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魔獣達の訓練

今回から魔力にルビを振るのを止めマナに統一します

「よーし! あの木の所まで走ろうか!」


 ゲイルのベストの点検を終えるや否やアイネが突然遠くに林から離れ一本だけ寂しく生えている木を指さしてそんな事を言った。


「ぴー! やる!」

「ヒビキ、ゲイル。あの木の所まで競争だって。ふたりもやる?」

「きゅーきゅー!」

「ききっ」

『私もやるー!』


 ちなみに僕はやらない。絶対アースは乗らないだろうからアースの傍にいなければいけないのだ。


「皆やる気みたいだね。僕はアースの傍にいるから参加はしないよ」

「えー、やんないのー?」

「アースやりたい?」

「ぼふん」

「嫌そうなので僕もやりません。代わりに合図位は出すからさ」

「むー。ねーちゃんと遊びたいのに……まぁいいや」


 そう言われると構いたくなるが何かを言う前にアイネはさっさと他の魔獣達を横一列に並べてから自分も端に並び、手を振りながら催促してくる。


「その前に柔軟しなきゃ駄目だよ」

「あっ、そっか」


 アイネは僕の言葉に素直に従ってくれた。柔軟の重要性をしっかり理解しているからだろう。

 柔軟を終えるとまた横一列に並び僕の合図を待つ。


「じゃあ位置について」


 そう言うと魔獣達とアイネが一斉に構える。


「よーい……ドン!」


 最初に飛び出たのはナスとヒビキだ。二匹は文字通り地面を蹴り飛び跳ねるのが走りのスタイルだ。

 ヒビキは足で走る分には他の仔達と比べてかなり遅い。だけど飛び跳ねれば結構な距離を稼げる……んだけど、ヒビキは着地すると次の跳躍をするのに時間がかかる。その間にナスには離されアイネとゲイルには追い付かれてしまう。


「きゅ~……きゅっ!」


 ヒビキは徐々に他の皆から離されていく。

 だけれどもヒビキは諦めずに何度も飛び跳ねて追いつこうとしている。頑張れヒビキ。

 アイネとゲイルはいい勝負をしている。ゲイルは小さな手足を一生懸命動かし風を切って走っているが、アイネは少ないマナで風を巧みに操り追い風を作り上手く空気抵抗を減らしてスリップストリームを生み出し利用している。

 しかもただ操るだけではなく状況に応じてマナの量を変えているように見えた。

 アイネのやっている事はある程度魔法の結果が固定されてしまう魔法陣では出来ない事だ。

 風の扱いなら僕よりも上手いとはっきりと言えるだろう。

 追い風を使う事に関してはアイネは学校に上がる前からやっていたから僕よりも上手くなるのは当然か。

 対してゲイルは空気抵抗の少ない流線型の身体をしている為周囲の空気を利用しても効果は薄い。追い風を作っても小さいので受けられる恩恵も少ないだろう。

 どんなに風を巧みに操ろうとアイネのように風の恩恵を受け取る事は出来ない。

 一歩の違いも大きい。足幅が大きい方が有利なのは誰から見ても分かるだろう。

 もう遠くてよく分からないがアイネとゲイルは並んでいるように見えるので多分アイネはステータス上ゲイルに大分劣っているんじゃないだろうか。出なければ一歩の差で抜けているはずだ。


 そんな推察をしている間にナスとアロエは他の皆を大きく離してすでにゴールの木の下に辿り着いている。

 さすがはナスと風の精霊。圧倒的だ。アロエはあくまでも遊んでいただけで本気は出していないだろうけど。

 魔獣達の中では多分……いや、アイネを含めても多分一番若い仔であるナスだが速さに関して言えば仲間内では一番だ。ついでに固有能力のチート具合も。二番目はヒビキかな?

 固有能力である雷霆は電気、音、光といったの三つの要素を操れるというのはやはり大きい。電気は攻撃に使えるし、音はマナを繋げれば遠くの相手にも届かせる事が出来る。光は望遠から拡大、光を収束させて火をつけたり、屈折させて姿を見えなくさせるなんて事も出来る。

 雷霆だけじゃなくナスはマナを視認できるようになる魔眼も持っている。

 ナスの応用力半端ない。


 ヒビキも頼もしい固有能力を持っている。ヒビキの炎熱操作という固有能力は自身のマナの範囲内ならマナを消費して温度を自由に変える事が出来る。下限は絶対零度まで。上限に関しては確かめてないので分からない。いや、正確には確かめようとしたのだけど、ある一定の温度まで変化させたら温度を確かめて貰っていたサラサがそれ以上は本当に危ないと止めて来たのだ。何でも鉄の融点を越えマナが焼却されサラサ自身が身の危険を感じるような温度だったらしい。

