僕の妹
ナスだけを連れて家の中に入ると、ルイスはベッドから降りてはいるがお母さんの後ろに隠れてしまっていた。
「ルイス、ただいま」
ナスがそう呼びかけるとルイスは顔だけ出してお帰りと呟くように言った。
ナスはゆっくりとルイスに近づいていき、お母さんの前に立つとお母さんの後ろに立っているルイスを首を伸ばして覗き込む。
「ルイス、僕は怒ってないよ。だから姿を見せて」
ナスの言葉にゆっくりとお母さんの陰から半身を出すルイス。
「ほんと?」
「本当だよ。僕ルイスが大好き! ルイスが元気でいてくれるのが嬉しいんだ! だから悲しい顔しないで。ルイスが悲しい顔をしてると僕も悲しい。僕の事を考えてくれるのは嬉しいけど、それでルイスから元気が無くなるのは僕は嫌だよ」
「でも……」
迷っている様子で身体を揺らしそれ以上出てこようとしない。
「僕早くルイスにおっきくなって欲しい。おっきくなったルイスを背に乗せて遠くまで行きたいんだ!
それにね、追いかけっこだってしたいし一緒に遊んだり並んで寝たりしたい!」
「うー……ルゥもしたい」
「一杯一杯一緒にしたい事やりたい事があるからルイスには元気でいて欲しい。
物を食べる事は普通の生き物には絶対に必要な事。
生きる為に食べる事を僕は怒らないし絶対に嫌いにならない。だってルイスには生きて大きくなって欲しいから!」
「ナス……ナス~~~~」
ナスの気持ちが伝わったのかルイスはお母さんの陰から出てきてナスに抱き着いた。
「これで一安心かな?」
お母さんに視線を送ると頷いてくれた。
「ところでアリスは今回はいつまでいられるの?」
「ん。アイネの卒業の日までこっちにいようかなって」
「泊りはこの家?」
「駄目なら野宿しようかな、と」
「いいに決まってるでしょ」
「あははっ、ありがと。そうだ、新しい仲間も紹介するから家に入れていいかな?」
「あら? 新しい仔が仲間になったの?」
「うん。詳しい話は紹介の時にするよ」
「待たせちゃってるわね。中に入れていいわよ」
「じゃあ呼んでくるね」
そうしてゲイル達を連れて来るとルイスはゲイルにも興味を示した。
ゲイルの毛並みはナスより硬く少しごわついているがそれでも撫でれば気持ちが良い。
ルイスはゲイルに対してぺこりと頭を下げ挨拶をしたあと丁寧にさわってもいいですか? と聞いた。うちの妹が礼儀正しすぎる。もしかしたら天才ではないだろうか?
いや、両親のしつけがいいのか。いや、両方に違いない!
僕からゲイルに確認を取るとゲイルは触ってくれと言わんばかりにルイスに背中を向けた。
ルイスは恐る恐ると言った感じでゲイルの背中に少しだけ触った後、大丈夫そうだと安心したように息を吐いて撫で始めた。
「ナスとちがってかたいねー」
「ゲイルの体毛は多分アースみたいに怪我をしないようにする為の物じゃないかな。
ゲイルって元は森の中に住んでて結構足が速いから木の枝とかから身を守る為に体毛が硬いのかもね」
「へー」
分かったのか分からないのか曖昧な返事を返すルイス。
「ゲイルにはのれるの?」
「どう見ても乗れる大きさじゃないでしょ?」
「そっかー」
「あとこれはゲイルに限った話じゃないんだけど、嫌がる事はしない事。約束できる?」
「うん! いやなことしない!」
「んふふ。いい子だね。さて、ルイス。そろそろお外で遊ぼうか?」
そう聞くとルイスはパッと笑顔を輝かせて頷いた。
「うん!」
「じゃあお母さん。行ってくるね」
「今日は私も行くわよ。仕事今ないし」
「あっ、そうなの? じゃあ他の家の子達も呼んできてくれるかな? タイラントさんに約束しちゃったんだ」
「ええ、いいわよ。任せなさい」
妙に張り切っているお母さんに他の子供達の事を任せて僕はルイスとアロエ、魔獣達を連れて広場へ向かった。
広場にはすでに遊んでいる子供がおり、全員見覚えのある子ばかりだ。
皆魔獣達を発見すると真っ直ぐに駆け寄ってきた。年に一度しかやってこない魔獣達の事をよく覚えている物だ。それだけ娯楽が少なく魔獣達が印象的だった、という事なんだろう。
日が暮れてくると子供を見守っていたお母さん達が自分の子供の手を取って家へ帰っていく。親が仕事で忙しく来ていない子供は僕が手を繋いで一緒に家まで送り届けた。
