成長
背後から皆の服を脱ぐ音が聞こえてくる。
僕は瞼を開かないよう、振り向かないよう服を脱いでいく。
この動作ももう手慣れたもので昔はフェアチャイルドさんに補助してもらっていたが、今では苦も無く自分の手で最後の籠に入れる所まで出来る。
「ふわ~。ミサさんの身体すごいですねぇ」
「そうですカ?」
「なんだかとっても色っぽいですぅ」
「そういうカナデも引き締まったいい身体してますヨ」
「ミサさんって意外と筋肉があるようには見えませんよね。どうなっているんでしょう?」
「ん~、私にも分かりませんネー。そういえばレナスちゃんは……あれ? ……あっ」
「何ですか。その何かを察したような眼差しは」
「何でもないですヨー」
背後から楽しそうな声が聞こえてくる。精霊達のお陰で皆の身体は感じ取る事は出来ないが、どこにいるのかは精霊達が魔力の濃さを調整してくれているので分かる。
『レナスってミサの従妹にしては薄いよねー』
『きっとクリス側の血が濃いのでしょうね。クリスのお母さんはそんなに大きくなかったから。それより気になるのは何で服を着ていた時より……』
『二人とも余計な事を言っちゃ駄目ですよ。レナスちゃんにはまだ未来があるのですから』
『喧嘩売ってるんですか? 貴女達は』
「はわわっ、け、喧嘩は駄目ですよぉ。アリスさんからも何か言ってください~」
「ふざけてないで早く入ろう? このままじゃ風邪引いちゃうよ」
「オゥ、アリスちゃん脱ぐの早いネー」
「す、すみません。先に入っていてください」
どうやらまだ服を脱ぎ終わっていないらしい。
仕方ないので僕は中で使用する物を入れた桶を持ってお風呂場に先に入って行く。
洗い場にある椅子に座り魔法でお湯を自分の身体に纏わりつかし動かして身体を洗う。
敏感な所はくすぐったくならない様に丁寧に動かす。
「オゥ、アリスちゃん。なんですカそれー? とても便利そうですネー」
「んふふ。魔法でお湯を出して操ってるんですよ。こういうのが魔法のいい所なんです」
「オォー。いいですネー。私もやりたいデース」
「じゃあやってみます? お湯の状態でどれくらい出せますか?」
「んー分かりませんネー」
「じゃあ実際に出して確かめてみましょうか。お湯を作りながらお湯に魔力を混ぜる事はできますか?」
「混ぜる……マナポーションの作り方ですネ。やってみマース」
僕は目を閉じているし感知の方も精霊が邪魔しているから成功しているのか分からない。
「どうです? 出来ましたか?」
「出来ましター。んー。あまり量は出来ませんネー」
「足りないと思ったら湯舟からお湯を持ってくればいいんですよ。それで、そのお湯操れそうですか?」
「それは楽勝デース。アロエの風を操るより簡単デス」
「さすがですね。もう何も教える事はありません。というかわざわざ教える事でもないですね」
「ふふっ、それでもありがとうございマス」
「あっ、一応僕の魔力を分けておきますね。えと、僕の手を取ってください」
「はい」
僕の手をミサさんが握る。手越しにミサさんの事を感知しない様に意識しながら久しぶりのハーベスト・スプリングを使いミサさんに魔力を渡す。
ミサさんとの話が終わると、誰かが僕の横にやってきて座った。
瞼を開けようかと迷っていると、その誰かは声をかけて来た。
「楽しそうですね」
心なしか不機嫌そうな声色のフェアチャイルドさん。
「そうかな?」
「ナギさん最近ミサさんとばかり話しています」
「それはこっちの言葉に慣れてもらう為だよ。僕は言語の違いで困る事はないからね。少しは人々に苦労しない分を返さないと、こんな便利な能力をくれた神様に悪いと思うんだ」
「……ナギさんらしいです」
「僕は臆病者だからね。罪悪感で一杯なんだよ」
「ナギさんは何も悪くないです」
「それでもさ、小心者は気にしちゃうんだよ」
話に夢中になって忘れていた身体に纏うお湯を一度捨てて、手ぬぐいを濡らし石鹸で泡立てる。
