真夜中の治療士
二日目の真夜中、僕は目が覚めた。
枕元に置いた荷物袋を取り床に敷かれたお布団から起き上がるとライチーがぽうっと薄く光り僕に対して首を傾げて来る。
「ちょっと散歩しようと思って」
小さく応えるとライチーは頷いた。
同じ部屋で寝ているフェアチャイルドさんとゲルウスさんを起こさない様に静かに移動する。
部屋を出て僕はそのまま外へ向かう。。
建物を出る時サラサに呼び止められたので少し散歩に出る事を伝える。
そして、僕は一人夜道を走った。
月が夜を照らし周囲はライトが必要ないくらいには明るい。
明かりが無くても僕は周囲を把握できるのだけど。
目的の場所に着くと僕の感知通り草むらに隠れて女性が倒れていた。
僕はすぐに明かりを灯しそばにより声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ……?」
女性はお腹を押さえながら苦痛に染まった顔を僕に向けた来た。
「痛いのはお腹ですね」
魔眼を使うと女性はちゃんとヒールを使っているようだが、苦痛が引かない所を見ると怪我ではないだろう。
気絶していたらこっそりとピュアルミナを使う為に精霊達には何も言わずに来たんだけど……意識があるんじゃ今は使えないな。
「動けますか?」
「むり……」
「失礼しますね」
おでこに手を当てて体温を測る。この人の常温は分からないが少し高く感じる。
しかし、体温を測るのが目的ではない。僕は自分の手を通して魔法を使い生命力を分け当たる。ついでに暖かい空気も魔法陣を使い生み出す。
すると少しだけ表情が和らいだように見える。
「少し熱があるな……何か心当たりは?」
女性は首を横に振る。この症状が生理なら心当たりがないという事はないだろう。何か悪い物を食べたにしては吐しゃ物の痕跡が無い。
「治療士を頼むお金はありますか?」
女性はまた首を横に振る。
お金が無いとなると僕は女性に対してピュアルミナを使えない。下手に使い怪しまれザースバイル様の信者に虚偽を照らす光を使われる訳にはいかないんだ。
こっそりと使うのも難しい。もしもこの人に持病があったらそれも気づかないで治してしまう可能性が高い。そうなると隠し通すのが格段に難しくなる。
だから緊急性が高くない限りはなるべく使いたくない。
女性の手を取りなるべく優しい口調を意識し話をする。
「人を呼ぶ前に……身体拭きましょうか」
懐かしくももはやかすかにしか記憶にない男性の臭いが女性の身体からする。
このままでは流石に女性も恥ずかしいかもしれない。
「あ……じ、自分で出来ますから」
「そうですか? じゃあ身体を拭くのにこの布を使ってください」
荷物袋から比較的新しくきれいな布切れを手渡す。流石に普段使っている身体を拭くのに使用している布はきれいとは言えないので渡せない。渡したのは服の補修用の布だ。
「それと……貴女の名前と所属と宿泊場所を聞いてもいいですか?」
「名前は……ロザンナ。所属は宵闇の子猫という店で場所はあっちの方で……まだ明かりがついている建物です」
ロザンナさんが指さした方向には確かにまだ明かりのついている建物があった。
「貴女の名前は……?」
「私の名前はアリス=ナギです。サラサ。聞いてたでしょ? 人を呼ぶの頼めるかな」
「ええ、問題ないわ」
急に目の前に現れたサラサに対してロザンナさんが少し驚いたような顔をする。
「それと商隊の医療班にも連絡頼めるかな」
「そっちはディアナに行かせるわ」
「お願い」
ロザンナさんが身体を拭く間僕はその場から少し離れる。
するとサラサが小さな声で話しかけて来た。
「にしても見てた事気づいてたのね」
「僕には魔眼があるんだよ? 感知でもずっとサラサの魔力がそばにいたことは感じ取れてたし」
「そうだったわね。治してあげなくてよかったの?」
「緊急性が高いならともかく今はまだ大丈夫じゃないかな。意識があるのに下手に治して勝手にピュアルミナを使った事が広まったら不味いよ」
「……ああ、だからわざわざ嘘ついて出て来たのね。てことは意識が無かったら私がいる事に気づかないふりでもしてたの?」
「サラサは見てないふりをしてくれるよね?」
「そうね。……ナギって結構嘘つきよね?」
「幻滅した?」
「いいえ。ナギのつく嘘って人を傷つけるような物じゃないもの
この程度で幻滅していたら人に希望なんて持てないわ」
「あははっ、大げさだな」
「もう少し人に対して優しさを捨てれば嘘をつく量も減ると思うわよ」
「ええ……それって捨てていい物なの?」
「ふふっ、自分の事だけを考えるならそうした方がいいと思うわよ? でも捨てられないからこそレナスは貴方を慕っているのよ。だから捨てられたら困るわ」
「ううっ……プレッシャー感じるなぁ」
ロザンナさんが身体を拭き終わったと声がかかる。
