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初めての同行人

「アイネちゃん。元気でね」

「うん。ミリアもね」


 日課の訓練をアイネと一緒にこなし朝食を取った後宿の前でアイネはミリアちゃんとの別れを惜しんでいる。

 二人はしばらく抱擁し合ってから無言で離れ最後に手を取り合いまたね、と送り合った。

 アイネを見送るミリアちゃんは荷物袋の中から二つのナスの人形を取り出し胸に抱いた。

 あれは昔僕が作ってアイネとミリアちゃんに送った人形だ。片方は耳にリボンを、もう片方は服を着ている。僕はそんな細工はしていないので自分達で身に着けさせたんだろう。

 どちらがどちらの物なのかは分からないけどアイネはミリアちゃんに人形を預けたんだな。

 ミリアちゃんから離れてこちらに来るアイネに声をかけた。


「もういいの?」

「うん」


 アイネは微笑みながら答えすぐに顔を引き締める。


「行こ。ねーちゃん」


 傍から見てもアイネの動きはぎこちなく固くなっている。


「分かった」


 僕もミリアちゃんに別れの挨拶をしてからアイネと一緒に荷物を取りに預かり施設へと向かう。

 と言っても必要なのは僕の荷物であり、アイネの荷物は少なく、今は革の装備を身に纏い着替えと日用品を荷物袋に入れ背負っている状態で小屋には置かれていない。

 アイネの装備は僕が初めて買った物とほぼ同じで、小手に具足、それに軽鎧。頭の装備だけが違い兜ではなく丈夫な革を使った鉢金だ。

 ミサさんの鉢金は額と両こめかみを覆うくらいの長さの長方形の物だが、アイネの物は前頭部をすっぽりと覆う半円状の物だ。

 武器は刃のついていない頑丈な木の棒と金属製の短剣と剣だ。

 短剣と剣にお金をかけたせいで槍は買えなかったそうだ。

 木の棒はアイネの身長と同じくらいの物で本物の槍を買うまでは棒術を使う気らしい。

 三種類の武器を買ったのは使う場所で使い分けるかららしい。野外などの開けた場所なら槍、森などの障害物の多い場所や乱戦状態などの槍を振り回すのが難しい場所では剣、屋内などでは短剣を使うとドヤ顔で説明してきた。


「剣もそうだけど頭のそれ高かったんじゃない? 結構いい物でしょ?」

「まーねー。これと剣と短剣で予算の半分以上使っちゃった。でも頭って大事なとこじゃん? お金かけとこーって思ったんだ」

「うん。いいと思うよ。アイネにも訓練に参加してもらうからね」


 お父さんは昔装備が無駄になったと笑っていたが僕達の場合は魔の平野を越えるという目的がある。

 その目的の為に早くから装備に慣れるのは必要な事だと、本格的に模擬戦を始めてから実感する事が出来た。

 ただ心配なのは盗難や強盗だ。十分に警戒しないといけないな。


「訓練! どんな事するの!?」

「そうだな。まずは僕との武器無しの組手からかな?

 それが慣れてきたら武器を使っての訓練だね」

「えー、なんか地味」

「文句言わないの」


 でもアイネならすぐに慣れて僕を越えていきそうなんだよな。口に出しては言わないけれど。

 アイネほど才能を持った子に僕が教える事なんてあるのだろうか?

