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また会う日まで

 夜が明けるとゲイルは僕達の前から姿を消した。

 ……なんて言うと大げさだ。ただ単にゲイルはこの大森林を去る前に身辺整理しに自分の巣へ戻っただけだ。

 ゲイルが戻ってきたのは昼過ぎ、昼食を食べ終えた後の食休みの最中だった。

 帰ってきたゲイルの周囲にはいくつもの小石が浮いていた。

 その小石は何なのかと聞くと宝物だと答えた。

 よくよく見てみると丸くつるつるしていたり尖っていたり、色やいい感じの模様がついていたりと中々男の子心をくすぐる物ばかりだ。


 自分で持って来れる物だけ持って来たようだが、ずっと浮かせ続けるつもりなのだろうか?

 僕はアースに括りつけてある荷物袋の中から服の補修用の布をいくつか取り出す。

 そして石を包むのに丁度いい大きさの布と細長い布を選び他の物は荷物袋に戻しておく。


 布を持ってゲイルの元へ行き、布を地面に広げゲイルに小石を布の上に置いて貰うようにお願いする。

 小石が置かれると一つずつ保護の為に細長い布の端の方から包み捩じっていく。

 小石を包み終えたら大きな布で包んで持ち上げる。


「石はとりあえず失くさない様にこうやって包んでアースに運んでもらうね」

「きー」


 ゲイルは嬉しそうにお礼を言ってくれた。


「でもそのうちゲイルでも持ち歩けるようにするからね? 自分のお宝は自分で運びたいでしょ?」

「きー」


 ベストタイプにするかベルトタイプにするか、それが問題だ。時間があるうちにゲイルに選んでもらわないと。




 大森林を出る前に僕は昨晩の内に調べていたステータスについて頭の中で整理する事にした。

 調べた限りでは力などの数字には変化は見られなかったが、スキルはゲイルの分が増えていた。

 種類に関しては以前固有能力が強化された時にナス達の分も増えていたので問題はない。

 問題なのはスキルの名前の横に書かれているレベルの数字が増えていたという事だ。

 記憶にある魔獣達のレベルの端数切捨ての半分まで上がっていた。

 ヒビキから借りている跳躍なら一だったものが四まで上がっている。

 アースにもお願いをして調べさせてもらったが、元から所持していたスキル以外は僕と同じスキルを所持していてなおかつ同じレベルだった。

 ただ一つ、元の所持者のスキルのレベルの半分という法則から外れている物があった。それは神聖魔法だ。

 神聖魔法だけはレベル一で止まっており、アースに確認した所ヒールとキュアしか使う事が出来なかった。

 元々魔獣達はいくら教えても神聖魔法が使えなかったので大きな前進ではあるんだけれど。


 シエル様に確認を取ると、僕の固有能力を介して細い回路が仲間の魔獣に伸びているらしい。

 元々魔獣は神聖魔法を覚える事は出来ない。魔素に侵され身体全体が変質すると神様との回路を繋げなくなってしまうのだ。

 これは魔人のような知性を持った生き物が魔素に侵され魔王の側に着いた時に神聖魔法を悪用されない様にする為の防止策らしい。

 今回の場合は僕が仲介しているから神聖魔法を使えるようになっただけで、僕が魔人になったり死亡したら魔獣達は神聖魔法を使えなくなるとシエル様は説明してくれた。


 そしてあくまでも固有能力を介した借りの回路。固有能力が強化されたら分からないが、魔獣達にシエル様の事を教えたとしても回路が今以上に強化される事もないだろうと説明された。

 これがこの世界そのものであるツヴァイス様を信仰していたんならまだしも、この世界とは僕と繋がっている事以外直接関係のないシエル様は魔獣に繋がるには僕を介したとしても遠すぎる縁なのだと言う。

