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恐れ

 食休みを終えて僕達は再び歩き出す。

 しばらくすると不意に激しく揺れる草の音が響き渡った。一か所からの音ではない。複数個所が音源になっている。

 ナスは忙しなく耳を動かし警戒態勢を取る。


「ナス。落ち着いて。音は囮だよ」


 音の鳴った場所には何もない事は確認済みだ。恐らく魔法を使って音を立てていたのだろう。問題は誰が音を立てたかだ。

 指揮官が言っていた魔獣だろうか? しかし、違う可能性もある。

 僕は警戒を解かず周囲を探るが近くにはそれらしい魔力(マナ)の塊も魔素の塊も感じられない。遠くならば複数の魔力(マナ)を感じられるのだが……。


「ぼふっ」


 アースが上だと僕に教えてくれた。見上げてみると何か茶色い物が遠くの空からこちらに向かってくるのが分かった。


「皆! 空! カナデさんは一応攻撃するのは控えておいてください! この森の魔獣だったら下手に手を出したら問題になるかもしれません!」

「は、はい~!」


 茶色い物が近づいてくるにつれてその姿がはっきりと分かるようになった。

 イタチによく似た……ミストラと呼ばれる動物だ。

 ミストラの周囲には赤黒い物が宙に浮いてミストラと一緒に動いている。

 胴が長く小さな手足を空中だというのにまるで駆けるように動かしている。


「な、なんでミストラが空を飛んでるんですか~!?」

「多分あれ指揮官さんの言ってた悪戯好きの魔獣ですよ!」

「キキッ!」


 ミストラの笑い声が上空から聞こえてくる。まるで驚いている僕らを笑っているようだ。


「キー!」


 くらえっという鳴き声と共にミストラの周囲に浮かんでいた物がまるで発射されたかのように勢い良く僕達の方へ飛んでくる。

 僕はとっさにフェアチャイルドさんの前に盾を構えて立ち発射された物から彼女を守った。

 ベチャという嫌な音が響き渡る。

 カナデさんは発射された物を避けるのではなく弓を持っていない方の手で受け止めていた。

 ミサさんは僕と同じように盾を構えている。

 ナスは自分に当たる前に電気を操り迎撃したようだ。

 そして、アースは飛んできた物をその大きな口を開けて中に入れてしまった。


「ちょっ、アース!?」

「あっ、大丈夫ですよ~。これベリルですぅ」

「えっ」


 僕は慌てて盾で防いだ物を確認してみる。

 すると、僕の盾には半分に潰れたベリルという果物が張り付いていた。


「うわぁ……ほんとだ」


 盾に当たってよかった。

 ベリルという果物は紫紺色の果物で、赤黒く見えたのは僕の見間違えだ。

 つるつるとした皮で大きさはアップルと同じくらい。下の方が尖っていてドングリの帽子を取ってそのまま大きくしたような形をしている。

 実と皮は柔らかく少し強く握るだけで盾に張り付いたベリルの様に潰すことができる。

 皮は紫紺だが果実そのものは真っ赤で衣類に着いたら色を落とすのに苦労させられるのだ。

 味は一応甘みはあるのだが加工せずに食べると渋みが強く食べられた物ではない。食べる時は実を切り分け天日干しをして乾燥させる必要がある。

 乾燥させたベリルは大変美味しいのだが、鳥が好んで食べるので天日干しをする時は取られない様に見張っていないといけない。だから加工されたベリルは結構割高だ。

 そういえば昔僕も加工前のベリルを買ってフェアチャイルドさんと一緒に天日干しの監視をして食べた事があったっけ。


「もったいないなぁ……」


 ベリルを撃ってきた犯人を捜そうとしたがすでに周辺には怪しい魔力(マナ)は感じられなくなっている。

 一応アースに食べた物の確認は取ったが美味しいとだけ返ってきた。アースの様子は注意深く見て置こう。もしもアースの食べた物が違っていて毒が入っていたら事だ。


「私は上手く掴めましたよ~」


 カナデさんは警戒するのを忘れているのか嬉しそうにベリルに頬ずりをしている。

 勢いよく飛んできた柔らかいベリルを潰す事なく掴めるってどんな動体視力をしているんだ。


「この果物は美味しいのですカ?」

「それはもう~」

「あっ、布で拭かない方がいいですよ。汚れ落ちにくいですから」

「オゥ。分かりましタ」


 僕達の武具にはブリザベーションがかけられているから水で流すだけできれいになる。

 魔法の水で盾に張り付いたベリルを流すとフェアチャイルドさんがおずおずと僕の前にやってきた。


「あ、あのナギさん。庇ってくださってありがとうございます」

「どういたしまして。守れてよかったよ」


 本当に……とっさに動けて良かった。

 前もってミストラは悪戯好きで危険が無いとは分かっていた。もしもここで動けなかったら命の危険がある実戦で動くなど絶対に無理だろう。


「そろそろ行こうか。ミストラはいなくなったみたいだし」

