僕は忘れないから
「なるほどねー」
説明を終えると聞いていたアイネは胸の前に組んでいた腕を解き自分の後頭部に両手を持っていき手を組んだ。
「じゃあねーちゃんってお金持ちなんだ?」
「まぁ一応ね」
「そのお金でフソウまで行けばいいんじゃないの?」
「いや、僕のお金は魔獣達に使ってるんだよ。預かり施設とか利用料結構高いんだ」
「そーなの? だったら使わないで野宿すればいいじゃん」
「旅の間はそれでいいかもしれないけど、滞在する時それじゃ色々面倒でしょ?
都市に出入りするのにだって時間かかるし。それに荷物を安全に一緒に預けられるっていう利点もあるんだよ」
「あっ、そっか」
「それに東の国々じゃ通行税がかかるからね。貯めておかないと」
「つーこーぜーってたしか国境通る時にかかるお金だよね?」
「国境だけじゃないよ。橋を渡ったり検問所みたいな道の途中にある関所を通る時にかかるお金を纏めて通行税って言うんだ」
「あー……うー……そんなの習ったっけ?」
「学校では普通の授業じゃ習ってないと思うよ。僕は選択科目の外国文化で習ったんだ」
アーク王国では通行税は他国に渡る時と魔の平野を渡る時にしか存在せず、街道や橋の整備などは税金から出ている軍のお金や銀行に預けられたお金で賄われている。
「そ、そーなんだ。でもなんでお金かかるの? 橋とか関所って何の為にあるの?」
「お金がかかる理由は簡単に言えば維持費の為だね。橋はね、魔王の爪痕みたいに地面に大きな亀裂や川があって行き来が出来ない場所に通れるように道を作るんだ。その橋を点検補修するのに維持費がかかるんだよ。
関所っていうのは東の国々はアーク王国ほど安全じゃないからね、犯罪者が通らないか見張る為の施設かな。検問所みたいに検問したりもしてるみたいだよ。
関所で取られる通行税は関所で働いてる兵士さん達のお給料に使ったり、道を整備する為の費用に使ったりしているんだそうだよ」
「えと、たしかアーク王国は平地ばっかりで隠れる場所が少ないから盗賊が少ないんだっけ?」
「少ないというかいない、だね。追剥とかはいるから気をつけないといけないんだけど。
あと国がきちんと悪い人を取り締まってるからって言うのも理由の一つだね」
「そーゆー危ない人が東では多いのかー」
「そうだよ」
「じゃー気をつけないとね」
「そうだね。ミサさんも道中は他の冒険者と一緒に護衛依頼を受けたり寄り合いの馬車を使って移動してたみたいだよ」
「ミサってレナスねーちゃんの従姉だっけ?」
「そうそう」
「ねーちゃんよりも強いんだよね?」
「うん。強いよ」
「早く会いたいなー楽しみだなー」
「僕も早く皆と再会したいな」
皆は元気にしているだろうか。アロエからミサさんの連絡は受け取っているが遠く離れた場所にいると思うと心配で胸が苦しくなってくる。
せめて一目姿を見る事が出来ればこの胸の苦しさも和らぐと思うのに。
そうだ、時間が操れるというのなら空間を操れたりはしないだろうか? ワープみたいな事ができれば旅も楽になるのだけど。
でも空間を操るのならまずシエル様と相談しておいた方がいいか。
何でもかんでもシエル様に聞くというのは気が引けるが、さすがに空間を操るとなると世界に悪影響を与えないか心配にもなる。
(シエル様伺いたい事があるのですが)
(急にかしこまってどうしました?)
(魔法で空間を操る……例えば遠く離れた場所同士を空間を開けて繋げた場合は世界に悪影響を与えるでしょうか?)
(……まず、それが可能かどうかは世界自身であるツヴァイスさんが決める事なので私には分かりませんが、世界に悪影響を与える様な魔法は基本的には使えません。
そう答えた上で私は那岐さんに忠告します。たとえ使えたとしても空間を操るのはお勧めできません。
世界に悪影響を与えないという事と人に害がないという事は同じではないのです。
例えば那岐さんが提示した方法は問題があります。空間に穴を開ける場合は何にも影響を受けない絶対座標を指定しなければいけません。
しかし、那岐さんの住んでいる星は少なくとも自転や公転で動き回っていますし、銀河そのものも動いています。
穴を開けた瞬間に穴は那岐さんから目にも止まらない速さで遠くへ行ってしまうのです。
下手をすると開かれた穴が鋭利な刃物のようになり那岐さんはおろか星さえも切り取ってしまうかもしれません。
常に動き続ける世界と世界の絶対座標を指定する魔法とは相性が悪いのです。
それを防ぐには常に絶対座標の位置を計算しながら穴を動かし続けなくてはいけません。
試すにしてもそれ専用の固有能力を有しているか、もっと文明が進み機械に頼れる環境でないと空間を操るのは難しいと思います。
生半可な知識で新たな魔法を試すのはやめておいた方がいいでしょう)
(やめておいた方がいいという事がよく分かりました)
残念だが空間を操るのは止めておこう。
何が起こるか予想も付けられない僕では過ぎた発想だ。
(でも僕としては時間が簡単に操れるというのがとても不思議に感じられます。空間と同じようにとても難しいように感じるのですが)
(那岐さんの知識で例えるなら動画などを見る時の再生速度を操る様な物ですよ。
世界全体、それこそ世界を構成する最小の微粒子にすら影響を与えるので逆に簡単なんです。
お陰で世界の意識にも影響は出ますが、人が操れる魔力の量で出来る時間操作の結果は私達にとっては刹那にも満たない時間なので問題はありません。
発動者が動き回るのも世界から見れば砂粒が一つ振動しているような物。世界に影響を与える事はありません)
(それなら良かった。説明ありがとうございます)
(いえいえ。もっと私に相談してもいいんですよ?)