「あっ……ナギさん。石鹸忘れてしまったので貸してくれますか?」
「いいよ。はい」
「ありがとうございます。くふっ」
身体を洗うと続いてシャンプー代わりの粉末薬を使い髪を洗う。
すっかり長くなった僕の髪はすでに肩甲骨を越している。
少し手入れが面倒になっては来ているが美しくなるのなら別に苦はない。元男とはいえ今は身体は女の子。何の気兼ねもなく髪を労わる事が出来る。否、女の子の身体だからこそ手入れを怠ってはならないんだ。
髪は一番人の目に触れやすい部分だ。そんな大事な個所に美を追求する女性が手を抜くなんて事があるだろうか? いや、無いと断言する。
反して男はそこまで髪に気を使ったりはしない。もちろん髪が無くならないように気をつけはするだろうが、美しさに関してはそんなに気にする事はないだろう。
つまり髪を女性らしく大事にするという事は僕が実は前世が男だという事を隠す盾になるのだ。
そう、僕が別に髪フェチだからだとかそんな理由で自分の髪を大切にしている訳ではないのだ。
あくまでも擬態の一環でしかないんだ。……楽しんでいる事は否定はしないが。
髪を洗い終えると髪を纏めて手ぬぐいを頭に巻き留める。
「フェアチャイルドさん。先に入るね」
「はい」
フェアチャイルドさんは髪が長い。その分洗うのにも時間がかかる。
なので一言かけてから僕は一人で湯舟へ近寄る。屈んで確かめると手触りからして木製の湯舟だ。
感知で人がいないのを確認し瞼を開けて湯舟の構造をよく確認してから滑らないように慎重に中に入る。
湯舟の中に腰を下ろすとほっと一息つき再び瞼を閉じる。
今日はアースに乗ったからいつもよりも疲れた。歩いているだけなら疲労は少ないのだけど、アースに乗ってフェアチャイルドさんを支えながら走ってもらうと結構疲れてしまうのだ。
暖かなお湯に身を任せ疲れを癒していると二人分の魔力の塊が寄ってきているのが分かった。
今お風呂に入っているのは僕達だけのはずだから位置関係からしてカナデさんとミサさんだろう。
二人は僕を挟むように湯舟の中に入ってくる。
「いいお湯ですネ~」
「本当ですね~」
「ん~……ふぅ。アリスちゃん中々引き締まった身体してますネ」
「そうですか?」
僕は自分の身体と他の人の身体とを見比べた事がないからどう違うのか分からない。
「あんまり筋肉ついていないと思うんですけど」
僕の身体はあんまり筋肉がついているようには見えない。なんというか、腹筋は一応割れているのだけど、全体的に細く見えるのだ。
「まだ若いですからネ。きっとこれからもっと女の子らしくなりますヨ」
「でもカナデさんが僕位の時にはもう今みたいに肉付き良かったですよ」
あの頃のカナデさんと今のカナデさんを思い浮かべて比べてみるがあまり変わったようには見えない。
「私は早熟だったみたいですからぁ。学校に通ってた頃から身長以外はあんまり変わってないんですよぉ」
「身長以外、ですか……」
カナデさんは小さな頃から大きな果実をぶら下げていたのか。フェアチャイルドさんが聞いたらどんな顔をするだろう。聞こえていない事を祈るばかりだ。
「み、ミサさんはどうだったんですか? 僕位の頃は」
「ワタシは今のアリスちゃんとあまり変わりませんでしたヨ。ちょっと太ってたかナ?」
「へぇ」
「あの頃のワタシに比べて本当アリスちゃんは痩せていますネー」
不意に僕の身体が横に引っ張られ、顔が何か柔らかい物に包まれた。
「えっ」
思わず瞼を開くと、視界が肌色で埋め尽くされていた。
いけない! 僕はすぐに瞼を閉じて顔を背けようとするが、柔らかい物に挟まれていて背けようとして鼻先が当たってしまった。
ありがとうございます! じゃなくてなんだこの圧倒的な重量感と柔らかさは! 早く逃げないと恥ずか死んでしまう! こんな物僕のノミの心臓が持つ訳ないじゃないか!