魔獣達はヒビキが眠そうにしていたからお母さんに頼んで全員家まで連れて行ってもらった。
無事に家まで送り届けた後家に戻り中に入る前に魔獣達の様子を見に行く。
相変わらずアロエとゲイルは仲が良く二人でおしゃべりをしていた。
ナスは眠そうにしているヒビキを見てくれている。
アースは僕に気が付くと地面を操り家の壁近くに置かれていた自分の食事用の器を僕の目の前に移動させた。
「ご飯だね。いいよ」
「ぼふっ」
器をマナポーションで満たすとアースはすぐに口をつけた。食いしん坊め。
「ぴーぴー」
「んー? 久しぶりにお母さんのマナポーションが飲みたいの? いいよ。久しぶりだもんね。でも、今はご飯の支度の途中だから遅くなるよ。それでもいい?」
「ぴー」
もう僕はお母さんに嫉妬はしない。お母さんにはお母さんの、僕には僕の味があるのだから。皆違って皆いい。まぁ味分からないんだけど。
「ゲイルの分も作っておくね」
ゲイルの器と眠りそうなヒビキの器も出して両方をマナポーションで満たす。
そしてヒビキの方にはブリザベーションをかけてからお鍋の蓋を使い蓋をする。
「ヒビキが起きたら飲ませてあげてね」
「ぴー」
お土産と着替えの入った荷物袋を手に持ち家の中に入る。
中ではお母さんが料理の真っ最中だった。手伝いを申し出るがもう終わるからと断られてしまった。
仕方ないのでナスの人形と遊んでいるルイスの相手をする事にした。
するのはルイス自身の話。普段何をしてどんな事を楽しんでいるのかだ。
ルイスはナスの人形を持って女の子の友達の家に行ったり招いたりして一緒にお人形さんごっこをしているようだ。
友達の人形はルイスがナスの人形を持っているのを羨ましがって親にねだって買って貰った物らしい。
その買って貰った人形はルイスも女の子も名前は分からないかわいい動物の人形のようだ。
他にもお母さんから聖書を読んで貰ってはいるが難しい話が多くてよく分からないと嘆いていた。聖書に合わせて文字も教えて貰っているようだがあまり乗り気ではないように見える。
その話を聞いて絵本を出そうかとも思ったけれど、ちょうど夕食の料理が終わったので配膳を手伝う。
お父さんは話をしている間に帰ってきているのですぐに家族そろって夕食を食べる事が出来た。
夕食後に僕はお土産を荷物袋から取り出した。
お父さんにはいつものようにお酒を。
お母さんにはきれいな刺繍の入った肩掛けを。
ルイスには絵本を。
「お父さん。買っておいてなんだけどあんまり飲み過ぎないでね。飲み過ぎは身体に悪いんだから」
「あら大丈夫よ。アリスの買ってきたお酒は少しずつ大切に飲んでるもの」
「お、おい。そういう事は言うなよ」
「あははっ……おっとそうだ。お母さん。ナスにマナポーション作ってくれないからな? 飲みたがってるんだ」
「それぐらいならいいけど」
「じゃあお願い」
背後の壁の近くに置いてあるナス用の器を取り中にマナポーションを満たしてもらう。
そしてナスに届けようとするとルイスが僕から受け取った絵本をお母さんに預けついて行きたいというので一緒に行く事にした。
出て行く前にお母さんにルイスをお風呂に入れて欲しいと言われたので了解する。
ナスの所へ行くとルイスはすぐにナスに近づいて抱き着いた。
抱き着いてきたルイスにナスはルイスの頭に自分の頬をくっつけすりすりと動かし始めた。
このままではナスが食事できない。器をナスの前に置きルイスを引きはがす。
「ルイス。食事の邪魔しちゃ駄目だよ」
「あー……」
残念そうな声を上げながらもルイスは素直に引いてくれた。
「あっ、ヒビキ起きたんだね」
「きゅ~」
ヒビキは丁度自分の分を飲んでいる所だ。
「ナスおいし?」
「ぴー。美味しいよ」
「うーん。わたしものんでいい?」
「それは駄目だよルイス」
僕はルイスを抱き寄せてナスの器から遠ざける。
「なんでー?」
「いい? ナスの口の周りは毛だらけなの。よく見て。ナスの毛浮いてるから」
「ほんとだー」
「ナスに限った話じゃないけど、お腹壊すかもしれないから動物の飲んでるお水とか飲んじゃ駄目だからね」
「ナスはのんでもへいきなの?」