 預かり施設でアロエと魔獣達に挨拶をしつつ荷物を取り次は組合へ向かう。

 受付で僕とアイネは手続きをし、僕は研修の旅に付いて簡単な説明を受けた。

 今回の同行人は指名なので手続きと説明は速やかに終わった。

 指名とは言え貰える額は選定された時と変わらない。厳密にいえば報酬自体は減っているが、紹介料みたいな物が加算されている。

 元々同行人の報酬は一定期間の拘束に対する補償と旅の途中の必要経費という面が強く、そこに組合からの指名料が足されているようだ。

 今回のような新入りから指名の場合は組合が依頼するわけではないから組合からの指名料の分が減らされているらしい。

 とはいえ、指名されたからといって報酬に差が出ると文句が出て新人からの指名を断られるのも困るので紹介料を上乗せして最終的にもらえる額を同じにしたんだとか。

 組合を出ると僕は早速アイネに対して指導を行う。


「さてアイネ。研修の旅が始まったわけだけど、最初に何やるか分かってるよね?」

「しょくりょーの買い出しでしょ?」

「うん。じゃあ早速市場まで買いに行こうか」

「うぇー……市場まで行くの? めんどーだなー」

「一応この周辺にも食料品を売ってるお店はあるんだけどね。市場の方が安いから」

「近くにあるんならそっちで買おーよ。無駄に歩く時間を依頼とか訓練に使ったほーがいーと思いまーす」

「どうせまだグランエルじゃ依頼は受けられないんだし、まずはリュート村に向かうのに東の検問所まで行くんだから北東にある市場によっても誤差だよ。

 それとも早めに出て村で買う? お野菜は安いけどお肉は高いよ?」


 出荷用の動物を育てていないリュート村ではお肉を得るのに近くの森でわざわざ狩らないといけないのでその分手間賃としてお金がかかる。

 自分達で狩ろうにも森の動物は村の所有物なので勝手に狩る事は禁止されていて、許可を貰うにもお金がかかる。

 森から出た動物なら自由に狩っていいんだけど、そういうのは大体村の周辺を見回っている村人に先に発見され狩られてしまうので運がよくないと狩れない。

 だがアイネは値段とはまた違う所で悩んでいるようだった。


「んー……村まで行くとなぁナビィの肉しかないしなぁ」


 アイネもナビィのお肉を食べる事に抵抗があるのか難しい顔をし出した。

 アイネはお肉が好きだったと記憶しているが、ナビィのお肉は別なのかもしれない。


「ほら、だから市場まで行こう?」

「んー……分かったー」


 渋々と言った感じでアイネは頷いてくれた。

 預かり施設で魔獣達を連れて小屋を引き払った後僕達は比較的馬車の通りの少なくアースも通れる路地を通って北上する。

 市場は北東の居住区にあるが、東の大通りの真ん中辺りから少し北上した所に存在する為組合からでも東に用があれば遠回りになる事はない。


「ねーちゃん。ゲイルの服についてるポケットって何入ってるの?」


 道中僕に乗っかっているゲイルを見上げアイネが聞いてくる。


「ゲイルの大切な物だよ」

「大切な物? なになに? どんなの?」

「んー。ゲイル」

「きっ?」

「都市の外に出たらアイネにゲイルの宝物見せてくれるかな?」

「きー」

「見せてくれるって」

「じゃあ早く買い物終わらせなきゃ!」

「あははっ、そうだね」


 大通りまで出ると僕はアースを路地に待っててもらいアイネに予算を渡し市場で買い物してくるよう同行人として指示を出した。

 これは限られた予算の中で食料を購入するという研修の一環だ。

 食料の量は必要だと思う量だけ。

 渡した予算は銀貨一枚で大体半月分の食料を購入できる。昔は銀貨一枚半でおおよそ半月だったんだけれど、ここ数年で食料品が何故か値下がりしたのだ。

 そして、アイネは僕はブリザベーションなどで手は貸さないのでブリザベーションのかかった物、かかっていない物、かかっていない物なら腐らせない量。それに自分で持ち運べる量を自分で考え購入しなければいけない。

 最初アイネは僕がついて行かない事に困惑しつつも不満そうしたが意図を説明するとすぐに納得してくれ、もしろ挑戦的な目つきを返してきた。


 研修の旅での同行人の役割は新人の適性を見る事。だけどその方法は時に組合からは指示は出されていない。

 僕がアイネに出した指示は僕が必要だと思ったから出したものだ。

 僕達の研修の旅の時のカナデさんは特に指示は出さなかったが手を貸すというのも少なかった。

 僕達にやらせ分からない所があったら教えてくれるという方式を取っていた。

 僕はそのやり方に自分のやり方を組み合わせる予定だ。

 フェアチャイルドさんならどんな方法を取るだろうか?


