そんなに……固有能力の影響が出ているの? アールスは僕達のこと心配してくれるし守りたいって言ってた。不安や恐怖心がなかったらこんなこと言わないと思うんだ」
「ナギ。それは貴女達だからです」
「え?」
「はっきり言いましょう。アールスに不安や恐れを抱かせる存在はアールスの母と貴女、それにレナス=フェアチャイルドという女性のみです」
その言葉はハンマーで殴られたような衝撃を僕に与えた。
僕達だけ?
「が、ガーベラやユウナ様は?」
「無理でしたわ。どんな想像をしても不安も恐怖も湧き上がってこないと言われてしまいました」
ユウナ様は自嘲気味にふっと笑った。
あのアールスがそんな事を二人に言ったのか?
僕は三人は仲がいいと思っていた。アールスが守りたいと思っている人物に当然入っていると思っていた。
分からない。分かっていたはずのアールスが急に遠く感じる。
「アールスはそれでもわたくし達を守ると言っていましたが……どのような感情なのでしょうね? 失う不安も恐怖も無い守りたいという感情は。義務感なのでしょうか?」
「分からないよ……」
想像してみるが全く理解が出来ない。僕にとって守りたいという気持ちは不安や恐怖が必ずあるものだ。
失いたくないから、悲しんでほしくないから守るんだ。
不安と恐怖を取り払った後に残るのは……やはりユウナ様の言うように義務感だろうか?
だけど義務感だけで自分が危険な目に会うなんて……いや、違う。そういう恐れもないのか。
アールスは自分が傷つくことも恐れないから守るなんて言えるのかもしれない。
「アールスを首都に呼んだのはわたくし達三人を集めるための口実に使った……というよりは勇気ある者の保護と教育が目的だとわたくしは思っています」
「最初から勇気ある者を持ったアールスが目的だったと?」
「わたくし個人の推察ですけれど。勇気ある者には特殊スキルがあり『ブレイブシールド』という能力があるのですが、これはとても強力な能力で初代国王アーク様はこの能力で共に戦う軍勢を守ったと古文書には書かれているらしいですわ」
「らしいって、確認はできていないの?」
「いないようですわね。アールスは使えないようなので」
「使えない?」
「古文書によるとブレイブシールドは真に勇気ある者にしか使えないものだそうです」
「真に勇気のある者か……恐怖を知らない者は勇気があるとは言えないって事かな」
「おそらくは。そんな使用条件で精神に影響を与える能力があるというのも本末転倒な話ではありますけれど」
元々固有能力というのは輪廻の輪に戻った際消されて次の生に引き継ぐ事はできない。
おそらく初代国王アークは僕と同じ異世界からの転生者で特典の固有能力の引継ぎがあったんだろう。
特殊スキルの使用条件と能力の齟齬はそれが原因かもしれない。
本来勇気ある者はその名の通り勇気のある者にしか発現しないのだろう。
だけど引継ぎ特典の所為で勇気というものを知る機会が奪われてしまって本来の力を発揮できないようになってしまったと。
「アーク以外に使えた人はいないの? たしか勇気ある者は過去に何人もいたんだよね?」
「初代と先代を除いでみな早死していますわ。その死因が幼い頃に一人で遠くへ行き魔物や動物に襲われたり、無謀な戦いに挑み死んでいったそうです」
「恐怖心が無くなった弊害か……先代の人はどれくらい生きたの?」
「寿命を全うしたそうですわ。先代は今までの反省を生かし早めに国が保護をして教育を行ったようですが、結果が思わしくなく戦いに出すことを止め先代はそれに従ったようです」
「……」
「貴女ならアールスから聞いているかもしれませんが、アールスを中心とした特殊部隊が編成されるという話は知っていて?」
「うん。聞いてる……もしかしてその話って今回の話と関係するの?」
「恐らくは。わたくしもアールスから断片的な話しか聞いていませんが、わたくしはあの話をアールスに恐怖を抱かせるためなのではないかと睨んでいますの」
あり得る話だ。
恐怖心を抱かせるとまではいかなくてもアールスをそれなりに責任ある立場に置いて責任という重圧を感じさせたかったのかもしれない。
確か部隊の編成にアールスの希望が通るようになっていた。
実際僕もアールスが冒険者になれると分かるまではアールスと一緒に魔の平野に行くつもりだったしアールスも推薦してくれるはずだった。
だけど話が流れた。あの時は気球という新しい移動手段が見つかったからだと思ったけれど、今思うとそれだけじゃないんだろう。
「僕達を失う恐怖を増幅させるなら部隊を新しく作るよりも一緒に冒険させた方がいいって事かな」
「そうだと思いますわ。いくらブレイブシールドが欲しいからと言って危険な魔の平野を探索させ犠牲を出すのは割に合いませんわ」
「そうだね。それに元々は僕達の存在は勘定に入ってなかったんだと思うよ。アールス以外からは僕達には一切そういう話が入ってこないから」
もしも僕達を部隊に入れたいのならアールスからの話だけじゃ弱い。本当に入るかどうかなんてわかったもんじゃない。
念を入れてきちんと勧誘してくるはずだ。
「とはいえこの話ってあくまでも憶測にしか過ぎないんだよね」
「そうですわね。事実は新たな部隊の話が流れアールスが貴女達と共に行くという事だけですわ。
後はわたくしの勝手な妄想ですわ」
「まぁなんの思惑があっても関係ないよ。僕は僕達のやりたいようにやるだけだ」
何があってもアールスは守るそれだけなんだ。とはいえ政治的な手段で何かされたら僕には打つ手がない。
……その時は腹をくくってアールスと共に行くしかないか。
「ナギ。先ほど言ったように貴女達だけなのです。今でもアールスが不安や恐怖を忘れていないのは。おそらく幼い頃の経験が原因でしょうが……ナギ、わたくしはナギ達にアールスの事を託したいのです」
「託す?」
「彼女に不安と恐怖を教えてほしいのです。ブレイブシールドを使えるようにしてほしいと言いたいのではありません。彼女に無謀な行いをして欲しくないのです。
わたしく達もさんざん口にしてきましたが言葉だけで注意しても駄目なのです。だから、アールスが貴女達を失うことを恐れているうちに教えてほしいのです」
ユウナ様はまるで懇願するように瞳を潤ませて僕に訴えてくる。
そんな表情を見せるのはユウナ様にとってもアールスは大切な友達だからだろうか。
「……僕にできるかはわからない。だけど、放っておけないよね」
放っておけるわけがない。アールスは僕の大切な幼馴染だ。
ユウナ様の言ったことが本当なら僕はアールスをどうにかしたい。
不安や恐怖心が感じられないのは僕は痛みを感じないということと同じようなことだと思う。
恐れを感じなければ危機感が生まれにくくなる。
そして傷つくことも恐れなくなるだろう。
僕はアールスが死ぬ事すら恐れないようになるのが恐ろしい。とても恐ろしい。
今アールスの傍にいるはずのミサさん達にも情報を共有しておいた方がいいかもしれない。
とはいえ具体的にどうすればいいのかはわからない。これからアールスと会う前に考えておく必要があるだろう。
DQB2をやり始めたのですが、ナスのモデルである一角ウサギやアルミラージを倒すのがつらい