 マナを焼却ってなんだ。ヒビキの能力本当怖い。

 この固有能力を持っているのがヒビキで本当に良かった。ヒビキは自分が暑かったり寒かったりしない限りは進んで自分の力を使おうとしない。しないというよりかは必要以上に頼りにしていないのかもしれない。凄さを理解していないだけという事も考えられるがなんにしてもそっとしておいた方がいいだろう。


 それに比べてアースとゲイルの固有能力の謙虚さよ。

 アースは戦士というちょっと珍しい固有能力。付与される職業である戦士と似ていて力と体力が成長しやすく、武器を持てない動物はあまり関係ないのだが武器の扱いも上達しやすくなる固有能力だ。

 この固有能力のお陰なのかは分からないが桁外れの力と体力は物運びに遺憾なく発揮され、今就いている駄載獣という職とは相性が良くうちで一番の働き者は間違いなくアースだ。

 ゲイルの固有能力は風読み。空気の流れを感じ先読みする事が出来る希少な固有能力だ。

 地味に思える能力だけど空気の乱れで周囲の状況を把握できる凄い能力なのだ。

 ……まぁ僕とナスもマナを拡散させて似たような事が出来るけど。


 考えているうちにアイネとゲイルもゴールしたようだ。遠目だがアイネが喜んでゲイルが悔しがっているように見える。

 アイネが勝ったのか、それともアイネはただ単にいい勝負が出来た事が嬉しくゲイルはプライドを傷つけられて悔しがっているのか。

 遅れてヒビキが辿り着きナスに飛び付く。ナスはヒビキを受け入れ鼻先でヒビキに対して毛づくろいを始めた。尊い。

 僕とアースは遅れて皆と合流した。

 するとアイネが笑顔を輝かせて僕に言う。


「ねーちゃん! ゲイル凄いね! 負けた!」

「あっ、負けたんだ」

「うん! 悔しい!」


 悔しいと言う割には嬉しそうだが、強敵が現れて嬉しいとかそんな理由だろうきっと。


「それでゲイルは何で悔しがってるの?」

「きぃー……きーき」


 どうやらナスに全く追いつけなかったのが悔しかったようだ。

 アロエがゲイルの頭を撫でて慰め始める。ゲイルに関しては僕はアロエがいるからあまり出る幕が無いな。


「さて、ちょうどいい準備運動になっただろうしここらへんで訓練を始めようか」

「訓練! ……ってさっき言ってた組手?」

「そうだよ。魔獣達は別の訓練だけどね。アース、今日もお願いね」

「ぼふっ」


 僕がお願いするとアースは力強く返事をしマナを動かし始める。


「なになに? なにすんの?」

「見てのお楽しみ」


 アースの周囲の植物の生えていない地面が突如動き始め盛り上がっていく。

 その土の盛り上がりはどんどんと大きくなっていき人型へと形を変えていき僕よりも大きい人形が五つ出来上がる。

 そして、土人形達は動きを確かめるように一斉にバラバラの動きを見せた。


「なぁにこれぇ」


 アイネがあんぐりと口を開けて驚いている。


「訓練用の土人形だよ。アース一匹で操るから複数の時は動きは単調だけど連携の確認に使ってるんだ」


 元々は対魔物用の訓練で何かいい訓練は無いかと考え、アールスが精霊魔法で作った土人形を思い出してアースに同じ事が出来ないかと聞いたのが始まりだった。

 最初は一体しか動かせなかったが、今では五体までなら動かせるようになったし、一体だけなら自由自在に動かせるようになっている。

 実戦経験があるミサさんから見たら複数の土人形を操る時の動きはまだまだ遊びのような物みたいだそうだが、一体だけの時なら十分魔物の対策になると太鼓判を押してくれた。

 ただこの方法、アースが参加できないのが欠点だ。フェアチャイルドさんがいれば水人形を作って貰い似た事が出来るんだが。

 動きという点では図体は大きくなるがアースよりも精霊が操る方が精度が高く数も多く出来る。

 土人形は大きさは自由に作れるが数が増えるにつれ動きが単調になるが、ディアナの操る水人形は数が多くても複雑な動きが出来るが一定以上の大きさが必要で大体僕の二倍くらいの大きさが必要。それよりも小さくなると細かい動きが出来なくなってしまう。

