強さにつながると信じて
アロエを見送った後もう一度検問所を通り都市の中に戻り、検問所のすぐそばにいるシエル様と合流をした。
前もってアロエを都市の外まで送る事を伝えてあったのですんなりと合流する事ができた。
今日は午前中は挨拶回りだ。
まずはグランエルに残っているはずの友人達の家に向かい近状を聞き会えるかどうかを確認しにいく。
返事はまた後日聞きに行くつもりだ。
時間があったらラット君やカイル君の家にも挨拶をしに行きたい。二人が今実家にいないのは分かってはいるが今どうしているかくらいは聞けるかもしれない。
そんな午前中の予定をシエル様に伝える。
午前中は私事だから退屈かもしれない。
住宅街の案内をしようにもとくに目ぼしい物も無いのですぐに話題が尽きてしまう。
思い出を語ろうにもそもそも僕が住宅街まで遊びに行くようになったのは体力と時間に余裕が出てきた四年生になってからで、その頃にはシエル様とその日にあった事を話す様になっていたからほとんど既知の情報かも知れない。
だけどそれを恐れていたら本当に話す事が無くなりシエル様を退屈させてしまう。
とりあえず思い出話を絡めつつ住宅街のある北東の地区について説明をすることにした。
住宅街の南側には市場がありそこは都市外授業の準備でよく利用していた。
他にも学校の依頼やフェアチャイルドさんと一緒に買い食いしに行ったりもしてグランエルでは学校の次に多く通った場所かも知れない。
朝の九時頃になると市場は賑わい込み始めるのでその前に市場を通り抜けたい。
だけれどシエル様が売り出されている食材に興味を持ったようなので説明をしながら通り抜ける事になった。
特に興味を示したのは果物だ。世界になる前の生では果物を口にした事が無いからと興味津々で僕にあれこれ聞いてきた。
市場にある果物全てを食べた訳じゃないから僕は答えられる分だけを答える。
予定よりも市場を通り抜けるのに時間を食ってしまった。シエル様を案内するのが一番の目的だから問題はないが少し足を早めた。
住宅街は四軒が一マスにまとまっていてマスがいくつも集まり碁盤の目状に作られている。
馬車がギリギリで通れる程度の広さしかなく馬車での通り抜けは出来ない道と馬車が一台が十分に通り抜けられる道と二種類の道がある。
太い道は家が縦横八件軒入る間隔で作られていて細い道は一マスである四件ごとだ。
また、太い道には一定間隔で空き地があり、同じ道で馬車同士がかち合った時は空き地で片方の馬車が通り抜けを待てるようになっている。
その空き地は小さいけれど子供達の遊び場にもなっていたりする。僕も休みの日補習が無い日に誘われて遊びに行ったものだ。
大きな空き地もあるのだけど、そちらは住宅街の中央にあって寮で暮らしていた僕達には遠かったのでほとんど遊んだことが無い。
空き地には遊具のような物は無く、主に追いかけっこやかくれんぼをしたり、子供が即興で考えた独自の遊びで遊んでいた。
転んだり喧嘩をして怪我をした子もいたけれどヒールですぐに治るからカイル君のようなやんちゃな子は臆せずに全力で遊んでいたっけ。
それで痛いのが嫌な気弱な子相手に無理させようとして僕が止めたんだ。
思い出を語りながら友達の家を周る。
ほとんどは仕事に出ていて会う事は出来なかった。代わりに親御さんが出たので用件を伝え一週間以内に仲の良かった友人達皆と集まって食事をしたいので都合のいい日と時間を聞いて貰うように頼む。
食事会という事にしておけば時間が合わせやすく集まりやすいだろうと思ってのことだ。
食事をする場所についてはどれぐらい集まるか分からないのでまだ決めていないという事も付け加えておく。
都市に残っている友達は少ないから家を周るのに時間はかからなかった。
そして、最後にカイル君とラット君の近状を聞きに実家によって二人の親御さんから軽く話を聞く。
カイル君は順調に兵士になるための訓練を行なっているようだ。
ただ、今年は訓練所を卒業する為気合が入っているようで年末年始には帰ってこなかったようだ。
カイル君は手紙ではあまり詳しい事は書かないので元気にしている事位しか分からないとカイル君のお母さんは寂しそうに笑っていた。
ラット君も似たような状況らしい。仕事が忙しく帰ってこれないのに手紙の内容は淡白だとラット君のお母さんが愚痴っていた。違うのはラット君は別に今年で修行が終わると言う訳じゃないという事か。
手紙の内容が薄いというのは男の子だからなのかそれとも反抗期的な物なのか。
自分が前世で十五歳だった頃のことを思い返しても暮らしていた環境が違い過ぎて参考にならない。
シエル様に聞いてみると、シエル様の種族には反抗期という物が無かったようだ。そもそもの話生前はあまり自我が発達していなかったらしい。はっきりと物を考えられるようになったのは世界になってからだとか。
カイル君達の実家に寄った後僕はお昼を食べる為に住宅街をさ迷った。
住宅街とは言えお店が無い訳じゃない。家をお店に改装して営業している個人店がある。
僕はそういったお店を利用した事はないけれど友達からの評判は聞いている。
ただ古い情報なので詳しくは覚えていないのと今も残っているのかが問題だ。
お昼を食べた後が今日の本番。
(さて、シエル様。今日はシエル様にお願いがあるんです)
(お願いですか?)