「んん~。アリスちゃんのお尻中々いい形していますネー」
「な、なにするんですか!」
「オゥ。これぐらい向こうじゃ普通デース。同性のお肌の触れ合いは友好の証ですヨー」
「こ、こっちじゃしませんよ!」
「ん~、私の友達は良くやっていましたよぉ?」
「カナデもやりますカ?」
「あはは~。私は遠慮しておきますぅ。ゆっくりとお湯に浸かっていたいですからぁ」
「それは残念デース。カナデは抱き心地良さそうなんですけどネー」
「うふふ~。またの機会という事でぇ」
「ぼ、僕もゆっくりしたいので離してください!」
柔らかい物が! 柔らかい物が!
「仕方ないですネ~」
ミサさんは僕を離してくれる。
目を閉じたまますぐに距離を取ろうとしたが、しかし僕の行動は読まれていたようで今度は背後から捕まった。
「ひぃやぁ!!」
あろう事かミサさんは僕の胸を鷲掴みにしてきた。
「アリスちゃんの方はちゃんと成長していますネー。いい形していますガ、少し柔らかさに欠けマース」
「や、やめっ、やめて!」
ミサさんの手から逃れようと暴れるがミサさんの剛力は僕を離そうとしない。
まるでゴリラかと思いたくなるようなこの握力。僕の胸は押しつぶされ気持ちいいどころか物凄く痛い!
「何をしているんですかミサさん!」
怒声を出したのはフェアチャイルドさんだ。
カナデさんはすでに湯舟の隅の方に逃げている。あの人時々薄情になるな。
「レナスちゃんもやりますカ?」
「やります!」
どういうことなの……。
「……じゃなくてナギさん嫌がっているじゃないですか!」
フェアチャイルドさんが湯舟の中に乱暴な音を立てて入ってきて、僕の身体を強引にミサさんから奪った。
「オゥ。残念デース」
「あ、ありがとうフェアチャイルドさん」
「いえ……大丈夫ですか? ナギさん」
「う、うん」
気のせいかフェアチャイルドさんが近い。近いというか身体をくっつけてきているような気がする。
気のせいだろうか? 彼女の胸?が僕の身体に密着しているように思えるのは。
人間が小さい僕には確認をする勇気は……無かった。
お風呂から上がると僕は火照って赤くなった心と身体を冷ます為に借りた部屋に戻って椅子に座り髪を乾かす。
同じ部屋にいるカナデさんも窓の傍で椅子に座って髪を乾かしつつ外を眺めている。
フェアチャイルドさんとミサさんは同じ部屋にはいない。二人部屋を二つ取って僕とカナデさん、フェアチャイルドさんとミサさんという風に二手に分かれたんだ。
従姉妹同士という事もあって気をきかせて二人を同じ部屋にしたのだけれど、お風呂場での事を考えると心配になってくる。
「二人とも仲良くしてるかな……」
「レナスさんとミサさんの事ですかぁ?」
「はい……」
「大丈夫ですよぉ。レナスさんも本気で怒ってたわけじゃなさそうでしたし~」
「分かるんですか?」
「まぁなんとなく~。お二人と会ってもう二年になりますからね~」
「なんだか長いようで意外と短いですね」
「そうですねぇ。それに加えてアリスさんとは合わせて一年近く会ってない期間がありますからね~」
「ああ、たしかにそうですね。なんだろう……もっと昔からの付き合いのような気がします」
「こうして二人で同じ部屋で過ごすというのも前線基地以来ですねぇ」
「そういえば意外と少ないですよね。僕達が二人でいるっていうのは。大抵フェアチャイルドさんがいるから……」
「レナスさんとはお買い物とかでご一緒する機会は多いんですよねぇ」
「僕は魔獣達の事がありますからね。これからもお世話になります」
「いえいえ~。私も野営の時のお食事とかお世話になっていますからぁ」
身体の火照りが冷めると僕はカナデさんを誘って隣の部屋にいる二人の様子を見に行く事にした。
部屋の扉を軽く叩いても返事が無かったので少し開けて覗いてみるとミサさんがフェアチャイルドさんの機嫌を取ろうとしている場面まっただ中だった。
邪魔をしてはいけないかな?とも思ったが部屋を覗いていた僕達にフェアチャイルドさんが気付き中へ招かれた。
そのまま僕達はフェアチャイルドさんの誘いで昨日と同じく言葉の勉強をする事になった。
そして、余程腹に据えかねたのかフェアチャイルドさんは僕達が退室するまでミサさんと目を合わそうとはしなかった。
どこなのかは言いませんがレナスはいろいろやっているはずなのに成長していません。




