晩酌
ナスがルイスを背に乗せて走り始めたのを眺めていると、魔獣達がいる事を聞きつけた子供達がやって来た。
前に帰ってきた時はまだ小さく今回初めて魔獣を見る子はアースの大きさに目を奪われている。
久しぶりに会った子達はアースにしがみ付いたりヒビキに握手をしたり、僕に対してナスに乗りたいとねだってきた。
ねだってくる子供達に待ってもらう為にライトの魔法で絵本のキャラクターを元にした物を作り出して楽しませておく。
ナスに戻ってくるように言うとナスはすぐに戻ってきてくれた。
「ルイス、この子達もナスと一緒に遊びたいって言ってるから代わって貰ってもいいかな?」
「うー……いいよぉ」
ルイスは嫌そうにはするが素直にナスの背から降りてそばの子と代わった。
「偉いねルイス」
「わたしおねえちゃんだもん。わがままいわないの」
一人称がルーからわたしになってる。この一年で大きくなったんだなルイス。
お姉ちゃん、というのはお母さんが妊娠したという意味ではなく村に残っている子供達の中で上の方になったからだろう。
ルイスは今年で五歳になる。再来年には学校に通う事になる。
時期的にその頃にはグライオンにいて学校に通うようになるルイスとは会えないだろうな。
いや……もしかしたら会うのも今日で最後になってしまうかもしれない。
「大きくなったんだねルイス」
「な、なに?」
僕はルイスを抱きしめる。嫌がるそぶりを見せたのが傷ついたけど、年に一回しか姿を見せない人間にいきなり抱き着かれたんだ。正常な反応だろう。
本当に大きくなった。少し前までは腕の中で抱きかかえられるくらいの大きさだったのに、今では腕だけではちゃんと収めきる事は出来ない。
「ルイス。もう少しだけこうしててもいいかな」
「どうして?」
「僕はルイスのお姉ちゃんだからさ、少しでも長く触れ合っていたいんだ」
ルイスが物心ついてからどれくらい経っただろう。ルイスが覚えている一番最初の僕はいつの僕だろう。
去年と一昨年はルイスは魔獣達やお母さんにくっついててこういう触れ合いをする時間が無かったっけ。
「ルイス。お父さんとお母さんは好き?」
「すきだよ?」
「そっか。僕もね、好きだよ。お父さんもお母さんも、そしてルイスも」
「わたしも?」
「うん。あんまり会えないけど、ルイスの事は赤ん坊の時から知ってるんだ。
僕の初めての妹。大切な妹なんだ。
だからね、ルイス。ルイスには健康でいて欲しい。元気でいて欲しいんだ。そして大きく育ってほしい」
ルイスを抱くのをやめ視線をお父さんと同じ色の瞳に合わせる。
「ルイス。ルイスの瞳はお父さんと同じ色だね。僕よりもそっくりだ。
髪もお父さんと同じ色だね。色は僕も同じだけど、ルイスの髪の軟らかさはお母さんゆずりだ。
目鼻立ちとかはお母さんにそっくり。きっと大きくなったらお母さんみたいな美人さんになるよ」
「ほんと?」
「本当だよ。大きくなったルイスを見るのが今から待ち遠しいよ」
ルイスの頭を髪型が乱れない様に優しく撫でる。
ルイスは両目をつむり僕の行為を受け入れてくれた。
「さて。ナスー、そろそろ戻ってきてー」
ルイスから手を離してから子供を乗せているナスに声をかける。
交代を手早く終わらせるとお次は今まで映していたキャラクターとは別のキャラクターを映し出して交代待ちの子供達に見せる。なかなか好評だ。
子供達を楽しませているとルイスが僕の脚にしがみ付いてきた。
「どうしたの? ルイス」
「ん……おねえちゃんとおはなししたい」
「……いいよ」
少し驚いた。今までこんな事はなかったのに。
でも断る理由はない。僕はルイスを離した後腰を地面に降ろし自分の膝の上に座るようルイスに言った。
僕の膝の上に座ったルイスに僕は問いかける。
「どんなお話をしようか」
「んと……なんでおねえちゃんいつもうちにいないの?」
「えとね、それはね、僕は今いろんな場所に旅をしているからだよ」
「たーび?」
「そう旅。色んな所に行って色んな場所を見て回ってんだ」
「たのしいの?」
「楽しいよ」
「んー……ナスもたのしいのかなぁ」
「きっと楽しんでるんじゃないかな。後で聞いてみようか?」
