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打ち合わせ

 荷物を僕達の分も含めてすべて馬車の中に積み込み終わると次にアースと馬車の接続作業を始めた。

 アースの身体にいつも荷物を固定していた縄から変えて丈夫な革のベルトを身に着けさせる。

 このベルトは去年王都にいた時に作って貰っていた物で、魔の平野を渡る時馬車を使う事を想定して作って貰った。もちろん今回のように中級の仕事で使うかもしれないという想定もしていたから去年の内に作って貰っておいたのだ。

 馬車を引っ張ったり止めたりする為に存在する木材で出来た長柄をアースの巻き付けたベルトに固定させる。

 さらに負荷軽減の為に荷物を固定していた縄でベルトと馬車を繋げば完成だ。

 御者台にはゲルウスさんに乗ってもらいアースの口元まで伸びている手綱を持って貰う。

 そして、僕が周りの安全を確認してからアースに動いて貰う。


「アース。重くない?」

「ぼふぼふ」


 この馬車を預かり施設まで運んだ時も同じようにアースに繋いで運んでもらった。その時は荷物を載せてない状態ので難なく動かせていたし、止まる時も問題はなさそうだった。

 今は荷物を詰め込んでいるのでかなり重いだろうと思ったのだがアースは平気そうだった。


「いやしかし、分かっていたがこれじゃあ前見えないな」

「方向指示は僕がアースと一緒に歩くから問題ないと思いますが」

「分かっちゃいるんだが前が見えないのは怖いんだよ」

「ああ……」


 馬車の御者台には駐車の時に使うブレーキかついている。

 停車するだけならアースが留まれば繋がっている長柄のお陰で止める事が出来るのだが、ブレーキはさらに駐車の時に固定させる働きがある。なので御者はなるべくいた方がいい。


「じゃあナス、頼めるかな?」

「ぴー」


 僕の傍にいたナスが任せてと鳴いて御者台の近くへ寄った。


「うぉ! なんだこれ!」


 ゲルウスさんの目の前に光の屈折でアースの左右前方の光景が映し出される。


「それはナスの固有能力で前方を見えるようにしたんです」

「お、おお……よく分からんが魔獣ってすごいんだな」

「はい。すごいんです。その状態で動いてみましょうか。あっ、その前にゲルウスさん。ナスを馬車の中に入れてもいいですか?

 ナスの能力はあまり離れる事が出来ないんです」

「ん。まぁ問題ないだろう。前の方には屋台の部品を積んでるからな」

「じゃあナス。馬車の中にいてね」

「ぴー」

「それと角、ぶつけない様に気を付けてね」

「ぴぴー」


 ナスを抱き上げて馬車の中に入れる。

 ちなみにフェアチャイルドさんはすでに馬車の後方から中に入っていて、ゲイルはずっと僕の頭の上に乗っている。気に入ったの?

 フェアチャイルドさんの役割はヒビキと一緒に周囲の警戒をしている精霊達の報告を聞きながらの後方と荷物の見張りだ。

 僕は先頭に立ってアースを導いたり馬車が通る道に邪魔になりそうな物が無いか見張ったりしなければならない。

 それにフェアチャイルドさんとゲルウスさんは馬車に揺られながらだが、僕はずっと歩いていく事になる。

 割と仕事が多い。いや、だけど仕方ないのだ。この役目はアースとお互いに言葉を理解する事できる僕が適任なのだ。

 自分で提案した事とは言え大変な仕事だと思いますよ。


 預かり施設を出ると途端に道を歩く人達からアースは注目を浴びる事になる。

 それはそうだ。どでかい動物がどでかい幌馬車を引いているんだから。

 注目されるのが大好きなアースは調子に乗って速度を上げようとするので僕が抑えなければいけない。


 アースをなだめつつ東の検問所へ向かう。

 すれ違う馬車を引く馬達はアースを警戒している様子だが怯える事はなかった。体臭を消した事と魔力(マナ)を抑えているのが効いているんだろう。

 遠くにある時計塔を見て時間を確認する。今は七時前。今の速度なら指定の時間には余裕で間に合う。

 そして、予想通り時間に余裕をもって検問所前へとやってこれた。

 検問所前の広場と言っても差し支えのない広さの大通りの空間にはゲルウスさんと同じ商人らしき人達が各々の馬車の近くにいる同業の人間と話をしている。

 一角には派手な服を着た人達がいる。男女共に着ている服の露出が多くそして色鮮やかだ。雰囲気からしてお水系のお仕事の人達だろうか?