 アースがフォースを使えるようになれば魔物に対して有利になると思ったのだけど……残念だ。


「ナギさん」

「んっ?」


 名前を呼ばれ僕は思考を中断する。


「どうしたの?」

「精霊達が近くに魔獣達が集まってきていると言っていますが」

「うん。僕も気づいてる」

「どうしますか?」

「もう少し近寄ってきたら僕の方から声をかけるよ」


 魔獣達は駆け足のような速さで南の方から近づいてきている。

 十分もしない内に追いつくだろう。


「分かりました。……それにしても結局仲間になった魔獣はゲイルさんだけでしたね」

「皆この森を守りたいんだ。無理強いは出来ないよ」


 この一ヶ月の間僕はゲイル以外の仲良くなった魔獣を仲間に誘っていたのだが、どの魔獣も自分達の住処を守りたいと言って首を縦に振るような事はなかった。

 ゲイルを僕から誘わなかったのは話題に出すきっかけがなかなか得られなかった事と、なんとなくついて来るだろうなという予感があったからだ。

 一番の理由はアロエが話してるだろと思ってたからだけど。

 バオウルフ様の話からゲイルはこの森に馴染んでいないように思えた。

 だけど精霊達と仲良く遊ぶ姿はとても馴染んでいるように僕には見えたんだ。

 もしかしたらわざわざ誘わなくても勝手についてきたかもしれないと思うほどに。

 少しの間歩き続けていると森の魔獣の声が僕を呼び止めた。


「もー!」


 呼び止めたのは牛によく似た魔獣。背中に魔獣達のまとめ役であるチェサットの魔獣ライブリーが乗っかっている。

 ライブリーは最初に僕に接触したあの丸っこい魔獣だ。

 ライブリーは牛の魔獣の背から飛び降りると僕の前までやって来た後きょろきょろと辺りを見回した。


「ゲイルなら空の上でアロエと遊んでるよ」

「ちー……ちーちー」


 どうやらゲイルを見送りに来たようだ。

 不良なゲイルとはあまり仲は良くなかったけれどそれでも同じ縄張りに住んでいた仲間の別れという事もあってやってきたと言っている。


「ミサさん。アロエにゲイルにお客さんが来た事を伝えて貰ってもいいですか?」

「もう伝えてありマース」

「流石ミサさん」


 空を見上げてみると遠くにいるゲイルがこちらに向かってくるのが分かる。

 ゲイルはあっという間に距離を縮め、地面への着地の代わりに僕の頭の上に前足を乗せ、胴体を背負っている荷物袋の上に乗せて来た。


「こらっ」

「ききっ」


 僕が軽く叱るとゲイルは可笑しそうに笑った。

 さすがにお客さんの前でこれは許されない。

 ゲイルを両手で持ち引き剥がす。両手で持ってみるとゲイルの方がヒビキよりも軽い事に気づいた。体格はゲイルの方が大きいというのに不思議な物だ。

 両手に持ったゲイルをそのままライブリーの前に降ろす。


「ちー……」

「ききっ?」


 ライブリーの呆れたような声をゲイルは構わずに何をしに来たのと問う。いや、ただ単に何を言ってるのか分からないだけかもしれないが。

 魔獣達は鳴き声の雰囲気や仕草で相手の言いたい事をなんとなく感じ取れるようだが、別に本当に意志が伝わっている訳ではない。

 なので僕が二匹の間に立ち通訳を引き受ける事にした。


「ライブリーは旅立つゲイルを見送りに来てくれたんだよ」

「ききっ?」

「同じ縄張りに住んでる仲間だからだって言ってたよ」

「ちーちー」

「人に迷惑かけるなよだって」

「きぃー……」


 うるさいなぁとゲイルが呟くがこれは訳さないでおく。

 とはいえそういう態度は伝わる物でライブリーが小言を続けようとしたので止めておく。さすがに警らの途中の僕達はここで時間を取られる訳にはいかない。

 小言を止められたライブリーは残念そうにしながらも姿勢を改めてゲイルと向き合う。


「ちーちちちー」

「遠くに行っても元気にやれよ」

「ちちっ、ちちちーち」

「偶には帰って来て顔を見せろよ」

「ちー」

「待ってるから」

「きー……」

「ちーちち」


 最後にお前の事は嫌いだけどなと言った。さすがに翻訳できないよそれは。


「きーきー! ききー!」

「でっかくなって帰ってくるから待ってろ! だって」

「ちー」


 楽しみにしてる。そう言ってライブリーは僕達から背を向けて大きく跳んで牛の魔獣の背に乗った。

 そしてもう一度僕達の方を向いて別れの鳴き声を叫ぶように出した。


「ちー!」


 まるでそれが合図だったのかの様に集まって来た魔獣達も雄たけびあげてゲイルに別れを送る。


「きー……」

「皆いい魔獣だね」


 ゲイルが他の魔獣達から嫌われているとバオウルフ様は言っていた。

 だけど、それは少しだけ本当ではないのかもしれない。十を越える魔獣がいると言うのに悪口や負の感情の籠った声も無い。茶化すような言葉はあるけれど皆ゲイルの旅立ちを祝福している。

 それに何より皆こうしてゲイルとの別れを見送りに来ている。本当に心の底から嫌われていたら見送りになんて来ないだろう。

 ゲイルもその事を理解したのか魔獣達の声が鳴り止み去ろうとするその背中に向かって大きな鳴き声をあげた。


 いままでごめん!

 おいら皆に酷い事してた! 悪戯してごめん! からかってごめん! 木の実ぶつけてごめん!

 おいら構って欲しくてやってた。だけどそれが間違いだってこの人間に気づかされた! いけない事なんだって教えてくれた!

 ごめんよ! 皆ごめんよ! もうしない! ここを出てももうしないよ!

 アロエとライチーが教えてくれたんだ! そんな事しなくても友達になれるって!

 おいらこいつらについて行く! おいらの事を友達だと言って旅に誘ってくれたアロエとライチーについて行く!

 それで、また帰ってくるから! おいら皆と改めて友達になれる位でかくなって帰ってくるから!


 僕はゲイルの言葉を余すことなく伝える。

 立ち去る魔獣達は振り返る事なく一鳴き、頑張れよと告げた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう旅立ちの話に弱い。 ちょっと泣いてしまった。
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