布はそのまま持っててもらい持っているなり捨てるなりロザンナさんの自由にして貰おう。
ロザンナさんはまだお腹を押さえていて苦しそうだ。
人が来るまで僕はロザンナさんの手を取り生命力を少しずつ怪しまれないように分け与えつつ他愛もない話をして時間を潰す事にする。
ロザンナさんの手は少し冷たい。布を濡らして身体を拭いたからか、それとも寒空の下に一人でいたからか。
「ロザンナ!」
背後から男性の大きな声が上がり、そのすぐ後に僕の横を通って男性がロザンナさんに近寄り上半身を抱き上げた。
男性は筋肉が多くついておりまるでクマのような大きさをしている。
「具合はどうなんだ」
「少し……良くなってきたの」
ロザンナさんの先ほどまでの弱弱しい口調とは違いしっかりとした喋り方になっている。
「そうか」
「医療班ももうすぐ来るわ。安心していい」
サラサがそう教えると男性は大きな身体を動かし僕達に振り返った。
「君がロザンナを見つけてくれたそうだな。感謝する」
大きな身体に似合わない小振りな仕草で頭を下げて来る。
「いえ、偶然見つけられてよかったです」
本当に偶然だ。
今の僕は寝ている最中も魔力が勝手に広がり感知状態を維持し続けている。だけど寝ている間はさすがに情報は入ってこない。
今回ロザンナさんが倒れているのを見つけられたのは眠りが浅くなって感知の情報が頭の中に入って来たからだ。
僕の普段の眠りの浅さが幸いしたという訳だ。
「まったく……心配させやがって。なかなか帰ってこないから皆で探そうとしてたんだぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ、まったく。それで客は?」
ロザンナさんは僕の方を見てから少し悩むそぶりを見せてから答えた。
「マーク……女の子の前じゃ……」
「え? あ、ああそうだったな」
「あ……私離れていますね」
僕が自分から離れておくべきだったな。
再び僕はその場から離れる。
離れた際に遠くに光を見つけ、その光がこちらに向かっているのが分かった。
医療班がやって来たのだろう。そのまま光が近づいてくるのを待つ事にした。
お互いに姿が確認できるくらいの距離になると向こうの方から声を上げて確認をしてきた。
僕はすぐに手を振りつつ相手方に聞こえる声量で応える。
そして、医療班がロザンナさんを診ている間に僕は手の空いている医療班の人に自分がピュアルミナを使える治療士だという事を告げ、何かあったら伝えてくれるように言った後寝床へ戻る事にした。
さすがにもう眠い。
その場を離れようとするとロザンナさんが僕に対してまだか細い声で呼び止めた。
「ナギさん。私を見つけてくれて……ありがとう」
「どういたしまして。お体に気を付けてください」
「それに手、暖かった。なんだが元気を分けて貰っているようだった。お陰で安心できたの。本当にありがとう」
「あはは……そこまで言って貰えると照れますね」
離れた後変調して症状が悪化しなければいいけど。
気にはなるけどこれ以上は医療班の仕事だ。治療士が必要なら連絡は来るはずだ。
部屋に戻るとフェアチャイルドさんが起きていた。
明り取りの窓の方を向いて座っていて部屋の入り口に背を向けている。
黙って出て行った事を怒っているのだろうか?
ゲルウスさんを起こさないように静かに彼女の前に立ち確認すると、彼女は眠っていた。
『あのねー、ナギのことまっててね、レナスまたねちゃったの』
フェアチャイルドさんの膝の上にいるライチーが状況を説明してくれた。
「怒ってた?」
『おこってないよー。ナギのことまつっていってたー』
「そっか。ライチー、フェアチャイルドさん横にするけどいい?」
『うん』
ライチーは頷くが膝の上から離れようとはしない。だけど問題ない。精霊に実体はないから潰れるなんて事はないのだ。
フェアチャイルドさんの身体を掴み動かそうとすると彼女の瞼が薄らと開いた。
目が合い起きたか? と思ったがすぐに瞼は閉じられフェアチャイルドさんの身体が僕の方に倒れかかってきた。
しっかりと身体を抱き止めてゆっくりと横にする。
「おやすみ」
掛け布団をきちんとかけてあげてからフェアチャイルドさんの瞼の上に落ちている髪をそっと払い僕も寝る為に自分の布団の中へ入った。
それにしても……目が合った時のフェアチャイルドさんきれいだったな。
翌日元気になったロザンナさんがお礼を言いにやって来た。
渡した布の代わりにと別の真新しい布を貰った。どうやら商隊の商人から買った布のようだ。
都市に戻ったら後日改めてお礼がしたいと申し出て来たのでまず先に僕達は帰ったらすぐに仕事を探す事を説明し、その上で時間がかからないのであればと言ってお礼を受ける事にした。
ロザンナさんと話をしている間フェアチャイルドさんが警戒している様子だったが、精霊の誰かから事情を聴いたのか途中から得意げな表情へ変わっていた。




