初めての大森林
初の警らのお仕事当日、僕達は朝早く起きて先日まとめ役となった僕がさっそく音頭を取り大森林へ向かう準備の最終確認を行なう。
荷物は魔獣達のいる厩舎に大半が置かれている為、確認が終わった後は魔獣達を軽くブラッシングしてあげた。
魔獣達を連れて大森林側の基地の出入り口に行くと基地の出入り口を見張っている兵士達に挨拶をして、これから警らに向かう事を告げそれを証明する書類を僕が手渡す。
確認が終わると兵士達は道を開けて僕達を通してくれた。
基地から大森林までは大体四時間も歩けば着く場所にある。
基地から出たばかりではまだ遠い位置にある大森林だがそれでも障害物がなく見通しがいいお陰で葉の落ちた茶色い木々の姿が見える。
魔眼を使って見てみると魔力で大森林が霧の様に覆いつくされている。しかし、木々が見えないほどの濃度ではない。
所々に魔力の濃い所があるが大きさからして恐らく魔獣だろう。
霧のように広がっている魔力は恐らく僕の『拡散』のような感知用の魔力ではないだろうか?
「サラサ、森を魔力が霧のように覆っているけど心当たりあるかな?」
そう問いかけるとサラサは僕の横に現れ首を傾げながら答えた。
「霧ってナギの拡散みたいな?」
「うん。僕のよりも濃度は濃いけど」
「それだったら多分主様じゃないかしら。主様は風を操って森の様子を見守っているのよ」
「ああ、そういえば図鑑でもそんな感じの説明があったね」
バオウルフは風を操る魔獣で、常に森の様子を風を頼り探っていると書かれていたはずだ。
「そっか。あれがそうなのか」
「すごいですネー。この距離からでも分かるんですカ?」
「空に浮かぶ雲のようなものですよ。遠くてもある程度の濃さがあれば見えます。
それに魔眼の力を調整すれば見える魔力の濃さも変えられますからね」
「なるほどぉ。便利な物ですネ」
「感知力を高めれば授かると思いますよ」
「とは言っても、アリスちゃんの行っている蜘蛛の巣?や拡散?でしたカ? 結構難しいですヨ。ワタシこれでも結構魔力を操るの自信があったんですヨ?
精霊達の魔力だって巧みに操れるというのに。いやはやアリスちゃんはその歳で魔眼を授かるほどの腕前とは恐れ入りますね。ワタシこれでも村では神童と言われていたんですヨ」
ミサさんの語りが加速していく。これはいつものミサさんだけが喋り続ける奴だ。
僕は無理に止める事はせずにミサさんの語りに耳を傾ける。
それにしても拡散と蜘蛛の巣が難しいというのは意外だ。この二つの存在を教えたのは今の所フェアチャイルドさんとカナデさん、それにミサさんの三人だけだ。
後は僕が優れた感知方法を身に着けているという事位しか知らない筈である。
例外でユウナ様には蜘蛛の巣の存在だけは教えているが拡散の方は教えていない。
そしてそのユウナ様は蜘蛛の巣をあっさりと習得していた。
精霊の強大な魔力を操れるのなら簡単に習得できそうなものだけど、精霊の魔力と自分の魔力を操るのは感覚が違うのだろうか?
