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完成

「できたー」


 一ヶ月。結局作るのに一ヶ月かかってしまった。

 もうちょっと早く出来るかなと思っていたのだけど、事故や事故後の報奨金の受け取り、ユウナ様の呼び出しやアールスとのお出かけなどで作業が遅れてしまった。

 魔獣達の散歩だってやらないといけないし、やる事が多すぎるのだ。


「ぴーぴー」


 ナスが作業を終えて疲れた僕をねぎらってくれる。


「う~、ありがと~ナス~」


 ナスのもふもふに溜まっていた精神的な疲れが癒されていく。


「きゅー」

「んふふ。ヒビキもおいで~」

「きゅー!」


 ああ、癒される。もふもふに囲まれ僕今とっても癒されてる。

 

「むー……ナギさん」

「あれ? フェアチャイルドさんいつの間に来てたの?」

「最後の仕上げを終えた時にです」

「ああ……ついさっきか。ごめんね気づかないで」

「疲れてるなら宿に戻って寝た方がいいと思います」

「いやいや。大丈夫だよ。ちょっとこのままナスとヒビキに囲まれていればすぐに元気になるよ」

「むむむ……」

「そうだ、フェアチャイルドさん。明日もお仕事ある?」

「はい……あります」

「そっか……実験にサラサとライチーに来て欲しいんだけど大丈夫かな?」

「私は問題ないです。お二人はどうですか?」


 フェアチャイルドさんがそう問いかけるとサラサが姿を現した。


「大丈夫よ。ついにいよいよ人間が空を飛ぶ日が来るのね!」


 サラサは目を輝かせるが、僕は苦笑しつつ首を横に振った。


「まずは安全を確かめてからじゃないと。籠は荷物用の奴をそのまま使うから耐久性も確かめておきたいし」

「そう……残念ね。でもいいわ。気球が出来たらレナスと一緒に空を飛べるんだもの」


 いつもは年上の女性の雰囲気を漂わせているサラサも気球の事となるとまるで子供のようになってしまう。それだけフェアチャイルドさんと一緒に空を楽しみたいのだろう。


『ナギー。わたしなにするのー?』

「前にナスと一緒に光に色を付けるのやったよね? ライチーにはあれを使って気球を周りの人から見えないようにしてほしいんだ。

 ナスじゃ範囲的に無理だからライチーにしか頼めないんだけど……どうかな?」

『わたしにしかできない? やる!』

「じゃあお願いね」


 こうして僕は仕上げとして精霊達と協力し試作品の気球を何度も飛ばし修正点を洗い出した。

 最初は小型の時と同じようにサラサだけを乗せて気球を飛ばそうとしたが、縫い付けが甘い所が見つかり持ち帰って縫い直す事になった。

 気球を飛ばす事が出来ると次は籠に重しを乗せて飛ばす。最初は人と同じくらいの重さで試したら籠の底が抜けた。

 早速鍛冶屋に行って籠の補強を頼むと数日待つ事になったが、かなり強化され人十人分の重さでもびくともしなくなった。

 次に魔法石に込められる魔力(マナ)を増やそうと思った。どうせだから火力を上げて膨らませる速度を上げてみようと思ったのだ


 使う物は別に石でなくてもいいんだけど、炎を出す魔力道具(マナアイテム)を木材で作るわけにもいかない。

 小母さんに頼んである程度の大きさのある魔創石か魔障石が手に入らないかを聞くと、首都では大きな魔創石を専門に扱っているお店があるという事を教えて貰えた。

 どうやら錬金術や魔法の高等学校に通っている学生が個人的に使う為需要があるらしい。

 首都だけではなく高等学校がある都市では珍しくないとの事だ。

 二年も冒険しているがまだまだ都市の事で知らない事があるものだ。


 小母さんに教えて貰ったお店は地味な作りで軒先に店の小さな看板がぶら下がっているだけで後は周りの建物と大差のないつくりをしていた。

 そこで目的の大きさの魔創石を購入し早速加工して気球に取り付け実験してみるとちゃんと火力が上がり膨らむ速度も上がって無事浮き上がった。

 一通りの実験の終わりに僕と精霊達は両手を上げて喜んだ。

 最後に僕が乗って実験すればアールスと小母さんに見せる事が出来る。


 気球の風船部分を膨らませた後僕はヒビキを抱き気球へ乗り込む。

 ヒビキを乗せるのは気球に異変が起きた時ヒビキの持つ特殊スキル『フレア・バード』で逃げる為だ。

 フレア・バードは僕自身も使えるが温度ばかりはどうにもできない。 フレア・バードの原理は高温の炎で上昇気流を生み出し、気流を魔力(マナ)で操り飛ぶというものでかなりの力技だ。

 ヒビキは小さい為簡単に跳ぶが僕自身はどうだろうか?