(あはは、そう言っていただけると嬉しいですけど、あんまり頼っていると頼りっぱなしになりそうで……)
(ふふっ、那岐さんはいつもそう言ってあまり相談はしてきませんね。変わらないようで安心しました)
(あはは……)
(ですが毎日のお喋りはとても楽しいですよ)
(そう言ってくれると嬉しいです。それでは今回はこれくらいで)
(はい。また晩に)
意識をシエル様から離し周囲を見るとアイネがナスに抱き着いていた。
話に時間をかけ過ぎたか。いつの間にかゲイルも僕の頭の上から降りてアロエと追いかけっこをしている。
そして、ヒビキは変わらず僕の腕の中でくつろいでいる。
どれくらいの時間が経ったんだろう。そろそろ戻った方がいいかもしれない。
でもその前にアイネと少し話をしよう。
「ところでアイネ、村長さんの家には泊まらないの?」
「んー。泊まんない。ナス達と一緒がいーんだー」
「別にいいけど、今は冬なんだから身体壊さないように注意してよ?」
「だいじょーぶ! ナス温かいし!」
「ぴー」
「夜の火はアロエが見てくれてるの?」
『そだよー』
「そっか。アロエには頼りになりっぱなしだね。ありがとうアロエ」
『ふふーん。敬い崇めてもいいんだよ!』
「あはは……それと、アイネ。あんまりナスに迷惑かけちゃ駄目だよ」
「むっ。かけてないし」
「それならいいけど……ナス、アイネの事お願いね」
「ぴー!」
「そこはあたしにナスの事お願いする所じゃないの?」
「ははっ」
アイネは面白い事を言うものだ。
「ちょっと。なんで今笑ったのさ」
アイネは僕が笑った事が不服なのか足を軽い調子で蹴ってきた。
「僕はもうそろそろ行くからね。アイネ、いい子にしてるんだよ」
「ねーちゃんあたしの事子ども扱いしてない!?」
「僕にとってはアイネはまだ子供だよ」
「むー……あれ? それって子供の面倒を魔獣達に任せてるって事にならない?」
「えっ」
「それって傍から見たらねーちゃん無責任で酷い人になるんじゃ?」
「うぐぐ……た、たしかに」
なんて事だ。アイネの言う通りじゃないか!
いくら村の中とは言え子供を魔獣に任せて野宿させるなんて外道の所業なんじゃないか?
「やーいやーい。ねーちゃんは酷い奴~」
「あ、アイネ。お金は出すから村長さんの家に泊まろう?」
さすがに病人のいる教会で一緒に寝泊まりするわけにはいかない。僕が取れる手はアイネに村長さんの家に泊まってもらう事だけだ。
「ん~どうしようかな~。無責任なねーちゃんの言う事だしなー」
アイネがにやにやと怪しい笑みを浮かべ僕を舐めるように見てくる。
ちょっと叱りたくなる顔だ。
というか、ここまで言われなきゃいけない事だろうか?
確かに僕はアイネの事を子供に見ている。だけど今はアイネは冒険者見習いで僕は保護者であり試験官である同行人という立場だ。
確かに外聞は悪いかもしれないけど研修の一環だと言えば問題はないはずだ。
というかそもそも野宿を選んだのだってアイネじゃないか。今まで会えなかったけれどアロエにはアイネに村長の家に泊まって欲しいと伝えて貰った。
アロエはきちんと伝えたと言ってたしアイネからの返事も貰った。
それで僕はそれがアイネの選択ならとアロエを介しての口出しは控えたんだ。
僕悪く無くない?
いや、まったく悪い所が無い訳じゃないだろうけどアイネに対して下手に出る必要はないはずだ。
対してアイネは両頬を両手で挟んでしまいたくなるようなドヤ顔を決めながら煽ってきている。
僕は怒ってもいいんじゃないだろうか? ……と、思いはするが特に怒りは湧き上がっては来ない。
ただただ鬱陶しいだけだ。
「ふっ」
「おっ、何? 観念してあたしの事子ども扱いするのやめる?」
「そうだね。今の僕にとってはさ、アイネは子供である前に同行人と冒険者見習いという立場なんだよね」
「えっ? まぁそだね」
「うん。だからさ、子ども扱いはこの研修の旅の間は止めておくよ」
「ふふん。ねーちゃんもようやくあたしの事を……」
「んふふ。だからね、ちょっと言い過ぎてる見習いは同行人として、保護者として、何より先輩としてきちんと叱らないといけないと思うんだ」
「……え、えっと、さ、さっきそろそろ戻るって言ってなかったっけ?」
「そうだね。ゆっくりできる時間が出来たらきちんとお話しようか」
「じ、時間経ったら忘れちゃうよ」
「大丈夫。僕は忘れないから。じゃあ今度こそ行くね。……問題起こしたら許さないからね」
最後に真顔になって釘を刺しておく。
「ひえっ」
これだけ脅かしておけば問題を起こさないだろう。
アイネの事を信用していない訳ではないが、意趣返しという奴だ。
……大人げなかっただろうか?