「うん!」
ルイスと話をしながら魔法を操りナスの交代も管理していると時間はあっという間に過ぎた。
暗くなる前に子供達を帰し、フェアチャイルドさん達とは一旦分かれてルイスと一緒に家へ戻る。
ルイスははしゃぎ疲れたのか今は僕に背負われたままぐったりとしていて、椅子の上に降ろすと眠そうに目をこすりはじめた。
お母さんはすでに料理を始めている。
「ルイス。ベッドの上で横になる?」
「なるー」
ルイスが抱っこして欲しそうに両手を伸ばしてくる。
台所にいるお母さんに聞こえるように大きな声で聞いた。
「おかーさん。ルイス寝ちゃっても大丈夫かなー?」
「うんー。ご飯が出来たら起こすから大丈夫ー」
「よし。じゃあベッドに行こうか。ルイスは今はどのベッドを使ってるのかな」
僕が長期休暇で戻ってきていた頃はルイスは赤ちゃん用の柵のついたベッドを使っていたので今のルイスがどのベッドで寝ているのかは分からない。
「ん……ルーのはね、まんなかの……」
先ほど話していてわかったがどうやらルイスは普段は一人称がわたしで、甘える時はルーになるようだ。
居間の奥に三つベッドが置かれている。仕切りもないこの家の間取りは必要最低限確保されているだけで本当に狭い。唯一玄関以外に存在する扉はトイレの物だ。
別にこの家が特別狭いのではなく、どこの村でも基本は僕の家と変わりない。必要に応じて増築していくのがこの国の村のやり方だ。
そういう意味ではいかにこの家の住人が場所を必要としていないかが分かる。
村に住んでいた頃はよくこんな退屈な所で暮らせるものだと疑問に思っていたが、今ではなんとなくわかる。
仕事があるからと言うのももちろんあるのだろうけど、何より僕の両親は冒険者だったんだ。
着の身着のまま余計な物を持たずに旅をすると自然と退屈という物に慣れてしまうんだ。
僕は本を持ってはいるが歩いている時は持ち歩かない。
フェアチャイルドさん達との会話だって四六時中続く訳ではなく会話のない時間の方が多い。
きっとお父さん達も自分なりの過ごし方を心得ているんだろう。
ベッドの上に置かれたナスのぬいぐるみを渡してからルイスを寝かせつける。
真ん中のベッドは昔僕が使っていたベッドだ。ルイスも同じベッドを使っているんだな。
「おねえちゃん。ナスはー?」
「ちゃんとそばにいるよ」
「ぴー」
「ヒビキは?」
「ヒビキもいるよ」
「きゅー」
「いっしょにねたい」
「ごめんね。それはもっと大きくなってからね」
「うー……どれくらいおおきくなったらいいの?」
「そうだな。ルイスが学校に行っていっぱい勉強していっぱい遊んで、いっぱいお友達が出来て、ナスの背中に乗ったら足が地面につくようになったらかな」
「すぐおおきくなれるかなぁ」
「なれるよ。ルイスは身体の大きなお父さんの娘だもん。絶対大きくなるよ」
「でもおねえちゃんよりレナスおねえちゃんのほうがおっきいよ?」
「……ぼ、僕位大きくなれればナスと寝られるんだよ」
「そっかぁ。はやく……おおきくなりたいなぁ……」
ルイスの瞼は閉じられ少しすると寝息が聞こえてくる。
「お疲れ様ルイス」
ルイスにお布団を被せ僕はベッドから離れ台所へ向かう。
「お母さん。作るの手伝うよ」
「ありがとう。でもそれよりもお父さん呼んでくれる? 帰りが遅いのよ」
窓から外を見てみれば外はもう暗くなっている。
「ああそういえば。もう暗いのにね。分かった。行ってくるよ」
「ああ、場所は前の畑と違うけど同じ方向だから」
「わかった。そう言えば拡張したんだっけ」
「そうそう。それで管理する畑の場所が変わったのよ」
家を出てライトを出し夜を照らす。
周囲を見渡してみると遠くからお父さんが僕と同じようにライトを出し歩いてくるのが見えた。
手を振っている。僕も手を振って答えてから家の中のお母さんにお父さんが帰ってきた事を伝えた後お父さんの元へ向かった。
「お父さん。お帰り」
「おう。アリスも久しぶりだな。どうしたんだ? 外に出て」
「お父さんが遅かったからお母さんが心配したんだよ。どうしたの?」
