再会の場所へ
時が経つのは早いもので、北の大沼地での仕事を終えた僕達についに別れる時が来てしまった。
僕は少し寄り道をするがグランエルに行く為に王都に向かうフェアチャイルドさん達とは明日別れる事になっている。
その所為かフェアチャイルドさんが今日はどうしても僕と同じ部屋になりたいと皆に懇願しだしたが、皆そうなる事を分かっていたようで笑って許した。
一ヶ月前に皆と話し合った結果、僕以外の皆は首都に行く事になった。ミサさんは首都ででゼレ様について学びたいようですんなりと王都行きが決まった。
フェアチャイルドさんはアールスの研修の旅の引率役となる事に一年前から決まっている。
カナデさんは王都まではフェアチャイルドさん達と一緒に行動し、その後両親に本格的に動き出す事の報告と別れを告げる為にダイソンへ一度里帰りする気のようだ。
連絡を取り合う為に精霊はカナデさんにはディアナが、僕にはアロエがついて来る事になった。
アロエになった理由は例のごとくゲイルと一緒にいたいからだそうだ。
なんだかゲイルはアロエに契約者であるミサさんよりも好かれている気がする。
研修の旅が終わったらそれぞれがオーメストへ向かい、そこで合流する事になっている。
もちろん道中で合流してもいいのだけど、仕事をしながら向かう事になるし観光したい都市があって道のりが合わないという事があるかもしれない。
そこら辺はその時になったら柔軟かつ臨機応変に決めるという事で一先ずは目的地で合流するという事に決まったんだ。
そんないろんな事がすでに決まっていて別れる準備を済ませた夜、眠る時間になるとフェアチャイルドさんがいつものように僕のベッドにもぐりこんできた。
いつものように抱き着いてくるのを待っていると、その前にフェアチャイルドさんが話しかけて来た。
「ナギさん。今日は手を繋いでください」
「それだけでいいの?」
僕は身体の向きを変えフェアチャイルドさんと顔を合わせる。
今日は抱き枕を持ち込んでいないようでいつもよりも距離が近い。でも……懐かしい距離だ。
「はい……今日はそれだけでいいんです」
「君がそう望むなら」
僕は枕元に出されたフェアチャイルドさんの両手を自分の両手で包み込む。
「これでいい?」
「はい。ありがとうございます」
僕を見ていた赤い瞳は瞼が閉じられ見れなくなる。
しばらく見られなくなるのだから彼女の瞳をもう少しだけ見ていたかったな。
「ナギさん」
「ん? なに?」
「ようやくここまで来ましたね」
「そうだね。なんだか長いようであっという間だったね。だけどもう少し頑張ればアールスと一緒に旅が出来るね」
「はい……大好きなお二人と一緒に旅をする日が待ち遠しいです」
「あはは……」
僕とアールスに対する真っ直ぐな好意は嬉しくはあるがくすぐったくもある。
「大好きです……ナギさん」
そう言ってフェアチャイルドさんは寝息を立て始めた。
僕は口には出さずに僕も大好きだと心の中で呟き彼女の頭を起こさない程度の力加減で撫でた。
皆と別れた後、僕はアースの背に乗って南東へ向かう。
首都から見たら東北東方向にあり、今まで行きたいとは思っていたが寄る機会が無く依頼などで時間も中々取れなかった為来る事が出来無かった都市がある。
都市の名前はペライオ。会いに行くと約束をしたエンリエッタちゃんが今いる都市だ。
今行かなければエンリエッタちゃんに会う機会が無くなってしまう。
遅くなってしまったけれど僕の方から約束を破るわけにはいかない。
そして、アースの背に乗り半月とかからずにペライオへ辿り着く事が出来た。雪が降り出す前に来れて良かった。
都市の中に入るとまず僕は預かり施設に魔獣達を預け組合へ治療士の依頼の有無を確かめに行く。