そういえばフェアチャイルドさんも拡散と蜘蛛の巣は難しいと言っていた。
彼女は一応両方使えるのだが、魔力の量がミサさんよりも少ないので有効活用が出来ない。
「フェアチャイルドさん。フェアチャイルドさんって拡散も蜘蛛の巣も使えるよね?」
「え? はい。使えると言っていいほどかは疑問ですが……」
「どういう所が難しい?」
「そうですね……拡散は魔力を拡散させる、という行為自体が難しいです。感知能力を維持したまま散らすというのが上手く出来ないというか……いまいち想像がつかないです。
蜘蛛の巣は単純に細く長い状態を維持させるのが難しいです。少しでも気を抜くとすぐに霧散してしまい集中力が問われますね。
それと両方に共通して言える事ですが、やはり魔力を介して感知する事自体が難しいですね」
「ふぅん……精霊の魔力を操る時ってちゃんと精霊の魔力を感じ取って操ってる?」
「はい。昔先生から教わった様に精霊達の魔力を操る時は自分の魔力を繋げて感知できるようしていますね」
「そっか。拡散と蜘蛛の巣が上手く出来ないのは魔力感知が未熟だからだと思ったんだけど……違うのかな」
「魔力感知ですか? 魔力操作ではなく?」
「うん。自分の魔力をきちんと感知する事が出来れば魔力がどんな状態になっているか正しく理解できるからね。操作するうえでは結構重要な技能だよ」
「……魔力感知ですか。確かにあまり意識した事が無いですね」
「そうなの?」
「はい。精霊の魔力と繋ぐ事はありますが、圧倒的な量の差のお陰で感じ取るのは難しくないんです」
「ああ、なるほど。魔力感知を鍛えなくても大雑把でも精霊の大量の魔力を感じ取れちゃうんだ」
「そう……だと思います」
「じゃあ次からは感知する事を念頭に入れて訓練するのがいいね。ミサさんも」
ミサさんはまだ口が止まっていない。まぁ止まってから教えてもいいだろう。
ミサさんの止まる事のない話を聞きながら歩いているとついに大森林の前まで辿り着いてしまった。
基地からここまでの間ミサさんは途中水分補給を挟んだけれど止まる事はなかった。
よくぞここまで喋れるものだと感心するしかない。
エクレアの話によるとミサさんの語りは幼い頃から長かったらしい。
この技能は特に宣教の際に役立っていたらしくゼレ様の聖書の序章から最終章までの約千ページを自分の解釈を交えつつそらんじる事が出来るようだ。
そこら辺はさすがはフェアチャイルドさんの従姉という事か。僕とは頭の出来が違うようだ。
考えてみるとミサさんのマシンガントークは早口な所を除けば聖職者として必要な能力を持っている……と言えるのだろうか?
マシンガントークの最中人の話を聞かないのと早口という所がやはり難点だろう。
まぁ何はともあれ、これから大森林の中に入るのだ。ミサさんにも警戒してもらう為にここいらで切り上げて貰おう。
「ミサさん! 着きましたよ!」
「オゥ! 耳元で怒鳴らないでくだサーイ」
「怒鳴らないと聞いてくれないじゃないですか」
「んー……それもそうですネ。ついつい話に夢中になってしまうのがワタシの悪い所デース」
過去に何度も治そうとはしていたみたいだが結果は御覧のありさまだ。
もうそういう人なんだとエクレアとアロエは諦めているようだ。
気を取り直して僕らは森の中の道へ足を踏み入れる。
背の高い木々は葉が枯れ落ちて裸になっているが道は枯れ葉は落ちておらずきれいに掃除されている。恐らく兵士達が馬や馬車の通行の障害にならない様に掃除したのだろう。
道の外には背の低い茶色い雑草が生えている。視界を塞ぐほどの高さの草木はなく、高くてもミサさんの腰の高さまでのものしかない。
時折動物を感知するが僕らを恐れてか一定の距離を保って僕達が通り過ぎた後は去っていくのを感じ取る事が出来る。
そんな動物達の逃げる音が気になるのかナスの耳は何度も角度を変えて音を聞き分け周囲を警戒している。
ナスは警戒しているのだが、アースとヒビキには緊張感が感じられない。
アースは警戒する気が無いのかいつもと変わりなく歩いている。