 なるほど前線基地で働いている兵士達にはそういう仕事の人達も必要なんだろう。


 検問所への通りに邪魔にならない適当な場所に馬車を止めて周囲を観察してみる。

 周りの人々の今の話題はきっとアースについてだろう。どの人もアースに視線を送りながら話をしている。

 中には近づいてくる人もいた。

 武具で身を固めているからきっと護衛の人だろう。

 その人はアースの前に立ち、横にいる僕に気が付くと僕に声をかけて来た。


「すまない。そこの君も装備からして冒険者だろ? その魔獣について話があるから責任者を呼んでくれないかな」


 まだ年は若そうだが僕よりも場慣れしていそうな男性だ。身に着けている装備は年季が入っていて細かい傷以外にも大きな補修の後が見受けられる。

 ゲイルを頭から降ろしつつ返事をする。


「分かりました」


 僕自身が魔獣使いだと答えようかと少し考えたが、とりあえずはゲルウスさんを呼ぶ事を優先した。

 それにしても話とは何だろう。馬車を引かせるのに魔獣を使うというのは冒険者自由組合、商人組合両方から今回の商隊の責任者に話が通っているはずだし、許可もちゃんともらっている。

 首を傾げつつゲルウスさんを呼ぶ。

 ゲルウスさんも首を捻って僕と同じ疑問を口にした。

 ゲルウスさんと一緒に戻ると、先ほどの人がゲルウスさんに対して自己紹介をした。


「俺は今回の商隊全体の護衛を引き受けた銀の牙の一員。ラウリス=エクゼードだ。えと……ゲルウスさんでいいのか?」


 銀の牙……組合で今回の護衛のまとめ役になるからと聞かされた名前だ。

 カナデさんも聞いた事が無かったので少し調べたのだが、最近グライオンからやって来た新進気鋭の一団らしい。


「ああそうだ。俺に何のようだい」

「要件は二つ。まず最初に商隊の隊列であんた達に先頭に立ってほしいんだ。

 これだけの巨体の魔獣がいるとやっぱり他の馬が怯えないか心配だからな。後ろに配置するよりも前にいた方が馬たちもましだろう」

「ふぅむ……まぁそれは確かにそうだろうが、先導はどうするんだ?」

「俺と銀の牙の仲間達が交代でやる」

「……まぁいいだろう。承知した。それでもう一つの要件ってのは?」

「こっちはあんたにっていうより雇ってる冒険者への要件だ。八時になったら打ち合わせをするからそれまでに俺達の所に来てほしい。来るのは全員でも代表者一人でもいい。

 場所は検問所の北側で行う」


 男性はそう言って僕の方を見てくる。

 僕はゲルウスさんに向かって頷いて意をしめす。


「分かった。こっちは問題ない」

「頼む」


 軽くお辞儀をしてから男性は去って行った。


「と、いう事らしい。二人で行くか決めるのは任せる」

「今は仕事は護衛以外はないんですよね」

「ああっ、ないな」

「じゃあ二人で行こうと思います。何分こういう事は初めてですから……あっ、でも精霊達と魔獣達に残ってもらうので何かあったら頼ってください」

「おう」




 八時になる前に護衛の冒険者同士の打ち合わせの場所へ僕はフェアチャイルドさんと一緒にやって来た。

 そこにはすでにカナデさんとミサさんの二人がいたので互いに小さく手を振って挨拶を送り合った。

 この場には僕達を含めて二十人ほどの冒険者がいる。商隊に属するであろう馬車の数は二十を超えている様に見えるので護衛の数が少なく見えるが、そもそもすべての商人が護衛の依頼を出していた訳じゃない。

 自分で戦える者や戦える従業員を前から雇っている商人がいるからだ。そういう人達は冒険者とは呼ばず、銀の牙にとっては護衛対象なのでこの場に呼ばなかったんだろう。

 時間になると先ほどの男性が十五人の仲間と思われる人達を引き連れて僕達の前に並んで立った。

 真ん中に立つのは先ほど会った男性だった。

 どうやらリーダーではないようで他の人をリーダーとして紹介した後、打ち合わせの話が始まった。


 打ち合わせの内容は簡単な物で各々の護衛位置の確認と有事の際は銀の牙に従う事を念押しされた。

 護衛位置の確認はどこに誰がいるのかを全員が把握する為。

 全員の位置を把握するのは商隊全体の護衛をする銀の牙がやる事で、僕達のような個別に雇われた冒険者は近くにいる冒険者だけを覚えればいい。

 有事の際に銀の牙に従うのは混乱を避ける為に全ての依頼書に共通して書かれていた事なのでどこからも異論は出なかった。

 それが終わると次にそれぞれの戦い方を簡単に教え合う事になった。

 戦い方を簡単に教え合うのはいざという時に互いの戦い方が分からなかったら間合いなどの問題で事故が起こるかもしれないからだ。

 武器は見れば分かるが僕のように魔法も使う人間だと下手に近づくと魔法の巻き添えを食らうかもしれない。

 特に精霊魔法は加減が利きにくいから要注意だ。

 そういう用心の為に教えられる範囲で周囲に注意を促すんだ。


 最後に商隊が進む道の確認をし、打ち合わせが終わると集まりは解散し各々の依頼主の元へ戻っていった。

 僕は戻る前にカナデさんとミサさんに声をかけた。

 護衛元へ行けばいよいよ仕事が本格的に始まる。

 二人の護衛場所は僕達の場所からだと遠く離れていて、しばらく言葉を交わす事は出来ないだろう。

 だから今のうちに少しだけ話そうと思ったのだ。

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