それが終わると今日の日付を確認し学校で授業があるであろう平日だという事を確認する。
今の時間は昼過ぎ。エンリエッタちゃんの住んでいる場所は学校の寮なので早めに行って面会の許可を貰った方がいいだろう。
そうと決まると僕はエンリエッタちゃんから届いた手紙に入っていた地図を片手に街へ出る。
いざエンリエッタちゃんの住む寮へ……と言いたい所だが、寮に行く前に宿を取らないといけない。この都市の預かり施設では人が倉庫に寝泊まりする事は禁止されているので仕方がない。
預かり施設の近くにある宿に部屋を借りて今度こそ寮へ向かう。
地図によるとエンリエッタちゃんの通う学校の寮は南西の区画にあるようだ。
都市の作りや区画の分け方自体はグランエルと同じだけど配置されている施設はグランエルとは違う。
位置関係に関しては法則さえわかれば簡単だ。基本的に学校や寮のある区画は魔物の大軍が迫った時の為に都市から逃げやすい位置にある。
グランエルなら南と東から攻め込まれる危険性があるので北西にある。
そして、その子供達が主に暮らす区画の隣が行政区と居住区になっていて、対角線上に位置するのが歓楽街などのその他の物を集めた区画だ。
そして、居住区の位置は居住区が二番目に安全だと思われる方角に作られる。
軍関係の施設も、治安維持関係は居住区、防衛関係は行政区と別れている。
グランエルで言うなら壁のある東側の方が安全だと思われているんだろう。
都市の区画の配置に関しては子供を大切にするというお国柄がよく出ていると言えるかもしれない。
とはいえそんな法則に従うまでもなく地図があるのでそれに従いエンリエッタちゃんの暮らしている寮へ向かう。
エンリエッタちゃんが描いたと思われる地図は、さすが絵の勉強をしに来ただけあるのかとても分かりやすい。
注意書きの字が丸っこくて可愛らしいのは愛嬌という物だろう。
地図を頼りに大通りから路地へと入って行く。
学校のある区画の路地はグランエルと同じく子供が通る道なので見通しがよく分かりやすい。巡回の兵士さんも多く道に迷ったらすぐに道を聞ける。
そして、兵士さんに道を聞く必要もなく迷う事無く目的の寮に辿り着く事が出来た。
玄関前で寮を守っている衛兵さん達に話しかけ要件を伝える。
そして、寮の責任者を呼んでもらいエンリエッタちゃんへの言伝と手紙を託して一旦寮を後にした。
寮にエンリエッタちゃんが帰ってくるのは夕方になるだろうと、寮の責任者である先生に聞いた。
エンリエッタちゃんは学校が終わると真っ直ぐ寮に友達と帰って来て一緒に創作をしていると聞かされた。
頑張っているようだ。邪魔にならないだろうか? 迷惑になりそうだったらすぐに帰った方がいいかな。
なんにしても夕方までは暇になった。まだ食べてないお昼を寮の近くにあった食堂で食べる。
その後来る途中で見かけた本屋に入りめぼしい本を探し時間を潰す事にした。
だけど結局何も手に取る事をしないまま時間は経ち本屋を出ると路地を歩く子供達の姿が見られるようになっていた。ちょうどいい時間帯になったようだ。
子供達が路地を駆け抜けていくのを横目に僕は寮へ戻る。
寮の衛兵さんにもう一度声をかけてから説明を受けて中に入る。
玄関ロビーに入ると来客用の受付を探し見つけ向かう。
受付では先ほど話した責任者である先生が待っていた。
エンリエッタちゃんはまだ帰ってきていないらしい。先に帰ってきたら渡される予定だった手紙を返してもらい客間で待つ事になった。
客間まで案内してくれたのは責任者の先生とはまた別の先生だ。
案内してくれた先生はお茶を出してくれた後エンリエッタちゃんの話をしようと持ち掛けてきた。
本当にエンリエッタちゃんと知り合いなのかを確かめたいのだろう。