(はい。ユウナ様の所に行く時に来ていく服を一緒に選んで欲しいんです)
(そう言えば服を新しく購入すると言っていましたね)
(はい)
(いいでしょう。私と人類の感覚が合うかは分かりませんが、そういう違いを見つけるのもまた楽しいですから)
(んふふ、そうですね)
服を買う場所はすでに検討をつけている。上流階級が利用するような高級店には行かないが、庶民向けの高級店が南の大通りに面した西側にいくつか並んでいる。
南西の地区は行政区であると同時に高級住宅街もあって、そこに暮らしている人達向けの高級店も南西の地区の中心に近い所に固まって存在している。
庶民向けの高級店はいわば箔付けの為に南西の地区で商売をしているが、庶民向けである事には変わりはないので大通りに面した場所にお店を出して住みわけをしているんだ。
僕はお金を持っているとはいえ身分は冒険者。上流階級向けのお店に行っても場違いなだけだし、そういう場所に行く為の服を持っていない。
服を買いに行く為の服が無いのだ。
その点庶民向けなら汚れた格好でもない限り恥ずかしくはない……はずだ。
(那岐さんはどのような服を求めているのですか?)
(そうですね。スカートよりズボンの方がいいですね。後かわいい服はちょっと……)
(ふふっ、相変わらずですね。いい加減女性の身体にも慣れていると思いましたが)
(それとこれとは別の問題です)
贅沢を言うなら前世の学校の制服かスーツのような服がいいのだけど、残念ながら上着はともかくワイシャツはまだ存在していない。
とりあえず服屋に着いてから考えよう。
住宅街から歩く事約四十分。
最初の服屋に入るとシエル様が語りかけてきた。
(やはり流行りを取り入れた方がいいのでしょうか)
(ユウナ様はファッションにうるさいですからね。流行りは気にした方がいいと思います)
(ならまずは店員に流行りを聞きましょうか)
(そうですね)
シエル様の助言通りにまずは店員さんに声をかけて友人に会いに行くのに相応しい流行りの服を教えて貰った。
今はどうやら西からの影響で花の刺繍の入った服が流行っているようだ。
西で花と聞くとダイソンを思い出す。
詳しく話を聞くと僕の予想通りダイソンが発祥のようだ。
砂糖の値段が安くなった結果甘味が安くなり種類が増えた事によって砂糖の出荷元であるダイソンに注目が集まったのだそうだ。
そして、ダイソンに旅行しに行く人が増え、そこで流行っているファッションが拡散しこのグランエルまでやって来たという訳だ。
確か昔ルゥのお土産に買ったリボンが花の刺繍の入っている物だったはずだ。
どうやら僕は偶然にも流行の先取りをしていたようだ。
流行り廃りを聞いた後店員さんが見本となる服を見せに来てくれる。
その服を参考に僕とシエル様はそれぞれ好みの服を探し始めた。
最初は目のつきやすい色から見ていく。僕の好みは紫だけど紫の服は数が少ないようだ。
その数少ない色の服のデザインは悪くない。カッチリとしたスーツに似た細めの上着や逆にゆったりとした羽織のような形の服がある。
他にもセーターにストール、スカート……は別にいいや。
色はどれも濃い物ばかりで薄い物はない。もしかして売り切れてしまったのだろうか?
そう言えば残っている服には流行っているという花の刺繍が無い物が多い。
刺繍がある物も刺繍に使われている糸の色が同色の上濃いせいか刺繍が見えにくい物ばかり。
残っている物は売れ残りという訳か……。
(那岐さん那岐さん。こういうのはどうでしょう?)
シエル様が持って……持って?
シエル様が服を普通に持ち運んでいる。精霊と同じマナで構成された身体のはずなのに。
(シエル様物持てるんですか?)
