ユウナ様は髪友
魔獣達にシエル様の事を話しても特に何も変わらなかった。
ゲイルはちゃんと秘密にしてくれているようだ。
友人達との食事会も無事に終える事ができ、学校の特別授業も問題なく行なう事ができた。
食事会に参加できた友達は八割と言った所で、来れなかった子は忙しかったりグランエルにいなかったりする子達だ。
まだ若いという事もあって独り身の子が多かったけれど、少数だが結婚している子もいた。
久しぶりに会った子達は僕の旅の話を聞きたがったので今話題のダイソンや北の雪像祭など受けがよさそうな話をした。
特別授業にはアイネも誘ったのだけど、組合で仕事をすると言って断られてしまった。
その代わりアロエは手伝って貰う事ができた。
魔獣達は相変わらずの人気で、以前の授業で会った子達からも初めて会う子達からも好意を持って貰えた。
ゲイルは初めて大勢の子供を相手をして疲れたようで途中でアースの背に避難していた。
子供達の事をゲイルは苦手になってしまわなかったか心配したが終わった後にゲイルに感想を聞いて杞憂だと分かった。
魔獣に対して乱暴な事をしない様にと注意していたのが功を成したのかそれとも優しい子が多いお陰なのか、魔獣達が痛い思いをするような事は無かったというのもゲイルが子供達に忌避感を抱かなかった理由かもしれない。
名残惜しさを残しつつ授業を終えたその日の夜、シエル様は分体をこの世界から消した。
期限だったから仕方が無いがシエル様は僕の案内で満足してくれたか最後の瞬間まで気が気ではなかった。
だけど分体が消えた後もシエル様との会話は無くならなかったので別れの余韻はあっさりと消え去ってしまった。
シエル様がいなくなった翌日。
今日はついにユウナ様に会いに行く為朝早くから念入りに髪のセットをする。
手を抜くとユウナ様に怒られるし何よりも僕のプライドが許さない。
今できる最大限のセットを時間をかけて行う。
「なんか今日は気合入ってんね」
手入れの最中呆れたような声でアイネが声をかけて来た。
「今日会うのは髪友だからね。手を抜けないよ」
「いつも一時間いじょーかけてるのにそれでも手を抜いてんの!?」
「別に手を抜いてるわけじゃないけどさ……今日は念入りにね」
髪の乾かし方一つで髪が痛む危険性があるんだから日頃から手を抜くはずがない。
髪をゆるく巻き終えるとそこで一旦手が止まる。
着ていく服は購入した時に髪型をどうするかは決めている。後ろ髪はギブソンタックだ。
あらかじめ髪にゆるく巻いてウェーブをかけておいたのは髪をまとめて編みやすくするためだ。
編み方は問題ない。何度もやっている。問題は前髪をどうするかという事だ。横に流すか分けるか。分けるにしても左右の割合をどうするか。
左に流す? 右に流す?
それとも七三で分けるか三七で分けるか。真ん中で分けてもいいかもしれないし降ろしちゃってもいいかもしれない。
なにはともあれ後ろ髪をまとめてからにしよう。
丁寧に髪をまとめた後ベッドの上で暇そうにしているアイネに声をかけた。
「ねぇアイネ」
「終わった? 早くご飯いこー」
「前髪どうしたらいいと思う?」
「……知らないよ。あたしご飯食べにいくかんねー」
「あっ、うん」
お腹空いていたのに僕の事を待っていてくれたのか。
そう気が付けば僕もお腹が空いている事に気が付いた。
アイネには悪い事をしてしまった……髪を整えるのはご飯の後でも出来るじゃないか。
「ごめん。待たせちゃって。着替えたらすぐ行くよ」
「別にいーよ。ゆっくり決めれば?」
「あはは……ご飯食べた後でもいいからね。食べてる途中に決まるかもしれないし」
「ふーん……じゃあ早く着替えなよ。あたし先行って席取ってるからさ」
「うん」
これ以上アイネを我慢させるわけにはいかない。
部屋から出ていくアイネを見送りつつ寝間着から着替え始めた。
食事を終えた後前髪の調整を終わらせ、魔獣達のお世話をしてから待ち合わせの場所へ向かう。
待ち合わせ場所は宿がある道から南の大通りに出た場所で、しばらく待っていると馬車がやってきた。
僕の目の前に馬車が止まり中から黒に近い深緑のきれいな使用人服を着た女性が出てきた。
女性はまっすぐと僕を見た後背筋をピンと伸ばしたまま姿勢よく近寄ってきた。
どうやらユウナ様が遣わした人らしく僕を確認してから深くお辞儀をして挨拶をしてから僕を迎えに来たことを伝えてきた。
僕は促されるままに馬車に乗り込むことになった。
中には見覚えのある男性がいた。たしかユウナ様の護衛の人だ。
きっと僕か女性の安全のためにユウナ様が付けてくれたのだろう。
お久しぶりですと声をかけると護衛の男性は僕が覚えていたことに驚いた顔を見せた。
言葉を交わしたことはないし名前も聞いていないので知らないがそれでも僕はユウナ様を守っている護衛の顔は覚えている。
何せユウナ様と部屋で話すとき護衛の人達はユウナ様の背後から僕を監視していたのだ。
怪しい行動をしないか見張るためというのは理解できるが、ユウナ様の方を見るたびにいちいち視界に入って気になって仕方なかったのだ。
馬車が向かった先は南西の地区の西、外側に存在する高級住宅街だった。
都市の外には生活用水処理用の堀があるから都市の外側は人気がないのだけど、ユウナ様が外側を選んだのはやはり空いている土地や物件がなかったからだろうか。
堀は深く掘られ風の魔法陣が設置されていてきちんと換気されているから近くにあるからと言って別に臭いが町中に届く訳じゃない。
だけどやはり近くに生活用水が溜まっている場所があるというのは気分はよくないはずだ。
そこのところを女性に聞いてみるとやはり物件がなかったようだ。
やがて馬車が止まると女性と護衛の人が馬車の外へ先に出てから僕に降りるように促してくる。
僕は言われたとおりに馬車から降りてから屋敷の方へ視線を移した。
馬車の窓から見えていたが、首都でユウナ様が暮らしていた屋敷よりも一回り小さく見えた。
続いて他の人に気づかれないように周囲をマナを操り探ってみると土地そのものが首都のものよりも狭くなっていることが分かった。
グランエルは狭いのだろうか?