僕としてもこちらでのエンリエッタちゃんの様子を知りたいから願ったりかなったりだ。
話を始めてしばらくすると部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
呆気にとられた僕は話の途中だったからはしたなくも口を開けたまま扉の方を見て固まってしまった。
開かれた扉の先には懐かしい顔があった。少し全体的に細くなっただろうか? 痩せたというよりは成長に伴って四肢が伸びて顔の輪郭が変わったという感じだ。
「久しぶりだね、エンリエッタちゃん」
「お姉ちゃん!」
エンリエッタちゃんは喜色満面の笑みを浮かべて僕に近寄ってくる。
今まで話をしていた先生はしたないと注意するがエンリエッタちゃんには聞こえていないようだ。
「本当に来てくれたんだ」
「約束したからね。どう? 元気にしてた?」
「うん!」
「先生からここでの話を聞かせて貰ったけど、エンリエッタちゃんの口から改めて聞きたいな。いいかな?」
「もちろん! えへへ、じゃあ私のお部屋でお喋りしよ」
「いいの? 部外者が部屋に入っても」
とエンリエッタちゃんに聞きつつ先生に視線を向けて確かめてみると一応部屋主の許可があれば問題はないようだ。
ただ先ほどまでの話によるとエンリエッタちゃんは一人で暮らしている訳ではなく、二人部屋で同居人がいる。
その同居人から許可を貰わないといけないだろう。
「僕としてはここで話をした方が気を使わなくていいかな」
「そう? だったらここで話してもいいですか?」
エンリエッタちゃんが先生にそう聞くと許可が下りた。このまま時間が遅くならない限りは使わせてもらえるようだ。
先生はソファーから立ち上がり部屋を退室する前にエンリエッタちゃんに対して扉を乱暴に開けた事を改めて注意してから退室した。
「怒られちゃった……」
エンリエッタちゃんはしゅんとうな垂れながら僕の隣に迷いなく座った。
その事に僕は少し驚いた。てっきり僕の目の前の先ほどまで先生が座っていた一人掛けのソファーに座るものだと思っていたからだ。
僕の座っているソファーは複数人用だから狭いという事はないのだけど……心なしかエンリエッタちゃんとの距離が近い気がする。
「お姉ちゃん。来てくれてありがとうね」
「ん? さっきも言ったけど約束したから当然だよ。むしろ遅くなってごめんね」
「ううん。お姉ちゃんだって忙しかったんでしょ?」
「まぁね……」
エンリエッタちゃんがこの都市ペライオにやって来た頃には昇位試験に向けての訓練と日々の糧を得る為に仕事をしていた。
昇位試験が終わったら終わったで将来に向けて本格的に動く事になり今日この日までペライオまで来れなかった。
「それよりお姉ちゃん。マフラーと手袋ありがとう」
「ああ、ちゃんと届いたんだ。よかった」
去年九月頃に首都でエンリエッタちゃんから手紙を受け取った後僕はペライオが冬は雪が積もる場所だと知って急いでマフラーと手袋を編み上げ、入学祝いとして送った物だ。
「手袋は大きさ大丈夫だった?」
手袋はエンリエッタちゃんの手の大きさが分からなかったから自分の手の大きさを参考にしミトンの手袋にした。
ミトンなら多少大きくてもそれほど問題にならないと思ったからだ。
「うん。ちょっと大きかったけど暖かかった」
「やっぱりこの辺は寒かった?」
「あのね、去年雪初めて見たんだ」
「どうだった?」
「白くて冷たくて面白かった。でも地面が滑って大変だったな」
「あははっ、確かに僕も覚えがあるよ。僕が初めて見たのは一昨年だったんだけどね……」
そして、僕はティマイオスでの事を、嫌な思い出以外は全てエンリエッタちゃんに語り始めた。




