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到着

 長い長い隊列を引き連れてアースは道を歩いていく。

 僕らの旅では一時間おきに休憩を取っていたがこの商隊での旅は村に着くまで一回だけ。馬達の水分補給のための休憩を入れるだけで後はずっと歩きっぱなしだった。

 村の傍までやってくると少し道を外れて一時間の休憩が入った。今日は初日で出発が遅れたためここで遅めの昼食になるが二日目からは村を一つ過ぎてからの馬の水飲み休憩が昼食休憩に変わる。

 村の中に入らないのは馬車の数が多く置き場所が無いからだ。


 昼食の時間お昼を作るのはゲルウスさんだ。

 というのも食料に関しては依頼主であるゲルウスさんから用意されている。

 これはどの依頼も同じで、カナデさん達も依頼主から食料費を出して貰っている。

 ゲルウスさんの場合は自分で料理が出来るので食材の管理もかねてゲルウスさんが作る事を申し出たのだ。もちろん非常食は自分達でも用意している。

 僕達は特に断る理由もないので食事はゲルウスさんに全面的に任せる事にした。


 昼食が出来るまでの間ナスがゲルウスさんに教えて貰ったという歌を披露した。

 ナス達の歌声は歩いている間ずっと聞こえていたが僕は黙ってナスの歌に耳を傾けた。

 ずっと聞いていると途中からゲイルの声が混じり始めた。

 意味をちゃんと理解していないのか言葉になっておらずきーきーという音だけだけど、それでもちゃんと音程はナスと合わせている。

 二人の歌声にヒビキの声も混じる。だけどこちらは他の人はどう聞こえているかは分からないが合わせて歌っているのではなく合いの手を入れているだけだ。


 ナスとゲイルの合唱は夜の時間にも行われた。たださすがに夜の暗い時にうるさくするのは周囲を警戒する上であまり良くないので声量を抑えて貰った。

 その代わりなのかナスは僕の膝の上に自分の頭を乗せて来た。愛い奴め。

 そのまま小声で歌うナス。ゲイルは僕の横に座りナスの歌声に合わせる。

 フェアチャイルドさんはこっちをじっと見てきている。きっと二匹の愛らしさを逃さず記憶しようとしているんだろう。ふふっ、まったく罪作りな可愛さだ。


 そういう風にまったりと過ごしているとやがて就寝の時間になる。眠る場所はゲルウスさんとフェアチャイルドさんは馬車の中で僕は外だ。

 依頼主であるゲルウスさんは当然として、フェアチャイルドさんまで馬車の中なのは一応理由がある。

 まず第一に荷物が多くて三人が横になって眠れるほど広い訳ではない事。

 寝転がって寝ようと思ったら前部と後部で一人ずつが限界だ。

 無理をすれば三人以上も眠れるだろうが、その場合は崩れて落ちて来た荷物に押しつぶされない事を祈る事になる。

 次にフェアチャイルドさんが外ではなく中で眠る理由だが、これは……僕が彼女に夜風の当たりにくい馬車の中で寝て欲しいだけだ。

 それ以上の理由は無い。無いが、優しいフェアチャイルドさんはそんな理由では絶対に納得してくれないだろう。あの初めての都市外授業の時の夜のように。

 なので僕は彼女を何とか言いくるめて馬車で寝てもらう事に成功したのだ。若干納得していない表情をしていたけど。




 二日目になると先導人がカルラさんから別の人に変わった。

 今度は男性でまたまた真面目そうな人だった。

 名前はダニーと名乗った。

 カルラさんはあまり話をしない人だったがダニーさんは違った。積極的というほどではないけど話しかければ気さくに返してくれる。

 ダニーさんとの会話で銀の牙の事を少し教えて貰った。

 銀の牙は僕達と同じように魔の平野を越える為に結成された一団らしい。団員数は十七人いて、グライオンで結成されただけあってほとんどがグライオン出身なのだとか。

 その証拠にダニーさんもガーベラと同じ喋り方をしている。

 今回の仕事が終われば北上し交易路からフソウへ向かうらしい。

 僕達もフソウへ渡る予定がある事を話すとならばいっしょに行くかと誘われた。

 魅力な提案ではあるが、僕達は長期の旅行の予定の為資金稼ぎをしなければならない。丁寧に断るとダニーさんは残念そうにしつつもあっさりと引いた。


 夜になると休みの時間にコツコツと作り進めていたゲイル用のベストの試作品が出来上がった。

 早速ゲイルに着てもらう。着心地を聞いてみると良くないようだが我慢できる範囲のようだ。

 背中側に付けられた石を入れる為のポケットにはまずそこら辺に転がっている適当な石を入れてゲイルに動き回ってもらう。

 動きに問題はないようなので一度脱いでもらって僕自身も点検をする。

 頑丈に作ってあるから今の所ほつれはない。異常が無い事を確認してゲイルのお宝の石を荷物から取り出す。

 全ての石を入れる事は出来ないのでゲイル自身に持ち運ぶ石を選んでもらう。

 ゲイルは一つ一つの石の思い出を語りながら選び始めた。どうやら今日は長い夜になりそうだ……。




 三日目の昼前に前線基地に着いた。予定通りの到着だ。今日を入れて四日間前線基地に繋がっている壁の前にある、魔法で作られた簡単な建物が立ち並んでいる場所で商人達と護衛は暮らす事になる。