「平気です。ナスは強い仔だから」
「僕強い!」
「そうなんだー……」
「うん……そろそろ戻って着替えもってお風呂入ろうか」
「えー」
「えーじゃないの。遊んでちょっと汗かいたでしょ? ちょっと臭いよ」
「うー……」
お風呂がある小屋は家に併設されている。
脱衣所である小部屋と洗い場に湯船のある部屋の二つに分かれていて小さい頃はお父さんと一緒に入っていたけれど窮屈だったっけ。
けどそれはお父さんの身体が大きいからで、お母さんとなら普通に入れた。
魔獣達におやすみの挨拶をし僕達は家の中に戻り着替えを手に取る。
ルイスと一緒にお風呂に入るのは六年生の秋季休暇の時以来だ。
脱衣所で服を脱ぎ洗い場に入ると僕は魔力を操り浴槽にお湯を張り、浴槽の下の薪をいれる空間に火を灯した。温度はぬるま湯位。
昔はお湯の温度を保つのに薪を使っていたけど、見えない位置でも火の勢いを完璧に把握できるため今は必要ないのだ。
ヒビキがいればお湯に触れてるだけで調整できるんだけどな。
今思うとお母さんは薪使っていなかったんじゃないかと思う。マナポーションを作れるくらいの技術があるならわざわざ薪を使う必要なんてないんだ。
僕やお父さんが沸かす時は薪が必要だったから用意されていたけど。
桶でお湯を汲み取り温度を確かめてからルイスに頭からかける。
「うー」
「じゃあ頭から洗うからねー」
もう一度桶でお湯を掬い髪を洗う為の粉末薬を桶の中のお湯に溶かして少しずつルイスの頭の天辺からにかけていく。もちろん魔力を馴染ませて操作をしながらだ。
ルイスの顔の方にお湯が行かないように操りながらルイスの髪についた汚れが取れるようにほつれを解きながら指で梳いていき、ある程度したらもみ洗いへ移行する。
「痛く無い?」
「いたくなーい」
「そっかー。よかった」
ある程度髪をもみ洗いしたら次に頭皮マッサージをする。子供の頭は軟らかいので強く押したりはしないで軽く優しく撫でるように扱う。
「今度はどう?」
「きもちいー」
「んふふ」
ルイスの髪を洗い終わると次はルイスには自分で身体を洗って貰い自分の髪を洗う。だけどルイスのようには時間はかけない。時間をかけるとルイスが飽きるし、油断してると室温でのぼせる危険性があるからだ。
身体を洗うのもルイスが体勢を崩して転んでしまうかもしれないから気は抜けない。
ルイスが身体を洗い終わるのとほぼ同じに自分の身体を洗い終える。
「じゃあお湯の中に入ろうか」
「うん」
まずは僕が湯船に入ってルイスが続く。
入ってきたルイスは僕に背を向けてそのまま僕の脚の上に乗っかり背中を僕に預けてきた。
「ルイスはいつもこうやって入ってるの?」
「そうだよ?」
「いつもは誰と入ってるの?」
「おとうさん!」
「そうなんだー。お父さんと入るの好き?」
「せまいからやー。おかあさんといっしょがいい」
「あはは……もう一人で入ったりしてるのかな?」
「してるよ。わたしもうひとりでもはいれるの!」
「そっかぁ、偉いねぇ」
「えっへん!」
キャッキャとはしゃぐルイスだがやがて飽きたのか水面をパシャパシャと叩き始めた。
「そろそろ上がろうか?」
「う? うん」
ルイスのもちもちのお肌が火照って赤くなっている。
湯船から出て魔力を操り余分な水分を取っていく。
「おねえちゃんなにしてるの?」
動かない僕に疑問を持ったのか僕を見上げてそう聞いてくる。
「身体に付いたお水を魔法で取ってるんだよ。ほら」
分かりやすいように手の平に集めて水を球の形にまとめる。
「すごーい!」
「んふふ。ルイスも魔法を一杯練習すればできるようになるよ」
「まほー? らいたーとか?」
「そうだよ」
「でもおかあさんがおかあさんとかおとなのいないところでつかっちゃだめだっていってたよ」
「おっ、偉いね。ちゃんと守ってるんだ。そうだね。僕が使えるのは学校でちゃんと勉強したからだよ」
「おべんきょう?」
「うん。お勉強したら今まで出来なかった事がいっぱい出来るようになるんだよ」
「おねえちゃんみたいに?」
ルイスの質問に答えながら 水分を取り終わったので次は布で汗などの水分を拭きとっていく。
タオルのように吸水性のいい布は高いのでこの家には無いし僕も持っていない。今使っている布だけでは水分を十分に落とせない。
