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昇位試験

 カナデさんから手紙が届いた。どうやら無事に友人と会って和解できたらしい。

 一度実家に寄ってから首都に戻る事にしたとの事で会えるのは二ヶ月先になるだろうと手紙には書いてあった。

 僕はフェアチャイルドさんと相談をして、カナデさんが帰ってくる時期に合わせてダイソンに行く事を決めた。

 時期的にパパイの時期であるし、昇位試験を受けられるようになる時期でもあるのだ。

 カナデさんを待ちつつダイソンで昇位試験を受ける。その後に首都にカナデさんに一度気球を見せるために戻ってその後帰郷する事も決めた。

 そして、その事をアールスに話すと悲しげな顔をされてしまった。

 悲しげな顔を見たら行くのをやめようかとも思ってしまったが、一度決めた事をそう簡単に覆したら教育に悪いと思い直ししっかりとアールスの瞳を見た。

 視線が合うとアールスは首を横に振って悲しげな顔をやめて微笑みを浮かべて僕の手を取り強く握って仕方ないよね、とつぶやいた。


 首都を発つまでは時間がある。

 僕とフェアチャイルドさんは少しずつ出立の準備を進めた。ガーベラやユウナ様達友人を初め知り合いやお世話になった人達への挨拶を済ませ、作った気球はアールスの小母さんを通してワーゲン商会に貸し出しと言う形で預かって貰った。

 すでにワーゲン商会の方では小型の試作機が出来ているらしいが、やはり実際に何度も空を飛んだ気球を直に見て比べながら作った方がはかどるらしい。

 貸し出す際にワーゲン商会の人達に扱い方を覚えてもらう為に実際に飛ばす所を見せたり乗ってもらいもした。

 気球を膨らませるまでの手順を丁寧に説明したが実際に乗せる段階になると堕ちないかと皆非常に怖がっていた。

 考えてみればそれも当然だ。今までの歴史にない史上初の空を飛ぶ乗り物に平気で乗れる人がどれだけいるだろう。

 フェアチャイルドさんは小型の実験機の頃から気球を見ていたのである程度は信頼してくれていたんだろう。

 そう考えると恐れを見せずにいたアールスと小母さんは貴重な人材と呼べるかもしれない。


 一通りの準備を終えたら仕事や訓練をしながら時が来るのを待った。

 仕事は相変わらず第二階位の仕事を受けている。食事処の給仕のような長期のものではなく短期で終わる物を主に選んで。

 訓練の方はアールスやガーベラに手伝って貰った。

 相変わらずアールスには中々勝てないしガーベラも手合わせするほどに腕を上げていくので油断なんてできない。

 フェアチャイルドさんは魔法戦はともかく武器を使った接近戦となるとまだまだ手加減をしなければ訓練にならない。

 だけども筋は悪くなく訓練を続けていけばいずれ僕に追いつく事は出来るだろう。

 フェアチャイルドさんは堅実な子だから失敗や欠点は時間がかかっても直してくる。そんな所が僕にそっくりだとアールスは笑ったっけ。

 果たしてそうだろうか? 僕は彼女ほど勤勉ではない。そっくりと言われても照れ臭いだけだ。


 出立の日になるとアールスとガーベラが要塞の門の前まで見送ってくれた。

 別れ際アールスは僕、フェアチャイルドさんと順番に抱きしめ別れの言葉と再会の約束を交わした。




 首都を発って一ヶ月程でダイソンに着いた。

 今回は特に急いでいないのでアースに乗って移動する事はなかった。思えばいつもは急いでいてアースに乗らないでダイソン入りするのは初めてだ。

 通り道にあるウルキサスでカイル君に合おうとしたのだがまたもや会う事が出来なかった。今回も事前に手紙を出していたのだけど待ち合わせの場所にカイル君はおらずいくら待ってもやってくる気配が無かったので仕方なく兵舎に向かった。