(当然です。これしきの魔力操作が出来ないはずがないじゃないですか)
神様だし普通の精霊のようにマナの操作が不器用という事はないって事か。
シエル様が持ってきた服は肌着に分類されるものだった。
生地は薄く淡い桃色をした物だ。襟の所に花の刺繍が施してあり流行りもきちんと取り入れてある。
他にもどんどんとシエル様は自分が選んだ服を僕に見せて来たが、どれも肌着で淡い色の物ばかりだった。
どうやらシエル様は淡い色が好みらしい。白が最も好きだそうだがそれは自分と被ってしまうから却下だそうだ。
肌着を選んでくるのは単純に服の見分けがつかなくて好みで選んだらしい。。
それならばちょうどいいい。上着は僕が選び肌着はシエル様が選んだものを買えばいいんだ。
もちろん着合せをしてからだ。
ズボンはシエル様と一緒に見て選ぶ。
あれだこれじゃないと話をしながら服を選んでいくのは結構楽しい物だと再認識できた。
フェアチャイルドさんやアールスと一緒にこういうお店に来ると大抵着せ替え人形にされてしまう。
カナデさんとなら着せ替え人形にはならないのだけど、服を買うついでに下着も一緒に見に行く事になるので油断はできない。
ミサさんとは一緒に選ぶ事はない。そもそも背が高くムチムチしているミサさんに合うサイズの服はアーク王国では非常に少ない。元々持っている服を直したり、お店に特注しないといけないのだ。
アイネとはまだ一緒に服を買いに行った事はないけど、アイネはどんな風に買い物をするのだろう。機会があったら一緒に買いに行くのもいいだろう。
これだという服を選び終えて清算を済ませてお店の外に出ると外は暗くなり始めていた。
そろそろアロエを迎えに行かないといけない時間だ。
(シエル様、アロエを迎えに行かないといけないんですけど、都市を出るまでご一緒してくれますか?)
(もちろん)
(魔獣達も散歩がてら一緒に行こうと思うんです。魔獣達にならシエル様を紹介しても大丈夫ですよね?)
(問題はないはずですが、どう紹介するのですか?)
(真実を伝えようと思っています。ヒビキとゲイルに話すいい機会だと思うので)
(良いのですか? ゲイルさんは妖精語を操れるはずですよね。アロエさんに伝わってしまうのでは?)
(一応口止めはしますけど、伝わったら伝わったらでいいかなって)
(秘密にするのは疲れましたか?)
(それもあります。ですが……)
もしもゲイルがアロエに話したら素直にその事を受け入れよう。
大丈夫。ミサさんは僕が知らない神様の力を借りているからってどうこうするような人じゃない……はずだ。
カナデさんもミサさんもどちらも優しい人だ。なのに二人を信じきれないのは僕が臆病で弱いから……だけじゃない。
あの子との旅を中断させたくない。そんな欲望が僕の胸中に満ち満ちている
あの子との旅の後ならいくらばれたっていい。だけど真実を話す事が障害となるのなら僕はいくらでも嘘をつき口を閉ざそう。
けれどもいつか、いや、近い将来シエル様自身から授かった神聖魔法を使う日が来るかもしれない。
もしかしたらシエル様の力を使わないと救えない時が来るかもしれない。
そんなもしもが秘密にすると言う決意を揺らがせる。
いや、すでに決めている。使う時が来たら迷わずに使おうと。
(シエル様、僕はその時が来たらシエル様から授かった力を迷わず使います。ですからきっと、ばれるのが早いか遅いかの違いにしか過ぎないと思います)
(……そうですか。しっかりと成長している事は繋がっている回路から伝わってきています。
第八階位の魔法を扱うに相応しくなりましたね)
(えっ、まだ八階位なんですか!?)
(当然です。本来は大甘にまけて授けた事を忘れましたか?)
(い、いえ……むしろいまだ八階位止まりだったという事がショックで……九階位までの魔法を授けて貰ったのにふがいないです)
(ふふっ、焦らなくてよいのですよ。心とは長い時をかけて成長していくものです。那岐さんは前世の記憶があるとはいえ、十年程度でよくぞ九階位まで届かせたものです。
一生をかけても届かぬ人が大半です。十分誇ってよい事ですよ)
(いえ、大半の人が高階位の魔法を授かる事ができないのは神様の事が分からないというのも原因の一つです。
僕は幸運にもシエル様とお話しし、シエル様の事を知る事ができました。
お陰で神様の事を勉強しなくても太い回線を確保できたんです。だから本当に感謝しているんです。きっとシエル様と交信できなかったらあの子を救えていなかったでしょうから……)
(交信できるようになったのは那岐さんが私の声を覚えていたからです。
チャンスを掴み、活かすことができたのは間違いなく那岐さん自身の力です。
だからどうか自分を卑下する事をせず胸を張ってください)
(シエル様……はい)
この世界に産まれ落ちて最初はどうなる事かと戦々恐々としていたけれどアールスとフェアチャイルドさんに出会い、シエル様と交信する事ができた。
そしてナス達とも出会い、カナデさんとミサさんそれに精霊達が仲間になった。
いろんな出会いがあった。前世の頃の僕からは考えられないほど今の僕は充実した経験をしていると思う。
自惚れではなく強くなったとも思う。成長していると思う。
それでも僕にはまだ臆病な心が残っている。仲間を信じきれない自分がいる。
これは心の弱さゆえなのか、それともあの子の夢を僕のこの手で叶えたいというエゴからくるものなのか……判断がつかない。
だけどシエル様の言う通りうつむくのは止め胸を張ろう。それが強さにつながると信じて。




