閑話 一方その頃の その3
首都を出てから一ヶ月余りが過ぎた。
認め印は全てが埋まりあとは首都に戻って組合に提出するだけで研修の旅を終える事が出来る。
ナギの方は何やら疫病が流行りそうだった村に当たり足止めを食らって遅れているらしい。
アールスはその連絡を聞いて一瞬顔を青くさせていたけれど、レナスが得意気な表情でナギなら大丈夫だと言い切ってアールスの不安を晴らしていた。
レナス達の方は特に問題も起こる事もなく研修を続けられた。
ただし、レナス達の研修はレナス達の時の物とは少し様子が違っていた。
首都周辺には村が少なく町が多い事による変化だ。
村で受けられる依頼はレナス達の時は本当に雑用が多かったけれど、首都周辺の村は農耕、牧畜が発達していたからそれ関連の依頼が多かった。
農耕や牧畜を行っておらず商業の発達している町では組合の手伝いしか出来なかった。
どうやら町規模になると組合から依頼を受けないといけなくなるようだ。
だけれどその代わりなのか組合の施設内にある宿泊部屋で泊まる事が出来るようになっていた。町にある宿代を工面できない人間はそこで泊まる様にしているらしい。
仕事の内容は荷物運びや施設内の掃除といった物で昔レナス達がオーメストに向かう途中で組合で受けた依頼と同じ内容だった。
二人で協力して仕事を終わらせる姿はそれはもう仲睦まじい様子だった。ちょっと嫉妬してしまうぐらいに。
首都の居住区に入ると文字通りライチーが飛んでやって来た。
『レナスー!』
レナスに抱き着くライチー。レナスはライチーを優しく受け止め抱きしめ返した。
『ただいま帰りました。元気にしていましたか? ライチーさん』
『うん!』
「ライチー。ディアナはいないの?」
二人の報告からカナデとディアナはすでに首都に戻ってきていてミサと合流しているはずだ。
『あのねー、ディアナはね、レナスとカナデがごーりゅーするまでカナデのそばにいるのがじぶんのおしごとだっていってこなかったの!』
「まったくお固いんだから」
『それでは早く戻らないといけませんね』
『あっ! それとね、あのね、レナスのおともだちいたよってディアナがレナスにつたえてっていってた!』
『友達、ですか?』
『うん! ベルとフィアがいたんだって!』
ベルとフィア……レナスが学校に通っていた頃からの友達できちんとした姓名はマリアベル=ベルナデットとフィラーナ=ローランズだ。
王都に行った時に会った事がある。
ベルは料理人をやっているらしくて筋肉質な女の子だったと記憶している。
フィアは眼鏡をかけていて全体的に柔らかそうな女の子だったはず。
「マリアベルちゃん達来てるんだ?」
「みたいですね。どうしたのでしょう? 高等学校を卒業した後は一度グランエルに帰ると言っていたんですけど……」
「会って聞けば分かるよ」
「そうですね。でもとりあえずディアナさん達の所に行きましょう」
「そうだね。きちんと帰ってきた事を伝えないと」
『じゃあわたしがディアナのところまであんないするね!』
『はい。お願いしますね』
『えへへー! まっかせてー!』
お願いされたライチーは意気揚々とレナスの周りを飛び回った後私達をディアナ達の元への案内を始めた。
ディアナとカナデは今は宿で私達を待っていて、ミサは軍神ゼレを奉っている教会に行って勉強をしているようだ。
カナデの泊まっている宿までの道のりはアールス以外の私達にとってはすでに通いなれた道だった。
そして、案内された宿も、前に首都に滞在していた頃にお世話になっていた宿だった。
研修の旅に出る前に取っていた宿は別の宿だったから懐かしい物だ。
レナスも懐かし気に石造りの建物を見上げている。
昔の事を思い出しているのかもしれない。
レナスが物思いに更けていたのはほんの少しの時間だった。
レナスはアールスと一緒に中に入ろうと歩き出した。
「私は先にディアナの所に行くわね」
「あっはい。分かりました」
レナスが扉の取っ手に手をかける前に声をかけてから私はディアナのいる部屋をマナを広げ探し、見つけその部屋へ移動する。
「あっ、サラサ」
「あら~、サラサさんお久しぶりですぅ」
「久しぶりね。二人共。レナス達はもう下にいるわ。すぐに来ると思う。だけどその前にディアナ」
「なに?」
名前を呼ぶとディアナは首を傾げて見せた。
「貴女もうちょっとレナスに甘えなさい。レナスが貴女とあんまりお話しできなくて寂しがっていたわよ」
「……本当?」
「こんな嘘ついてどうするの。ライチーと一緒に迎えに来なかったのも……まぁこれは貴女の生真面目な所が出ちゃっただけだから仕方ないか。
気を遣うのはいいけど、遣い過ぎてレナスを寂しがらせるのは私達の本意じゃないでしょ?」
「うん……サラサ、ありがとう。次からは気を付ける」
「ところで、レナスの友達がいるってライチーから聞いたけどまだいるの?」
「いるはず。首都にあるお店に修行しに来たって言ってた」
「ふぅん。修行ね……」
トントン、と扉を叩く音が聞こえて来た。
レナス達だ。
ディアナも扉の向こうに誰がいるのか気づいたのか姿勢を正している。
「はいは~い。どなたですかぁ?」
カナデがのんびりとした口調で返事をする。
「カナデさん。私です。レナスです」
「まぁ!」
本当に気づいていなかったのかどうか判断に苦しむ驚き方をするカナデ。
そしてカナデはすぐに扉を開いた。扉の先にはレナスがいて、レナスの肩にライチーがくっついていて、二人の後ろにアールスが立っている。
「レナスさんにアールスさん! お久しぶりです~」