女性に案内され屋敷に中に入ってすぐの玄関ホールでは十数人の使用人が並んでおり一斉に僕に向かってお辞儀をしてきた。
首都では使用人はいなかったはずだけれど、こちらでは随分と雇っているようだ。
挨拶を終えると案内は再開され応接室まで連れて行ってくれた。
応接室でユウナ様を待つことになったのだけど、相変わらず護衛の人は僕を監視するためか部屋にとどまって僕から視線をそらそうとしない。なんとも職務に忠実な人だ。僕だったら何度もあった相手だったら油断して気を抜いているかもしれない。
僕も見習わないとな。
ユウナ様はお茶が来る前に部屋にやってきた。
「久しぶりですわねナギ」
「うん。久しぶりだね、ユウナ様」
「その髪型とてもよく似合っていますわ。服装も……男装というほどではありませんが、凛々しくナギらしい格好ですわね」
「ありがとう。ユウナ様も今日はとても髪の艶がいいね。いい香りもするし新しい香油かな?」
「ええ、東の一品らしいですわ。とてもいい香りだったので試してみたらわたくしの髪によくなじみましたの」
「ふふっ、よく似合っているよ」
挨拶もそこそこにユウナ様は両手に抱え持っている紙の束を机の上に置いてから僕の目の前の革張りの一人掛けの椅子に座った。
「んふふふ。ナギ、わたくしも魔眼を習得できましたわ」
「本当に? おめでとう!」
「この眼は素晴らしいですわ。今まで見えなかったマナと魔素の流れをこの目で見られるようになった時の感動と言ったら!」
「意外とみんなマナ垂れ流しだったりするけど時々マナがきれいにまとまってる人をみると、おってなるよね」
「分かりますわ。ガーベラはマナを全く制御していないから風に吹かれたらすぐに揺らめいていますの。
アールスは反対に小さくまとまっていて風にそよぐようなことはなかったですわね」
「不意の魔法を防ぐならアールスのようにするのが正しい。でも街中でそれを意識してやれっていうのも難しいみたいだよね」
「そうですわね。意識してマナを操り続けるというのはとても難しい。大抵の人はマナを無意識のレベルで操るというのは中々できない事ですわ」
「うん。仲間にも注意してはいるんだけどなかなか出来ないみたいだよ」
みんなまとめるところまでは出来るのだけど一日中持続さられるのは意外なことにアイネだけだ。
アイネは僕が指導する前に年末に再会した時には出来ていた。
「そうそう、魔眼を得てから魔力感知の精度が上がってしまって困っていますの」
「それね。僕も困ってるんだよ。マナが触れ合うだけで相手の身体情報が流れ込んでくるんだ。
今はマナを抑えて何とかしてるけど」
「まぁ、そこまで? わたくしは勝手につながってしまう程度ですけれど……ナギはわたくしよりも感知能力が高いのかもしれませんわね」
「そうだね。ナスも僕のようにはなってないから僕自身の感知能力が高いのかも」
「もしかしたら能力のバランスが取れていないという可能性もありますわね。
感知能力を制御するための操作能力が育っていない……とか」
「なるほど……でも操作能力ってどう鍛えればいいのやら」
「そうですわね。わたくしの場合ですけれど感知しすぎないようにマナの動きを鈍くしていますわ」
「動きを鈍くする?」
「ええ。ナギは試したことはありません? 魔法陣にマナを送る際に流れを遅くしたり早くして発動までの時間を変えるという方法を」
「それは、送る量を変えるのではなく?」
「違いますわ。マナを動かしにくくする、と言えばよろしいのかしら?
たとえるならそうですわね……ただの水を粘度の高い液体に変えるようなものでしょうか。
わたくしはマナを水のように捉えていますのでこう考えた方が楽ですわね」
「なるほど……」
僕にとってマナは空気のように軽いものだ。それを動かしにくくする……というとアースのソリッド・ウォールやゲイルの空駆けを思い出す。
もっとも空駆けはマナを固めているんじゃなくて空気を固めているんだけど。
マナの密度を高め塊にすれば直に触れることができる。僕のマナの量ではそこまでの大きさと強度は期待できないが、ある程度固めることはできるはずだ。
アースとスキルを共有しているおかげでマナを固めるイメージはしやすい。
早速試してみると心なしか流れ込んでくる情報量が減った気がする。
そして、僕の感知力でなら今の状態がおぼろげながらだけど分かる。
これはマナの粒子同士を繋ぐ見えない力、おそらくは奇跡の力を増強し繋がりを強化しているようだ。
そして、マナの粒子は繋がりを強化されるとその分他のマナへの干渉がしにくくなってしまうのか。
そういえば僕は精霊と契約できないけど、それは魂に存在するという精霊と回路を繋げるための領域を全てシエル様との繋がりで消費しているからだ。それと同じような事が起こっているのかもしれない。
これは検証が必要だ。
「早速試してみたけど楽になったよ」
「それはよかったですわ」
「情報教えてくれてありがとう。ユウナ様」
それにしてもアースのスキルがこんなところで役に立つとは思ってもみなかった。