「一体何がしたかったんですかネ?」

「多分人が驚くところを見たかったんじゃないでしょうか? 驚いてる僕達を見て笑っていましたよ」

「意地の悪い魔獣デース」

「ぴぃ」


 ナスも怒っているようでミストラがいた空を睨みつけている。

 次会った時に撃ち落としそうなので頭を撫でて一応加減はするようにと釘を刺しておく。

 僕としては兵士達とは温厚な関係を築けているようなのでそれを壊すような事はしたくない。

 ……それにしてもあのミストラはどうやって空を飛んでいたのだろうか? 魔力(マナ)の量は魔眼で見たかぎりではヒビキほど多くはない。

 方法が分かれば僕も空を飛べるようになるかもしれない。


「あっ、そうだ。すっかり忘れてたな。皆、ライトシールドを念の為にかけて置くよ」


 ライトシールドは一回しか防げないが術者が意識している限りは持続させる事が出来るし、意識が途切れたとしてもちゃんと割れる音がしてくれる。

 意識する分集中力が削がれるので周囲の警戒が疎かになってしまうのだが……魔眼のお陰で感知力も上がってるしいい機会かもしれない。


「ライトシールドをかけると警戒がしにくくありませんカ?」

「大丈夫ですよ。カナデさんとナスがいますし……それにいい訓練になります。そういえばミサさんはライトシールド使わないんですか?」

「私は魔力(マナ)が少ないですカラ、いつも戦闘に入った時に使いますネ」

「ああ、なるほど。維持するのにも魔力(マナ)を使いますからね」

「はい。これが結構馬鹿にならなくテ」

「僕なら自然回復が消費を上回っていますから大丈夫ですよ。じゃあ使いますね」


 ライトシールドの魔法石を取り出し魔力(マナ)を込める。

 そして心の中で対象を思い浮かべながら名前を呼ぶだけで魔法は発動する。

 だがこの無声発動だとライトシールドがちゃんと発動しているかは術者しか分からない。


「発動させましたけどどうですか? やっぱりちゃんと言葉に出した方がいいですかね?」

「そうですネ。特性上分かりやすい方がいいと思いマス。

 無言で発動されても不安になってしまいますヨ」

「そっか。じゃあ次からはちゃんと言葉に出しますね」

「それにしても、魔法石を使っているとはいえ信仰していない神の魔法を無言で発動できるのですネ?」

「練習していますから。それとミサさん。別にゼレ様を信じていないわけじゃないですよ?

 僕は五柱全ての神様を信じていますから」

「オゥ。全く持ってその通りですネ。いやいや、ワタシとした事が不信心な事を言ってしまいました」

「んふふ。それくらいじゃ不信心にはなりませんよ」


 こういう誤魔化しにも慣れた物だ。

 別に僕は嘘はついていない。五柱の存在は信じているし、魔王からの侵攻を凌げる様にという理由があるとはいえ生き物に力を貸している事は素直に感謝している。

 しかし、僕は別に五柱を信仰している訳ではない。信じているという意味では信仰はしているだろうが、ミサさんのような聖職者の様に重んじている訳ではない。

 ならばシエル様が信仰の対象なのかと言われればこれもまた違うと僕は思う。

 今僕の命と記憶が続いているのはシエル様のお陰だ。その事に感謝はしている。しかし、信仰の対象とするにはシエル様と僕は近すぎるんだ。

 僕にとってのシエル様は神である前に命の恩人……じゃなくて恩神か?

 シエル様自身も自分が神という自覚はないし信仰心を必要としておらず、毎日話している所為でフレンドリーに話しかけてくるという事もあって信仰の対象というよりネット上で出会い気の合った知り合いみたいな感覚だ。

 それに前世では僕は無宗教で神様を信じていた訳ではなかった。

 そんないろんな事情が絡み合って僕は神様に対して熱をもてず熱心な信者とは温度差が出来てしまう。

 それではいかん。第九階位まで扱える人間が神様に対してドライだなんて事がばれたら、なんでたいして興味も無いのにそんな熱心に勉強して第九階位まで授けられるんだ? という話になってしまう。


 実際僕が神聖魔法を授かろうとしたのは自分自身の男に一時的にでも戻るという目的と、フェアチャイルドさんの助けになるという目的があって、神様に対して信仰心があったからじゃない。

 そして、ピュアルミナを授かれたのも転生の際に話したシエル様の声を覚えていたから。普通にこの世界で生きていた人では真似の出来ない方法だ。

 こんな事知られたらどんな反応が返ってくるか分かったもんじゃない。

 だから僕はフェアチャイルドさんとサラサ達精霊、それにアールス以外には今までずっと隠してきた。

 問題はこれからもミサさんに対して隠し通せるかどうか、という事だ。

 皆が危機に陥りそうになった時僕はきっと隠している力を全て使うだろう。

 その時が来るのを僕は恐れている。

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