 それぞれ一長一短があるので訓練の目的によって使い分ける事にしている。

 今はフェアチャイルドさんいないから使い分ける事が出来ないのだけど。


「すっげー! いいないいな! あたしも戦ってみたい!」

「アイネはまずは僕と組手ね」

「えー!」

「アイネがまず行うのは護身用の対人格闘だからね。僕だってあんまり強いとは言えないけど、強い所見せてもらわなきゃ安心して冒険に出せないよ」

「ふーん。まぁそういう事ならいいよ。ふふん。ねーちゃんあたしに勝てるかな? あたし素手でもけっこー強いかんね」


 そう言ってアイネは僕に向かってシュッシュッと左拳を突き出して来る。


「あははっ、僕だってミサさんに鍛えられてるからね。そう簡単に負ける訳にはいかないよ。

 でもその前に皆の訓練が終わってからね」

「うん。いいよ。そっちも興味あるし」

「じゃあ……始めていいよ」


 僕が合図を送るとアースを除く魔獣達と土人形の戦いが始まった。

 同時にヒビキは低い機動力を補う為にナスの背に乗った。

 土人形が動き始めるとナスの角先から複数の電撃の球が牽制として発射される。

 電撃の球を受けるが土人形は構わず魔獣達に向かって進んで行く。

 開始と同時に後ろに下がったゲイルは覚えた魔法陣を構築させている。

 発動させるのは『アイシクルランス』だ。四本の氷の槍が右端の一体の土人形の手足に次々と突き刺さっていく。

 手足を破壊された土人形は動けなくなるが、代わりに胴体から土の鞭がゲイルに向かって伸びた。

 ゲイルは土の鞭を交わしとどめにヒビキがナスの背に乗ったまま魔法陣を構築させ『フレイムランス』を発動させ胴体だけになった土人形にとどめを刺す。

 フレイムランスは僕がファイアーランスをヒビキの固有能力を最大限に利用できるように改良した魔法だ。

 本来のファイアーランスは炎の塊を槍状にして突破力を上げ相手にぶつけ燃やす魔法だが、フレイムランスは魔素やマナへの突破力を高めつつもマナの繋がりを途切れさせないようにしている。

 温度は本家よりも低くフレイムランス単体では着火率は低いが、着弾する寸前にヒビキが固有能力で温度を上げ焼き切る事を可能にしている。


 土人形は手足が破壊されたら再生しない様にアースに言い含めてある。その理由はそうしないときりがないからだ。

 代わりに頭と胴体が残っていれば土の鞭のように攻撃していい事にしている。これは魔法を使ってくることを想定している。


 魔物もちゃんと魔法を使う。だけどその魔法は僕らが使う物とは少し違う。

 僕達マナを扱う者が使う属性魔法以外の闇の魔法と名付けられた魔物独自の魔法だ。

 魔法の種類は当たった者に毒を与える黒く染まった炎の矢や相手に恐怖を与える赤い霧など種類は様々だ。

 魔物はマナではなく魔素を消費させて使う為魔素が濃い場所以外で大きな魔法を使うとその度に身体を消耗させていく。

 使わせれば使わせるほど弱体化させる事は出来るが、核が残っていればいくらでも魔法が使えるのだ。

 だから基本的に魔物は真っ先に核を潰さなければならない。

 だが魔物だって核は守る。反撃だってしてくる。しかも核の場所は個体によってまちまちだ。

 外から見てわかる魔物もいれば完全に体内に埋まっていて分からない魔物もいる。

 問題なのは見た目で分からない場合。一撃で核を粉砕できればいいのだけれど、ミサさんによると上級の魔物になると精霊魔法でも魔素で出来た身体を一撃で破壊する事は難しいようだ。

 魔の平野ではそういう上級の魔物が襲ってくる恐れがある。

 今魔獣達が行っている訓練はそういう上級の魔物を想定した訓練だ。

 まずナスの牽制で相手をひるませつつも魔素を消費させ、ゲイルが手足を狙い動きを封じヒビキがとどめを刺す。

 ゲイルがとどめを刺したりヒビキが手足を狙う時もあるがそこは臨機応変にだ。

 主に足が速く能力に応用力の効くナスが牽制役でマナが多く攻撃性能が凶悪なヒビキが攻撃役、小回りが利き宙を自在に走り回れるゲイルは遊撃として考えている。

 アースは今回は参加できないが、皆と連携する際は土人形を使った盾役をやってもらう事になっている。


 土人形を次々と破壊し残り一体になる。だけど残りの一体に中々てこずっている。

 五体の時は動きが単調で倒しやすかったが残り一体となると格段に動きが良くなった。

 複数の時にまとめて倒せばいいだろうと思うかもしれないがそうなったらアースは一体だけを残し残りは盾にして数を減らしていただろう。結果はあまり変わらない。

 残り一体となった土人形は手足を伸ばしまるで滑るように移動し、身体からは二本の土の鞭を伸ばしてナス達を翻弄している。


「アースすっげー。ねーちゃんもああいうの出来るの?」

「一体だけならね。二体以上になると僕の頭じゃ処理しきれないよ。五体同時に別々に動かすだけでもすごいんだから」

「へー」


 土の鞭はゲイルが見えない空気の刃で断ち、ナスが地面を僕が作った魔法『アイスランド』で凍らせる。

 凍った地面に土人形は足を滑らせて転びそうになった所を足首の少し上の辺りから棘のような物を出し転ぶのを止めた。

 だが一瞬の硬直をヒビキは逃さずフレイムランスを叩き込み土人形を燃え上がらせた。

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