 そこでカイル君は一週間前に実家に帰っていると聞かされた。どうやら年末年始は家族と過ごすらしい。どうもタイミングが合わない。

 仕方なく僕らはウルキサスを後にした。


 ダイソンに着くと僕らは魔獣を預け宿を取った後すぐにカナデさんの実家へ向かった。

 カナデさんの手紙からするとまだ二週間は余裕はあるはずだが念の為に帰ってきていないか確認しておく。

 ご両親に挨拶をしてまだ帰ってきていない事を確認した後僕達はダイソンでのお約束であるパパイを買いに向かった。

 今は旬真っ盛り。大量に作っているのか売り切れているという事もなく普通に買う事が出来た。

 魔獣達の分も買ったので小屋で食べようとフェアチャイルドさんを誘うと小屋ではなく前と同じ公園で食べたいと言い出した。

 理由を聞くとうるんだ瞳で駄目ですか? と聞いてきた。

 どうやら女の武器を覚えてしまったようだ。その武器は僕によく効く。特に相手がフェアチャイルドさんなら。

 公園には思い出もある。否とは言えなかった。

 公園で椅子に並んで座りパパイを食べていると前に食べた時の事が思い起こされた。

 あの時はフェアチャイルドさんの頬に付いたパパイの欠片を僕が取って食べたら驚かせてしまったんだ。同じ轍を踏む訳には行かない。

 またフェアチャイルドさんの頬に欠片を見つけたが、今回は普通に教えるだけに留めた。

 フェアチャイルドさんはまた僕の口元に付いていた欠片を取って食べたけれど。

 

 旅の疲れを癒す為に数日休んだ後に僕達は冒険者自由組合へ向かった。

 防具は訓練で使用してくたびれていたので一新してある。

 僕の体調は悪くない。フェアチャイルドさんは体調があまりすぐれないが、今のうちに受けないとフェアチャイルドさんは月のものの関係でしばらく体調がすぐれなくなる。何とか今回の試験で昇位したい所だ。

 幸いと言っていいのかは分からないが僕にはまだ月のものは来ていないので時期で体調が変わるという事はない。

 その代わりという訳ではないだろうが、この頃夜になると下半身の至る所が痛む。

 アナライズで調べた結果成長痛のようだ。これはフェアチャイルドさんを抜く日も遅くはないだろう。……そういえば彼女が成長痛で苦しんでいる姿を見た事がないような?


