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街道

 東の検問所から少し南にある大型の魔獣用の検問所から外に出てまだ検問の最中である商隊と合流する。

 他の馬車の検問が終わるまでの間に僕達は銀の牙の人に促され少し先の場所で待つ事になった。何せ商隊というのは馬車の数が多くなる物。いつまでも検問所の近くにいたら邪魔になるのだ。


 銀の牙から最初に先導役に選ばれやって来たのは女性だった。

 女性ではあるが勇ましい顔立ちをしており目力が強くお世辞にも美人とは言えないが中々印象に残りやすい人だ。

 話し方も見た目の印象通りお堅い喋り方をしてはいるが邪険にされているという風ではなく、真面目な人柄なんだろうとなんとなく察する事が出来た。

 カルラとだけ簡単に名乗ってから早速僕達の前に立ちついて来るようにと言った。


 カルラさんに案内された場所でアースは腰を下ろし休憩の体勢を取った。

 カルラさんはこれからの進路をゲルウスさんに改めて説明する為に御者台の傍に向かった。

 今回の目的地はワイゼルの東北東に存在する前線基地だ。

 そこまでは街道を無視して真っ直ぐ行くのではなく、ちゃんと道なりにジグザグに行く予定だと事前の説明では聞いている。

 基本的に三ヶ国同盟の都市とその周辺の町や村の位置関係は碁盤の目状になっており、北のように沼地みたいな障害となる物が無ければ常に一定の間隔で存在している。

 この国の作り方は首都アークが初めて壁の外に前線基地を作った時から続いていると学校で習った。

 人類を守る壁が破れ魔物に攻め込まれ避難をする時、あらかじめどの方向に人の集まる場所があるのかを分かりやすくするためだ。

 目安としては子供の脚で半日歩いて辿り着ける距離という事になっている。

 その子供というのもあくまでも学校に通っている就学児童の事で、主に都市外授業の始まる四年生辺りの子の事だ。それより幼い子供は大人と一緒に避難する事を想定されている。


 距離が一定だから目的地に着くのにどれだけ時間がかかるのか分かりやすいのが利点だ。

 旅の予定が立てやすいし今回のような商業目的の移動でも利益の算出がしやすくなる。

 それもこれもこの国がほぼ平地だからこそ出来た事だ。山の多いグライオンでは少し事情が変わっていて流石に碁盤の目状になっている訳ではないようだ。


 それはさて置いて商隊が揃うまでの間にフェアチャイルドさんが馬車から降りてやって来た。


「どう? 馬車の乗り心地は」

「悪くないですよ。大きいからでしょうか? 揺れも小さくて」

「ああ、それは多分アースが道を整地しながら歩いてるからだよ」

「なるほど。アース様様ですね」


 都市の外の街道は特に石畳などで舗装されている訳ではない。だけどきちんと整地されているのは馬車で道を通る人の中で魔法が得意な人が揺れを嫌って地面を魔法で整地しながら走らせるからだ。

 本来街道の整備は軍の仕事なのだがよほど変な風に整地しなければ特に文句を言われる事はない。

 普通に道を歩いている人が道に馬糞などが落ちていたら地面の中に埋めて跡形もないように整地するというのも珍しくない。アースなんかがこのタイプだ。

 アースは出会った当初は汚れていたが、一度洗った事によりきれい好きに目覚めてしまった。

 草むらに隠れて気づかなかった物は仕方ないが目についた動物の糞は片っ端から地面に埋めてしまうのだ。

 今回の整地もきっと馬車が揺れてうっとおしい程度の理由で行なっているに違いない。


「しばらく一人にさせちゃうけど大丈夫そう?」

「大丈夫です。私には精霊さん達がいますから」


 彼女は得意気に応えつつ少し頭を僕の方に向かって傾けさせた。

 これは頭を撫でて欲しいという彼女の合図だ。特に明言している訳じゃないし確かめた事も無いが、これが出た時に撫でるといつも満足そうにしてくれるからついやってしまうのだ。まるで褒めて欲しい子供のようだ。