カナデは目の前のレナスを大げさに腕を広げてから抱擁し迎えた。
カナデに抱かれたレナスは少し引きつった顔を見せる。
「お、お久しぶりですカナデさん」
「変わりはありませんでしたかぁ?」
「はい。特には」
「それは良かったですねぇ」
カナデは安心した声と表情のままレナスを離し次にアールスに抱擁をした。
アールスの方は特に嫌がるそぶりを見せずにカナデを受け入れ抱擁を交わす。
「アールスさんは研修の旅はどうでしたかぁ?」
「レナスちゃんに色々教えて貰えて楽しかったです。後組合の施設内に泊まれる場所があったんですね。驚きました」
「あそこは職員さんと見習の方の為の場所ですから~、正式に冒険者になると泊めさせてもらえなくなるんですよねぇ」
「みたいですね。泊る時の説明で注意されました。そこまでは面倒見切れないって」
「うふふ~。冒険者さんが一杯泊まったら職員さんが眠れなくなってしまいますからね~」
「その通りですね」
「あっ、中に入ってください~」
話が一区切りついたのを見計らってカナデがレナス達を部屋の中に入れる。
部屋はカナデとミサが共同で使っている二人部屋で、荷物が多く三人も人が入ると狭く感じられた。
一番場所を取っているのはミサの防具一式だ。特にアールスよりも大きな盾は部屋の一角を占拠し存在を主張させている。
「うわぁ。おっきい盾。あれがミサさんの盾なの?」
アールスが呆れているような感心しているような判断のつきにくい声色を出した。
「そうですよぉ。ミサさんが教会に行っている間ぁ、私が盗られないように見張っているんです~」
えっへんと胸を張るカナデ。
「ここまで大きいと持ち運ぶのにも目立つよね」
「実際金属の防具一式を身に纏ったミサさんはすごく注目されますよ」
「だよね。どれだけお金がかかってるか……そんな物を仲間とはいえ人に預けるなんてミサさんって豪胆なんだね」
「重いですからね。教会まで着たまま行きたくはなかったのだと思います」
「確かに教会にあれ身に纏って行くっていうのは物々しいというかなんというか……」
レナスは防具一式から視線を離すとディアナの方に向いた。
「ディアナさん」
レナスが名前を呼ぶとディアナはふよふよとレナスに近づき恥ずかし気に身体を揺らした後言葉を紡いだ。
「ただいま」
「お帰りなさい。無事で何よりです」
「ん」
レナスが微笑むとディアナはライチーがくっついている肩とは逆の肩に吸い寄せられるように近づきくっついた。
肩に乗っかっている形になったディアナは愛おしそうにレナスの薄水色の髪を撫で始める。
そんなディアナの姿を見て私もレナスにくっつきたくなる。だけど今はまだ我慢。
今日はずっと離れていたディアナとライチーに譲ると決めていたのだから。……でも瞳を見るぐらいならいいわよね?
再会を喜び合った後、カナデからディアナの使っている水晶が装着されている腕輪を返してもらい、話は首都にいるレナスの友人達の話題となった。
実際に会ったのはディアナだけでカナデは会っていないようだ。
カナデが日用品をお店で買っている間お店の外で会ったみたいで、その時二人は首都に来たばかりで観光をしている途中だったようだ。
ディアナはきちんと二人の住んでいる場所、それに目的と滞在期間を聞いていた。
「ローランズは最近首都で流行っている気球と小さな気球を使った宣伝方法を見るついでにローランズ商会が出してるお店で経営を実戦で学ぶためにやって来たみたい」
「なるほど。たしかに気球は商人からしたら注目するべき物ですね」
「お爺ちゃんのお店見に来たって事かー。すごいなー。ついにフィラーナちゃんの所の商会にも注目され始めたんだ」
感心したように頷くアールスにカナデは首を傾げ疑問を投げかけた。
「え~とぉ、そのローランズ商会って大きい所なんですかぁ?」
「ローランズ商会は高級品を主に扱っているので私達にはなじみはありませんが、グランエルでは五本の指に入る商会なんです。
でも、どうしてベルと一緒なんでしょう? てっきり料理の修行を本格的に始めると思っていましたが」
「ん……それは聞いてない。でも相変わらず仲は良さそうだったから嫌々一緒にいた訳じゃないと思う」
「首都で修行する気なのかな。でも一年じゃ短い気がするな」
首を傾げ疑問を表現するレナスとアールス。
だけど考えてもしょうがない事だ。
「それよりレナス。部屋は取ったんでしょう? 荷物置いてきたらどう?」
「そうですね。ではカナデさん。また後で」
「はい~。また後で~」
ディアナとライチーを肩にくっつけたままレナスはアールスと一緒に部屋を出て行く。
私は一緒について行かないでカナデと向かい合う。
「カナデ、私も鎧見張っておくわ」
「ええっ!? いいですよぉ。私一人でもだいじょうぶですよ~」
「お手洗いとか部屋を開ける事もあるでしょ? 盾は持ち運ぶのに苦労はするだろうけど、他の部分はそうでもないでしょうからちょっとの時間で盗めるんじゃないかしら」
「それはそうですね~。でもレナスさんと一緒じゃなくていいんですかぁ?」
「いいのよ。今日の所はディアナ達が構って貰いたいだろうし」
「うふふ~。サラサさんはお二人のお姉さんですねぇ」
「そんなんじゃないわよ」
長い間会えなかったディアナと甘えん坊のライチーの相手をするレナスの負担は大きいかもしれない。
だけどずっとレナスと一緒にいた私が注意したら反感を持たれるかもしれない。今度の関係にひびを入れない為にもレナスには我慢してもらうしかない。
もっとも、レナスはあれで私達には言いたい事は言ってくれるから我慢できなくなったら素直に伝えるはずだ。