 アイネは一時間弱で市場から帰った来た。

 買ってきた物は少量の野菜に大体三日分位の鳥肉、それに香草などの調味料だ。野菜とお肉はブリザベーションのかかった物のようだ。

 多少高くなってもブリザベーションのかかった食材の方が安心できるので間違った選択ではない。

 野菜が少ない理由は村で買った方が安いからお昼に使う分だけを買ったようだ。

 残ったお釣りに対して量も質も悪くない。きちんとお店を見極めて買ったようだ。これに関しては都市外授業で買う機会があるのであまり心配はしていなかった。


「うん。悪くないね」

「これで悪くないなの?」

「僕だったら少なくとも野菜の方はブリザベーションのかかってない物にするかな。この量ならすぐに使い切れるからね。傷んでるものも見分けはつくし」


 学校ではお店に並んでいるからと言って信用はせずになるべくブリザベーションのかかった物を買うようにと指導されている。

 別にブリザベーションがかかっているからと言って新鮮という訳ではないんだけど、傷みやすい食材というのはあるからどれぐらい店頭に並んでいるか分からない物よりかは信用できるという事だ。


「あー……」

「後は防水性の高い革袋を買って食材を凍らせてその袋で持ち運びするっていう方法もあるね。

 ただ安全を取ったらアイネの買った物は間違いじゃないよ。

 まぁ重くなるっていう欠点があるから好きな方法を選んでいいと思うけど」

「あー! 凍らせるのかー……でも重くなるのもやだなー」

「んふふ。僕にはアースがいるからね」

「そもそもブリザベーション使えるんでしょ?」

「まぁね。でもアイネだってブリザベーションの魔法石買えばいいじゃない」

「ねーちゃんがいるから必要ないと思って。あれけっこー高いし」

「アイネ、仲間になるからっていつも一緒にいるとは限らないんだからね?

 例えば魔物に襲われて離れ離れになった時自分一人じゃ何もできないっていう事になりたくないでしょ?」

「うー……たしかに」

「今回の研修ではそこら辺の事をなるべく教えていくからね」

「はーい。分かったー」


 アイネが元気よく返事したところで僕達は都市の外へ向かった。

 僕とアイネは検問所の前で一旦分かれる。アイネは一般用の検問所から、僕はいつもの大型の魔獣用の検問所から都市の外へ出る。これもまた経験だ。

 僕達が検問所から出る頃にはアイネが橋の先で待っている。

 検問所を抜けて歩いて来たにしては早いからきっと走って来たんだろう。

 橋を渡り切るとアイネが早速ゲイルのお宝を見せて欲しいと言ってきた。

 なので僕はゲイルを降ろしベストのポケットからお宝を一つ出した。


「ききー」


 ゲイルは自慢げにどうだと言っている。


「……石?」

「うん。かっこいい石がゲイルのお宝なんだよ」

「かっこいい?」


 アイネが首を傾げる。言いたい事は分かる。


「この模様とかかっこよくない?」

「……分かんない」

「きぃー……」


 分かって貰えなくてゲイルは悲しそうに俯いてしまった。


「じ、じゃあこれはどうかな」


 かっこいい石を元の場所にしまって次に取り出したのは緑色に小さな白い波紋のような模様がある石だ。


「おー……きれいだね?」


 思ってない。それは絶対きれいだと思ってない顔だよアイネ。

 だけどゲイルはアイネの言葉に気を取り戻してくれたのか嬉しそうに尻尾を激しく振り始めた。


「あははっ、かわいーなゲイル」

「んふふ。そうでしょ?」


 石を元のポケットにしまいきちんと閉めてから念の為に他のポケットを見て異常が無い事を確かめておく。

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