 建物は僕が前に前線基地で仕事をした時の物と同じで雨風が凌げる程度の物だ。

 だけども野宿するよりははるかにまし。商人達は割り当てられた建物に荷物を運び入れる。当然僕とフェアチャイルドさんも手伝う。

 その後に基地から伸びている街道沿いにこれまたあらかじめ決められた順番に商人達が露店と屋台を設営していく。

 その間に僕達個別に雇われた護衛は銀の牙の招集をかけられた。

 商人達の営業中の護衛についての話し合いだ。

 営業中の護衛は午前と午後交代で冒険者が見回りを行う事になっている。

 時間の管理は銀の牙がここに来るまでに決めている。あとは異存が無いかを確かめるだけだ。

 そして、多少の変更はあったが無事見回りの時間は決まり解散となった。


 今日の午後からの見回りは慣れる為にも全員で行う事になっている。

 そして、明日は午前。明後日は午後。明々後日は午前という風になっている。

 カナデさん達とは明々後日の時間が違うだけで、明日明後日は一緒に仕事をする事になる。休みの時間は同じなので一緒に屋台を回ろうと約束し合った。


 昼食を食べた後僕達は早速アースを除いた魔獣と一緒に見回りに行く。こういう時大きさの関係でアースだけ仲間外れになってしまうのをどうにかできない物だろうか?

 一応アースには荷物の見張りを頼んではいるんだけど。


 見回りはお店が並ぶ街道を端から端まで歩いていくだけだ。

 基本的に自分の仲間と一緒に動き、一往復したら次の人達と交代するという方式を取っている。

 今回は全ての冒険者が行うのでなかなか順番は回ってこない。

 待っている間は暇なので残っている冒険者とコミュニケーションを取り情報をなんでもいいから集める事にした。

 そして、特に気になる情報が出ないまま僕達の番がやってくる。

 アロエと遊んでいたゲイルが名残惜しそうにしているがこれから仕事だ。

 ゲイルには僕の頭の上に乗ってもらいついて来てもらう。

 前線基地までの道中では兜を被っていたのにゲイルはアロエとの遊びに疲れた後僕の頭の上に乗って来たのでもはや定位置みたいな物になっている。


 街道は兵士さん達で賑わっているが馬車の通りを邪魔するほど人がいる訳ではないようだ。

 きっと交代でやって来ているんだろう。


「ナギさん。兵士の方が時折街道から外れてどこかへ行っていますが、どこに向かっているんでしょう?」

「……」


 フェアチャイルドさんの指摘通り時折急ぎ足でなおかつ挙動不審に街道を外れる兵士さんがいる。

 兵士さんが向かう方向には少し心当たりがある。昼間から盛んな事だ……夜勤なのだろうか?


「きっとトイレじゃないかな?

 問題ないよ。僕達の仕事はあくまでも依頼主の護衛だから兵士さん達は含まれないからね」


 あまり口にする事でもないだろう。というかこの子に僕の口から聞かせたくない。


「そう……ですね?」


 フェアチャイルドさんが目を瞬かせながら僕を見てくる。


「どうかした?」

「いえ……ナギさんらしくないな、と思いまして」

「えっ、そうかな?」

「いつものナギさんならもう少しは心配そうな顔をすると思うのですが……」

「あはは……し、仕事の最中だからね。きちんと分別をつけなきゃ」


 誤魔化せただろうか?

 フェアチャイルドさんは怪訝そうにしながらも追及はしてこなかった。

 でもさすがに水商売の事を話さないのは過保護だろうか?

 今年で成人だしそういう仕事があるという事を教えてもいい頃合いなのかもしれない。ああ、だけどだけど……フェアチャイルドさんにはまだ純真でいて欲しい!

 だけどまだ性的な物から遠ざけたいというのは僕の我儘にすぎないよね。

 ……そう言えば女の子の性欲ってどうなってるんだろう?

 僕はこの身体になってから今まであまり性欲という物を感じた事が無い。

 男性に対してフェロモンのような物を特に感じる事も無く惹かれる事なんて一度もない。

 きれいな大人の女性に対してときめいたりはするのだがそれは性欲とは別物だ……と思う。

 学校の性教育で欲求がある事は習ったし解消の仕方も習った。試した事ないけど対処法があるって事はこの世界の人間に性欲が無いという事はない。そもそも無かったらお水の仕事なんてないだろう。

 でもカナデさんもそういうそぶりを見せた事が無い。見せていないだけなのか?

 そういう気分になった事が無いから今まで考えてこなかったけど、まとめ役としてちゃんと考えた方がいいのでは?

 も、もしもフェアチャイルドさんがそういう気分になった時僕はどう行動すればいいんだ? 知らんぷりすればいいのか? 気づかないふりをすればいいのか?

 ……一度誰かに相談しよう。

 だけどフェアチャイルドさんは論外だ。こんな事聞けるはずが無い。中身が男だと知っている彼女に馬鹿正直に聞いたらどんな目で見られるか……恐ろしい!

 するとしたらやはり一番年上のミサさんだろうか。長く旅をしているし、聖職者だから禁欲的な戒律があって何かしら対策を取っているかもしれない。

 そ、それともそんな戒律は存在しないでミサさんはすでに経験済みだったりするのか?

 うう、駄目だ。考えだすと止まらなくなる。


「ナギさん? どうしたんですか?」

「えっ、あ……なんでもないよ」

「むぅ……今日のナギさん変です。さっきの件といい、急に身もだえして……」

「あはは……本当何でもないんだよ。ごめんね心配させちゃって」


 落ち着け僕。ちょっと当てられただけだ。何はあれど今は仕事に集中するんだ。

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