「ああ。ちょっと途中でハリソンの奴と話し込んだんだよ。お前の事でな」
「僕の事?」
「帰ってきた事と、魔獣の事を聞いたんだよ。相変わらずアースはでけぇみたいだな」
「あはは……今は家の裏の方にいるけど挨拶してくる?」
「そうすっか。他のはどうした?」
「家の中で寝てるルイスを見て貰ってる」
「なんかあったのか?」
「遊び疲れちゃったみたい。じゃあ僕はお母さんの手伝いしてくるね」
「おう」
家の中に戻りお母さんの手伝いをして夕飯の準備が終わるとベッドで眠っているルイスを起こす。
眠そうにするルイスの身体を支え台所の流し台の前へ誘導する。
お母さんはルイスを用意した台の上に乗せて手を取り水を出して自分の手と一緒に洗う。
手を洗い終わると目が覚めて来たのかルイスは少しふらつきながらも歩き自分の子供用のしっかりとした脚の長い椅子にお母さんに補助をしてもらいながら座った。
食事が始まると早速お父さんが今回の旅の話を聞いてきた。
そのご要望に応え僕は素直に今まであった事を教えた。
気球の話になると半信半疑だったが、具体的な気球の仕組みを話すとようやく信用してくれた。
ルイスには乗ってみたいとねだられたが残念ながら気球はワーゲン商会に預けているので持って来ていないのだ。
だけどルイスが大きくなる頃には気球での遊覧飛行を商売にしているかもしれない。
第四階位に上がれた事を話すと素直に喜んでもらえた。しかしその後、僕がお酒を飲んで駄目だった事を話すとお父さんに笑われてしまった。
さらにナスがお酒が好きみたいだと話すとお父さんは食後の晩酌にナスを誘った。
あまり遅くなると村長さんの家に迷惑がかかると言うと、今日は泊って行けと誘われた。
どうやら一緒にお酒を飲みたいらしい。僕がお酒が苦手なのは主に味が原因だから全く飲めないという事はないがどうしたものかと思案した後、これも親孝行の一環かと思い受ける事にした。ただし、食後村長さんの家に行って僕はこの家で泊まる事にしたと伝えに行かなくてはならない。
それに勝手に決めた事をフェアチャイルドさん達に謝らないといけないな。
話の本題。これからの事について話すと両親からは頑張れとの激励の言葉を貰った。
もうちょっと心配してもいいんじゃないかと口を尖らせて聞くと真剣なまなざしで心配していないわけがないだろうと怒られてしまった。
だけど魔の平野を越える気だと知ってからもうとうの昔に覚悟を完了させてしまっていたようだ。
いたたまれない気持ちになりつつ謝るとこんな事でいちいち謝るなと怒られた。
なので感謝の言葉を述べておく。
話が終わるとご飯を食べ終わったルイスがお母さんに口の周りを拭かれながら僕に聞いてきた。
「おねえちゃんつぎはいつかえってくるの?」
「次はまた年末かな。その時は多分アイネと一緒に帰ってくるよ。運が良ければまたすぐに会えるかもしれないけど……まぁ依頼がどうなってるか次第だね」
グランエルで依頼が無かった場合はリュート村には寄らずに北上していくつもりだ。
もしもグランエルの東の前線基地からの仕事があればまた寄る事になる。
食事を終えた後片づけをお母さんに任せ僕は村長さんのお家に向かった。
村長さんに会い、今日は実家に泊まる事を伝え、お金を返してもらう。
その時一緒にいたフェアチャイルドさんとカナデさんに謝ってから家へ戻った。
家に戻るとすでにルイスが寝かしつけられていて晩酌が始まっていた。
ヒビキは飲めないのでルイスと同じベッドで既に寝ている。
「そう言えば僕はどこで寝ればいいの?」
「俺と一緒に寝るか?」
「駄目よ。お父さんと寝たら潰されちゃう。お母さんと一緒に寝なさい」
「そうするよ」
席に着くと僕の分のお酒がコップに注がれた。どうやらお土産に買ってきたお酒みたいだ。
一口飲んでみるがやはりだめだ。口の中を焼く感触が慣れない。
対してナスは本当に美味しそうに飲んでいる。
「なんかもうナスは俺の息子だな」
「娘じゃないの?」
「魔獣に性別はないよ」
「でも魔獣になる前はあったでしょ?」
「覚えてないみたい」
その日の親子三人の……いや、親子三人と一匹の晩酌は遅くまで続いた。