ヒビキはフェアチャイルドさんの胸の中で眠っている。カナデさんが弓を持っている為フェアチャイルドさんがヒビキ当番になっているのだ。
多分これから警らの時はフェアチャイルドさんがヒビキを抱っこする事になるだろう。
カナデさんは両手が塞がるとまずいし鎧を着ている僕とミサさんはヒビキが嫌がる。その点フェアチャイルドさんの服の中に仕込んである胸部装甲は少々硬いが僕の革鎧ほどの硬さはない。
加えて両手が塞がってもさほど問題はない。まぁ一番いいのはヒビキが起きていてくれる事なんだが。
「フェアチャイルドさん。重くない?」
「大丈夫です。私も鍛えていますから」
「んふふ。そうだね。フェアチャイルドさんも毎日頑張ってるからね」
得意そうに答える彼女に対して僕は日々の彼女の鍛錬を思い出し頷いた。
もう彼女は病弱な女の子ではない。非力扱いする必要はないのかもしれない。
道の途中にはいくつもの休憩用と思われる空き地がある。
お昼になるとその空き地に入り昼食の準備を始める。今回の当番はミサさんだ。
ミサさんは手甲は外し重い鎧は着たまま器用に規則正しく食材を切っていく。
ミサさんはどうやら料理は得意なようだ。
見た事のない食材や香草ばかりでこの国に来たばかりの頃は試行錯誤の連続で、食材を味見しては自分の知っている料理法を何度も試していた事をマシンガントークで語っていた。
それと本当なら故郷の料理を作りたいが肝心の調味料が無い、と初めて料理を作ってくれた時に言っていたっけ。
ミサさんが料理を作っている間他の人達は周囲の警戒を怠らない。
カナデさんは鋭い目つきで木々の間を見渡し、フェアチャイルドさんは精霊達に上空から危険な動物や魔獣が近寄ってきていないか見張って貰って情報を受け取っている。
僕は周囲の警戒は二人とナスに任せ罠として周囲に蜘蛛の巣を隙間を小さくし張り巡らせる。
これで怪しい動物が近寄って来てもサンダーインパルスですぐに対処できる。
僕の警戒網兼罠は本来エクレアに頼もうとしたのだがエクレアも精霊らしく加減が下手なので電気を流すと火事になってしまうと言って断られた。
かといってアロエに頼もうにも、アロエもアロエで下手に自分で力を使ったら空き地全体が空に巻き上げられる危険があると言った。
結局二人には下手に力を使って貰うよりもサラサ達と一緒に上空からの偵察をしてもらった方がいいだろうという事になった。
食事の時間が終わると食休みの為にまったりとした時間を過ごす。
周囲を耳で警戒していたナスは食休みの時間になると僕に自分の頭をすり寄せてきた。
どうやら警戒するのに疲れて少し構って欲しいらしい。
そんな頼みを僕は断れるはずもなくナスのモフモフの身体をたっぷり撫でまわす。
するとアロエが羨ましそうに口元に人差し指を当てながら僕にお願いをしてきた。
『ねえねえナギ。私もナスちゃんに触っていいー?』
「ナス。アロエが触ってもいいかだって。大丈夫?」
「ぴー!」
「んふふ。大丈夫みたいだよ」
『やたっ! にしてもナギってちゃんと魔獣に聞くんだね?』
「触られるのはナスだからね。当然だよ」
『なんて言うか律儀だよね。普通ペットにわざわざお伺いを立てないよ? 少なくとも東じゃあ』
「僕にとってはペットじゃないからね」
『じゃあナギにとって魔獣達って何?』
「家族……って言いたけど現実問題家族と同じ待遇は出来ないんだよね。預かり施設に預けたり、食事だったり……家族じゃなくても人間とは違う扱いになっちゃう」
「ぴー……気にしない、で。僕、ナギ、一緒、仲間。だけど、僕、人、違う。待遇、違う、当り前」
「ナス……ありがとう。そうだな……なんていう関係なんだろうね。友達かな? ちょっと違うかな。家族も少し違う。でも大切な存在には違いはないんだ」
『んー。そっかー』
「ごめんね、上手く言葉に出来なくて」
『いいよ。その内分かったら教えてね! ナギの秘密と一緒にね!』
「まだ諦めてないのか」
『だって気になるんだもん!』
アロエはナスを撫でながらにししっと笑った。