 昔試そうとした事があるが火傷を負う結果になってしまった。

 その点ヒビキならば僕を火傷させずにフレア・バードを自由に操り飛ぶ事が出来ると思いたい。少なくとも落下速度は抑えられるだろうか?

 一応下にはアースも待機しているので大丈夫だと信じたい。

 気球を地面に繋ぎ止めているロープをサラサとライチーに外してもらいいざ空へ。

 気球は順調に高度を上げていく。


「ヒビキ、僕今飛んでるよ」

「きゅー!」


 地面を見ればアースとナスが徐々に小さくなっていく。なんだか速度が速い気がして少し怖い。

 僕は試しに魔法石に送り込んでいる魔力(マナ)の量を細かく調整して上昇する速度を緩やかにする。


「ナギ、どう? 空のお散歩は」


 籠の縁にサラサが腰かけて問いかけてくる。

 答え? そんなの決まってる。


「すっごく興奮してる! 自分の手で飛べたんだ……こんなの嬉しくないわけがないじゃないか!」

「ナギ、あなた本当にすごいわ。前世の知識があるとはいえ誰もやった事の無い事を実現させたんだもの」

「知識を残してくれた偉大なる先人に感謝の気持ちで一杯だよ。

 最初に気球を作った人の名前は知らないけど……その人のお陰で僕は今こうやって気球を作り上げる事が出来たんだ」

「ナギ、他にも何かないの? 役に立つ発明は?」

「さすがに……ぱっと思いつくもと言えば自転車かなぁ」


 昔理科の実験で作ったコイルとかは仕組みは簡単だけど、何に使うのか僕にはちょっと思いつかない。


「自転車?」

「うん。二つの車輪を使って作る乗り物だよ」


 僕は自転車の簡単な図をライトで再現しサラサに見せる。


「変わった乗り物ね。人しか乗せられないんじゃない?」

「人が遠くに行くための物だからね。籠とかをつければ一応小さな荷物位は載せられるけど……材料がね。金属で作らないと耐久性に難があると思う」

「でも金属って貴重品よね?」

「うん。特に曲がっちゃったら意味ないからそれこそ丈夫な鉄とかじゃないと駄目だと思う」

「実現は難しそうね」

「作る事自体はそんなに難しくないと思うんだけどね。

 ああ、でもそうか……車輪にはゴムっていう弾力のある素材を付けないといけないんだけど……ないんだよね。ゴムも、ゴムの替わりになりそうなものも」


 少なくとも僕は替わりになりそうな物をこの国で見た事がない。魔の平野を越えれば見る事が出来るのだろうか?


「あと空を飛ぶ関連なら飛行機とパラグライダーかな」

「まだあるの?」

「うん。といっても飛行機の方は多分完成品が出来るのにすごく時間がかかると思う。旅の片手間に出来る様な物じゃないよ」


 鳥人間コンテストを見た時の記憶をシエル様に掘り出して貰えれば外見は真似る事は出来るだろうけど……細かい所までは絶対に無理だ。


「じゃあパラグライダーと言うのは?」

「こっちは安全面の確認が難しいと思う。構造は単純なんだ。丈夫な布と軽くて丈夫な棒さえあれ出来そうだから。

 それにパラグライダーは高い所から滑空する物だから高い場所のないアーク王国じゃ実験しにくいよ。

 まさか都市の中の時計塔で実験するわけにもいかないし」

「色々と条件があるのね」

「うん……やるとしてもまぁ旅が終わってからかな」

「……終わりが来るのかしらね。アールスについて行って」

「……」


 気球の試験飛行が終わると僕は早速小母さんに報告しに街に戻る事になった。

 気球は風船部分を籠に畳んで入れてから台車に乗せてアースに引いてもらう。

 ようやく気球が出来た事で気分が高揚しているのが自分で分かる。

 思わず鼻歌を歌ってしまう。

 僕の鼻歌につられてかナスが歌い出す。昔ミリアちゃんに教えてもらった歌だ。ライチーとヒビキもナスのリズムに合わせて歌い始めた。

 アースはそんな光景を目を細めて見つめている。まるでお母さんが遊んでいる子供を見つめる様な保護者の目だ。


 街に戻ると一先ず魔獣達と気球は小屋に。

 今の時間はまだお昼を大分過ぎたおやつ時なので、今小母さんの家に向かっても仕事でいないかもしれない。

 小母さんの今の仕事は主に住んでいる集合住宅の管理とコネづくりの為在宅時間ははっきりとしていない。なので一先ずお昼を食べて夕方アールスが小屋にやってくるまで待機する事にした。