 一応周囲が誰も視線をこちらに向けていない事を確認してから頭を撫でる。


「えらいえらい」

「くふふっ」


 正直自分よりも大きな女の子の頭を撫でるのって恥ずかしいんだが、フェアチャイルドさんはいい加減羞恥心を感じていないのだろうか? 今年で一応成人なのだから流石にそろそろ自覚させる方向で動いた方がいいか。

 いつもよりも短い時間で終わらせるとフェアチャイルドさんは不思議そうな顔をした。


「どうかした?」


 彼女の表情に気付かないふりをして問いかける。


「いえ……いつもより短いなと思いまして」

「他の人の目もあるからね」

「……」


 彼女の頬が少し膨れる。

 頭を撫でる代わりに僕は彼女の手を握る。すると、膨れていた頬は途端に元通りになった。

 なんというか、ここまで素直に反応してくれると照れてしまうな。


「今年で僕らも成人だね」


 手を繋いだまま照れてしまった心を隠す為に僕は全く関係のない話題を出した。


「急にどうしたんですか?」

「ん……今年の誕生日は一緒にいられないなって思ってさ」

「……」


 今年はアールスとアイネの同行人を行う為に誕生日になる頃にはお互いにグランエルと首都、離れた場所にいる事になる。準備の時間もあるから十一月の終わり頃に別れる予定だ。


「成人したフェアチャイルドさんの姿を真っ先に見れないのは……少し残念かな」

「それは……私も同じです」


 落ち着いて返して来る所を見るとフェアチャイルドさんはとうの昔にこの事に気づいていたんだろう。

 だとしたらこの話題を出したのは失敗だったか。いらない感傷を掘り返してしまったのかもしれない。

 口に出してしまった物は仕方ない。僕は明るく振舞い続ける。


「結局フェアチャイルドさんの身長抜く事が出来なかったな」


 一時期あった成長痛は今はもう感じられない。そして、今はフェアチャイルドさんとの身長差は頭一個分ほどの差が出来ている。


「あ……せ、背の高い女性は嫌いですか?」

「あははっ、そんな事ないよ。ただ僕の身長が望んだより伸びなかったのが少し残念なだけだよ」


 フェアチャイルドさんも身長の事気にしているのかな。

 さっきから地雷を踏んでばっかだな僕。


「ほら、僕盾を持ってフェアチャイルドさんを守る事を目指してたからさ、身長差があるとその分危ないじゃないか」

「ま、守る……ですか?」

「うん。だからなるべく身長伸びて欲しかったんだけどね。まぁ小さいなら小さいなりに頑張って君の事守るよ」


 安全を取るのならミサさんに任せた方がいいのかもしれないけど、状況によってはそうも言っていられないだろう。そもそも今仲間内で僕よりも背の低い女性はいない。僕の次に背の低いカナデさんでも頭半個分の差があるのだ。

 だけど身長差があるから二人を守れないなんて言い訳にもならない。僕は守りたいから今の道を選んだんだ。


「ナギさん……くふぅ!」


 フェアチャイルドさんが突然変な声を出した。

 驚いた僕は手を離しそうになったが、フェアチャイルドさんの握る手は固く僕らの手が離れる事はなかった。


「だ、大丈夫? 変な声出たけど」

「は、はい。くしゃみが出そうになって変に止めてしまって……」


 そう言って恥ずかしそうに笑うフェアチャイルドさん。

 そんな彼女の表情を僕は真っ直ぐと見る事が出来ずつい視線を外しながら答えてしまった。


「あはは……まぁよくあるよね」

「わ、笑わないでください。恥ずかしいです」

「ごめんごめん」


 フェアチャイルドさんから外していた視線を検問所の方へ向ける。

 出てきている馬車は全体の半分程だ。これならまだフェアチャイルドさんと一緒にいられそうだ。

 そして、待つ事およそ二時間ほど。ようやく全ての商人とその馬車が検問所を通り抜けら出発する事が出来た。

 アースが動き出すと遅れて後続に並んでいた馬車が動き出す音がしてきた。

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