なのであらかた身体を拭いだら脱衣所に出て温風を出しながら別の布を使いもう一度身体を拭いていく。
「そう。僕みたいに」
「おべんきょうしたらおねえちゃんよりすごくなる?」
そして、拭き終わったらルイスに服を着てもらう。もう一人でお着替えは出来るようだ。昔僕は着替えさせていたのが懐かしい。
「んふふ。なれるかもよ。いっぱいいっぱい頑張ればね」
「ふぅん……じゃあおねえちゃんよりすごくなったらナスといっしょにくらせる?」
「それはナスに聞かないと分からないかな。明日聞いてみようか?」
「うん!」
着せ終わったら次に僕が服を着るのだが、ルイスが出て行こうとしたので止める。
さすがに人が裸の時に扉を開けて欲しくない。
ルイスは不満そうにしたがお願いをして留まって貰った。
服を着終わり手を繋いで外に出ると、今度はナスの所へ行こうとするのでまた止める。
「ナスはもう眠る時間だから駄目だよ」
「ナスねちゃうの?」
「そうだよ。ルイスももう眠いでしょ?」
「うー……うん」
「眠い所を邪魔したら可哀そうだからね。我慢できる?」
「できる……」
「偉いね。ナスの事を考えて我慢できるなんて立派だ」
「うー……」
褒めてもやはり会いたいのか照れる様子はなくむしろ嫌そうに僕にくっついてくる。
「ああ、でもちょっと見るぐらいなら大丈夫かな」
「えっ」
期待の声が上がる。
「寝てたり眠そうにしてたら声はかけちゃ駄目だからね」
「うん!」
ルイスを連れて家の裏に回り魔獣達の様子を見てみる。
アースの寝息は聞こえてくるので寝ているだろう。
ゲイルとヒビキはまだ起きてアロエの相手をしている。
ライトの明かりに気づいたゲイルが近寄ってきた。
「静かにしてあげてね?」
「ききっ」
ナスは眠たそうに耳が揺れて舟をこいでいる。
「ナスねむたそう」
「そうだね」
「ナスはおふとんでねむらないの?」
「荷物の上に毛布が置いてあるでしょ? 寒かったらあれを使って貰うんだけど、今日はいらないみたいだね」
「寒くないのかなぁ」
「ナスは強い仔だからね。大丈夫なんじゃないかな」
「んー……おねえちゃん。ナスにもうふかけてあげてもいい?」
「ん? んふふ。いいよ」
僕が許可を出すとルイスは荷物の上に置かれた毛布を一枚取りナスへかけてあげた。
「ぴー……?」
「起こしちゃった? ごめんね。ルイスが毛布を掛けてくれたんだよ」
「ぴー……ありがとう。ルイス」
それだけ言ってナスは耳を垂らし本格的に眠る体制へと入った。
「今日はここまでだね」
「むー……おやすみ、ナス、ヒビキ、ゲイル。それにアース」
悔しそうにしながらもルイスは皆におやすみの挨拶を送り家の中へと戻っていた。
中に戻るとお父さんとお母さんが一緒に話をしていた。楽し気な話をしている。
ルイスはそんな両親の邪魔にならないようにかそれとも話に興味がないのか早速ナスの人形を抱っこし、人形に向かって話しかけ始めた。
「ルイス、一緒に絵本読もうか」
「えほん?」
「うん。さっき渡した本」
絵本は今食卓の上に置かれている。二冊あるうちの一冊、文字のない方を選んでルイスに見せる。
「いいよぉ」
ルイスはナスの人形の頭を自分の口の高さに合わせてまるで人形が言ったかのように喋り、そして人形の手を動かし返事をした。
「じゃあベッドで横になって読もう」
「うん」
最初にルイスが靴を脱いでベッドに転がり、自分の横に人形を置く。隙間が空いているのは人形の横だけだった。
僕は人形をルイスと挟む形になるようにベッドに寝転がる。
そして掛け布団をルイスの首元まで被る様に掛けるとライトの明るさを調整してから枕元に絵本を広げた。
文字の書かれていない絵本を一ページ一ページめくる度にルイスに向けてこの登場人物は何をしているのかなと問いかける。
ルイスは悩みながら応え、それに対して僕は同意したり僕自身の考えを述べたりしながら進んで行く。
やがてルイスの頭が眠たそうに揺れ始める。
絵本を閉じようとするがルイスは嫌と言って閉じようとする絵本を両手で止めた。
じゃあもう少しだけと言って続ける。
だけれど結局ルイスは最後のページまで読む事は出来なかった。