 食事処で料理を待っている間サラサにフェアチャイルドさんの様子を聞いてみた。

 すでに気球が空を飛んだ事は伝わっているはずなので反応を聞きたかった。


 サラサによると気球が無事に飛んだ事を喜んでくれた後すぐに自分も乗りたいと羨ましそうにしていたとか。帰ってくるのが楽しみだ。

 食事が終わると僕は少し市場を見て回って魔獣達のおやつを購入する事に決めた。

 今日は気球が人を乗せて飛んだ記念すべき日だ。大いに奮発しよう。

 どうせだからいい物を作ろう。

 調理場所は預かり施設の一角を借りる事が出来るのでそこで作る事が出来る。

 まず最初にフェアチャイルドさんの好きなアップルを探す。今の時期だと高いが今日はお祝いなんだ。沢山買ってジュースやパイもどきを作ろう。


 ナスは野菜が好きだ。特に根野菜のように歯ごたえのあるものが。アップルでもいいのだけど、野菜スティックを用意すれば喜んでくれるだろう。

 アースは甘い甘い果物が好きだ。アップルも好きな物に入るがやはり大きな果物を用意した方がいい。アースの大きさではアップルでは小さすぎて量がいる。

 今の時期なら見た目へちまによく似た果物が旬だ。名前はカープといって、薄い皮にバナナのような柔らかく甘い果実が特徴の果物だ。皮ごと食べられるのでアースには丸ごと上げても平気だ。

 ヒビキの好物はやはり鳥らしく虫だ。特に幼虫みたいな柔らかくて中身がとろりとした物が好きらしい。旅の最中でも幼虫を見つけると抱いていた腕から飛び降りて食べに行ってしまう事があった。

 虫食は一般的ではないが都市によってはある。首都にも数は少ないが虫の煮物や姿焼きなどが売られていたりするのだけど、どれも成虫ばかりだ。

 ヒビキは成虫も食べるので問題はないのだが、やはり少し寂しい。


 なので成虫は一応買っておくが少なめに。代わりによく似た触感のお菓子を買っていく事にした。

 そのお菓子は練り菓子で中身に甘い蜜が入っている高級菓子だ。一度買って食べさせてみた事があるが、どうやらすごくおいしい虫と似た食感と味らしい。虫に似た味の高級菓子とはいったい……。

 アールスの分も用意しなくてはならないけど、フェアチャイルドさんと同じ物を用意すれば大丈夫だろう。今日もアールスは小屋に来るだろうからアールスの分を用意しないなんて選択肢は存在しないのだ。

 ただ、アールスの分は夕飯が食べられないほど食べ過ぎない様に量は控えめにしないといけない。


 材料やお菓子を荷車に乗せて小屋に戻ると魔獣達が食材の匂いを嗅ぎつけたのか顔をこちらに向けてくる。

 つまみ食いしない様に言いつけた後料理に必要な材料と料理器具を持って僕は受付に行き料理の許可を貰う。

 預かり施設では普通の動物も預けられる事から、動物達の食事を用意する為の空き地がある。

 ちゃんとした料理用の機材は無いが自分で持ってきた分で十分だ。


 まず最初にパイもどきを作る。何故もどきなのかと言うと、パイ生地ではなくキャディに使われている生地を使っているからだ。パパイを参考にしました。

 そもそも僕はパイ生地をどうやって作るか知らないから再現が出来ない。僕の記憶の中にも作り方はなかった。パイの作り方なんて興味なかったから当然だろう。

 キャディ生地を作った後薄く伸ばしてから折り畳み何層にもしてから四角く切った物と細長く切った物に分け、四角い生地に具材を乗せてから細長い生地を格子状になる様に乗せてから魔法を使いふっくらと膨らみ焼き色がきつね色になる様に焼き上げて完成。