 組合の受付で昇位試験を受ける手続きを済ませると組合員の人に試験をする為に訓練場に案内された。

 試験が行われる訓練場は組合の建物の野外に併設されており、壁と結界によって囲まれている。

 試験は順番に行われるらしい。組合員に促され最初に出たのは僕。

 相手の試験官はまだ訓練場には来ていない。

 手続きの際に戦い方を選べるので僕は事前に考えていた通り剣と魔法を使った何でもありの試験を望んだ。

 剣だけ、魔法だけ、どちらかだけと言うのは僕にとっては万全の力を発揮する事は出来ない。

 どちらかというと魔法寄りではあるんだけど。

 器用貧乏と言う事なかれ。僕は魔獣達に指示を出しながら仲間を守る役割を担う為にあらゆる状況に対処できなければいけないのだ。

 フェアチャイルドさんの方は精霊魔法のみで一応登録している。彼女の体術がどれほど通じるのか気にはなる所だけれど、あくまでも受かるのが目的。腕試しをする場ではない。

 考え事をしているうちに僕の試験官がやって来た。


「初めまして。可憐なお嬢さん方。僕はアリス=ナギの試験官を務めるチェスター=クロウホードだ。どちらが僕の試験を受けるのかな?」


 細面の整った顔立ちの試験官は一見線の細い美青年だ。

 身体を覆いつくす服のお陰で筋肉のつき方が隠されているが、こちらへ歩いてきた姿を見ただけでその体幹の良さは見て取れた。

 動きに乱れどころか僕では隙を見つけ出す事も出来ない。


「私がアリス=ナギです」


 一歩前に出て名乗り出るとクロウホードさんは頷いてから訓練場の中心に来るよう手招きしながら歩き出した。

 クロウホードさんの後について来て訓練場の中心。お互いに五ハトル程の間合いを開けて向かい合う。


「君は剣と魔法なんでもありだったね。なるほど剣と盾を使うのか。魔術士らしいがよかったのかい?」

「私は魔法よりではありますが盾の扱いでは負けていないと思っています」

「なるほどね……じゃあ始めようか。審判。開始の合図をくれ」


 クロウホードさんがそう言った一呼吸の後審判が試験開始の合図を出した。


「さあ……ぐえぴ!? あばばばばっ!」


 クロウホードさんが悶え始める。

 僕はその隙に間合いを詰めて木剣を首筋に当てた。


「審判。勝負はついたと思いますが」


 あっという間の出来事に呆けていたのか審判は僕の言葉でようやく勝負ありと声を上げてくれた。

 サンダー・インパルスを解きクロウホードさんにエリアヒールをかけておく。


「大丈夫ですか?」

「あ……ああ……いまのはいったい」


 痺れているのか口が上手く回っていないようだ。


「私の秘密の手です」


 サンダー・インパルスの為になんでもありを選んだんだ。

 魔法だけだと魔法が得意な……それこそユウナ様程の魔力(マナ)を蓄えている人間が出てくるかもしれない。

 ユウナ様位の魔力(マナ)の量があると相手の体内に魔力(マナ)を潜り込ませる事が出来ない。

 だから僕は確実に試験で勝てるようにある程度魔力(マナ)が少なそうな人間が出てくる何でもありを選んだんだ。

 武術だけを選んだらサンダー・インパルスを使えないしね。


「力では勝てないだろうと思い使いましたが、どうでしょうか? 反則ではないと思うんですけど……」


 とはいえ結構えぐい攻撃なので受験者の力を見る目的であろうこの試験。これだけで合格がもらえるだろうか?


「いやいや、何でもありだから問題ないよ。冒険者たるもの確実に勝てる方法があるのなら使うべきだ。

 僕も昔昇位試験を受けた時似たような事をしたからね。

 この試験は問題なく合格だよ。

 ああ、それと回復魔法ありがとう。大分楽になったよ」


 クロウホードさんは女性が見れば一発で落とせそうな笑顔を見せるが僕に特に思う所はなかった。

 こういうイケメンを見るとやはり僕は身体は女の子でも中身は男なんだな、と再認識させられる。


「いえ、当然の事をしたまでですよ」


 笑みを浮かべて返す。

 回復しきるとクロウホードさんは立ち上がり審判の元へ行き言葉を交わした後僕の方に向き直って宣言した。。


「アリス=ナギは昇位試験の一次試験は合格とする。二次試験の日時は明日教えるから、明日組合に絶対に来てね」


 二次試験と言うのは実際に管理されている魔の領域に試験官と一緒に向かい魔物退治するというものだ。

 一応研修も兼ねていて魔物に対する知識を試験の最中に教えられる。

 魔獣も連れて行っていいのだが、一度は必ず自分の手で魔物を倒さないといけないらしい。

 とりあえず試験が終わりフェアチャイルドさんの所へ戻る。


「ナギさん。おめでとうございます。さすがですね」

「ありがとう。次はフェアチャイルドさんの番だ。一緒に合格しようね」

「はい!」

 昇位試験はあくまでも通過点にしか過ぎないのでどうしてもナギが勝率の高いこの手を使わない理由が思い浮かばずあっという間に試合が終わってしまいました……。

 基本的に魔力(マナ)はヒビキクラスまで伸ばすのには魔法使い系の職業に就いていなかったり固有能力が無かったら何十年もかかります。

 時間がかかる理由は魔法を日常で使わなければ不便極まりなく魔力(マナ)を空にしにくいからです。

 それこそ一流の魔法使いを目指しでもしない限りは寝る前に消費しておくと言うのが基本となり、冒険者ともなると野営などで寝る前に魔力(マナ)を空にするというのは危険な行為ですのでさらに魔力(マナ)を空にする機会がなくなります。

 ナギの魔力(マナ)量が平均の二倍あるのは幼い頃からこつこつと魔力(マナ)を増やしていたからですが、アールスとの差がついているのは不便を承知で魔力(マナ)を日中でも空にしていた事で差が出ました。

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