 出来上がったパイもどきを味見してみる。僕の遠い記憶にあるパイとは似ても似つかない硬さだが、味と歯ごたえは悪くない。ぼろぼろと落ちそうになるが繋ぎが甘かったのだろうか? まぁ手作りなら許容範囲内だろう。


 パイもどきが終わるとお次は野菜スティックを作る。こちらは簡単だ。良く洗って細く切るだけだから。

 野菜を切っている途中サラサにフェアチャイルドさんが小屋にやって来たと教えてもらったので彼女に小屋の中で食事する用意をしてほしいと伝えて貰った。

 最後にジュースを作って出来上がった物を小屋に運ぶ。

 フェアチャイルドさんの方の準備は終わっており後は出来上がったお菓子と飲み物を用意された敷き物の上に並べるだけだ。

 アップルパイもどきを見たフェアチャイルドさんの目が輝いた。

 格子状の生地の隙間から見える具材が何なのか理解したのだろう。

 お菓子を並べ終えるとちょうどアールスがやって来た。


「なぁにこれ?」

「いい所に来たね。今日はちょっとしたお祝いなんだ。アールスの分もちゃんとあるよ」

「え? お祝い? なんの?」

「んふふ。それはまぁおいおいとね。とりあえずこっち来なよ」

「う、うん」


 アールスを手招きで誘い小屋の床の真ん中の敷き物の上に座ってもらう。

 アールスにカップを手渡してポットからアップルジュースを注ぐ。全員分のカップに注がれると一旦ポットを置き自分のカップを片手に取り掲げる。


「えー、今日ようやく今までの苦悩が実りました! 乾杯!」

「乾杯。お疲れ様ですナギさん」

「か、乾杯? え? 何があったの?」

「まぁまぁ細かい事は後にして今日はお菓子用意したんだ。食べてよ」

「う、うん」


 僕はカップの中を空にするとまず最初にカープが山盛りに入った箱をもってアースの所に行く。


「はいアース。今日はお祝いだからね。一杯食べてね」

「ぼふっ」


 最初のカープは僕が手に持ってアースの口の中に入れる。

 アースはよく噛み飲み込んだ後もう一度催促してくる。


「んふふ。たんとおたべー」


 二個目のカープを食べさせると僕のズボンの裾が誰かに引っ張られた。横を見てみるとナスがいる。野菜スティックは自分で取って食べられるはずだけど僕に食べさせてほしいんだろう。愛い奴め。


「ナスも食べさせてほしいの?ちょっと待ってね。取ってくるから」

「ぴー」


 ついでにヒビキののおやつも手に持っておく。

 お菓子を見て涎を垂らしているヒビキを手招きしてナスの横に並ばせて持っているおやつを二匹に見せる。


「これがナスとヒビキのおやつだよ。ナスの方が野菜で、ヒビキの方が姿焼きね」

「きゅー!」

「ぴーぴー」


 ちなみにこの姿焼き。蜘蛛である。しかも結構大きい。

 僕は試しに食べた事があったがぱりぱりしていて塩味が効いて結構おいしいのだ。これを食べた時のフェアチャイルドさんの蔑む様な眼は今でも忘れられない。カナデさんは普通に一緒に食べてくれたんだけどな。


「ぼふっ」

「あっ、アースも欲しいのじゃあ今」

「あっ、アースさんの分は私がやります」


 アップルパイもどきを頬張っていたフェアチャイルドさんが立ちあがりアースの近くに寄ってカープをアースに渡す。


「じゃあ私ナスの分やるよ。このままじゃナギ食べられないでしょ?」

「二人ともありがとう。じゃあ頼もうかな。アース。移動して敷き物の近くに来てくれる?」

「ぼふ」


 蜘蛛の姿焼きを見るとフェアチャイルドさんは眉を顰めるので見えない様に気を付けてヒビキに渡す。

 アールスは蜘蛛の姿焼きは平気なようで味見をしようとしたがフェアチャイルドさんに止められてしまった。後で売っている所を教えておこう。

 姿焼きが無くなり本命の練り菓子を出すとアールスが目を見開いて驚いた。

 高級菓子だ。アールスの驚きも真っ当な物だろう。しかもこれはヒビキ用に買ってきた物だ。

 ヒビキに与えると羨ましそうに見て来たので一つ渡すと喜んで一口食べた。すると美味しそうな声を上げたので、ヒビキの好きな虫の幼虫に似た食感と味だという事は秘密にしておこうと胸に誓った。

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