必要は発明の母
屋敷に着くと僕は前と同じ部屋に通されユウナ様は早速自分の作った魔法陣を僕に見せて来た。
「へぇ……きれいな魔法陣だね」
「どんな魔法か分かるかしら?」
「う~ん……一見すると水の魔法だけど」
僕は魔法陣にかかれた神の文字を読み解いていく。
いくつか見覚えはあるが意味までは覚えていない文字がある。今年の分の教本は最後まで目は通してはいるのだけど、さすがにまだすべてを覚えている訳ではない。
「多分水の鳥を生み出す魔法かな? 用途は水に光の魔法で色を付けてるから多分見世物的なものだよね」
「あら、よく分かりましたのね」
感心したようにしながらユウナ様は部屋の中に水で作られた色とりどりの鳥を宙に生み出し旋回しているように操って見せた。
「暑い夏。少しでも涼やかな気持ちになれるよう手慰みで作った魔法ですの。
……アールスに見せたら相手を窒息させる魔法、と答えましたわ」
「そこは仕方ないよ。わざわざ魔法陣を一から作って目的が鑑賞目的だとは思わないでしょ」
「ナギも無駄だと思いますの?」
「僕は思わないよ。人の発展はこういう些細な事からもたらされる事だってあるんだ。必要は発明の母。人は欲しいと、必要だと願い色々な工夫をして来たんだ。
例えば僕が今着ているバロナ。寒さや暑さをしのぐだけならこういう意匠にする必要はないんだ。だけどヴァローナ様が欲しいと願ったから生まれ、今の時代まで愛され続けているんだ。
人の試行錯誤に必要のない物なんて何もない。僕はそう思うよ」
「ナギならそう言ってくれると思いましたわ。思いのほか語ってくれましたが。
必要は発明の母……ふふ、面白いたとえをするのですわね」
「僕が考えたたとえという訳じゃないんだよ。ただどこかで聞いた言葉が妙に耳に残っていただけなんだ」
「ありますわよねそういう事って。さぁ、他の魔法陣も見ていきましょう」
ユウナ様は微笑みを浮かべながら魔法陣の書かれた紙を僕に進めてきた。
「じゃあ僕の方も」
そう言って自分が作った分をユウナ様に渡す。
一つを除いて改良しただけの物だからどんな評価をユウナ様は下すだろう。
緊張しながらユウナ様に渡された魔法陣を読み解いていく。
紙越しにユウナ様の表情を窺ってみると機嫌は良さそうだった。悪くはなかったのだろうか?
お互いにいい所や悪い所を指摘し合い魔法談義は花を咲かせた。
そして、評価し終わると話は髪の話へと移りバロナの話題へと変わっていった。
気づけば窓から見える空が赤く染まり始めていた。
「ああ、もうこんな時間だ……そろそろ」
「……ナギ」
「うん?」
「貴女と色々と話せて今日は楽しかったですわ」
「僕も楽しかったよ」
「ねぇ、ナギ。教練場を発つ日が来たらわたくしと共に魔法の研究をしませんこと?」
「え?」
「どうかしら?」
「……ごめん。折角のお誘いだけど僕にはやりたい事が他にあるから」
「そう……なら仕方ありませんわね」
僕が首を横に振ると答えを予想していたのかユウナ様は残念そうに目を伏せるがあっさりと引き下がった。
「女性の身で冒険者になる位ですものね。なにか成したい事があるのでしょう。
ナギはどうして冒険者になりましたの? 誘いを断られたのだからそれ位は教えて欲しいですわ」
「僕は……最初のきっかけは手に入れたい物があったからなんだ」
「手に入れたい物ですの?」
「うん。だけど成長するにつれて現実的な物じゃないって分かってさ、今は殆ど諦めてるんだけど……今でも心のどこかで諦め切れていないんだ」
「それで冒険者に?」
「それだけじゃないよ。僕はね、フェアチャイルドさんと約束したんだ。
いつその約束を果たせるか分からないけど……それでも約束を果たしたくて冒険者になる事を決めたんだ」
「どのような約束かは分かりませんが、約束一つに自分の人生をかけるなど随分と酔狂なのですわね」
「……ついでに僕の目的の物も見つかるかもしれないからね」
「その探している物とは何ですの?」
好奇心の色が隠しきれないユウナ様のその問いに答えるべきか僕は迷った。
男になる方法なんて素直に答えても気持ち悪がられるだけかもしれない。馬鹿にされて笑われるだけかもしれない。
「それはちょっと言いにくい物なんだ」
「力になれるかもしれませんわよ?」
「ごめん。多分無理だと思う」
「……ならいいですわ。この話はやめにしましょう。
ウェルター。馬車の準備を」
「あっ、歩いて帰るから馬車はいらないよ」
「いけませんわ。もうじき暗くなるというのに一人で歩いて帰らせるなど私の名に傷がつきます」
上流階級の習わしについては明るくないけど、たしかに一般的に考えても女の子を暗い道を一人で帰らせるというのはあまり良くない事だ。
名に傷がつく、という事はきっと社交界で悪い噂が立ってしまうのかもしれない。
僕のような木っ端の人間はユウナ様の名誉に傷をつける様な真似は慎んだ方がいいだろう。
「そっか……そういう事なら仕方ないな。ありがたく受ける事にするよ」
「貴女のそういう素直な所、好ましく思いますわ」
ユウナ様はくすりと笑い散らかっていた紙をまとめた。
僕も自分の持ってきた魔法陣の書かれた紙を確認しておく。
帰る支度を終えて馬車の準備が終えるまでもう少しだけユウナ様と言葉を交わした。
そうして時間をつぶし馬車の準備が終わるとユウナ様は護衛の一人を付けようとしたがさすがにそれは辞退させてもらった。
さすがにユウナ様の護衛を借りる訳にはいかない。
僕に付けてもしも事があったら僕自身が非常に悲しいし自分を許せなくなる。それにいくらユウナ様の命令とはいえ職務を全うできなかったら護衛の人も苦しい思いをするだろうし、それこそ護衛の人の名に傷がついてしまうと説得をして納得してもらった。
名残惜しさを断ち切って別れの挨拶をすると、護衛の人も軽く会釈をしてくれた。
僕がその護衛の人にも笑顔で応えると何故かその護衛の人は僕から素早く目をそらしてしまった。
何かあるのだろうかと周囲を感知してみたが何も見つからなかった。
首を傾げつつ僕は御者さんに組合の前で止まって欲しいと頼み箱馬車の箱に乗り窓越しに手を振ると、ユウナ様も小さく手を振り応えてくれた。
馬車は赤く染まりつつある石畳の道を走り組合の前で止まった。
箱から降りて御者さんにお礼を言い、馬車を見送った後に僕は預かり施設の魔獣達のいる小屋へ向かう。
小屋の中ではナスとヒビキがじゃれ合って遊んでいた。そして、アースは相変わらず眠っている。一体どれだけ眠れば気が済むのだろう。それとも退屈だから寝てしまうのか。
僕に気づいたナスとヒビキは一目散に近寄ってくる。バロナを着ている為ナスとヒビキは僕にくっついてこない。
これは前にバロナを着た僕にナスの体毛とヒビキの羽毛がくっついてしまったから、いつもと違うひらひらとした服を僕が着ている時は飛び付いてこない様にお願いしたんだ。
ヒビキに関しては羽毛以外にも足の爪に引っかかれ服が破ける、という事もある。抱っこしただけで何着の服を駄目にした事か。鎧を着ようにもヒビキは嫌がるので着る事も出来ない。
でもそんな欠点を補って余りある魅力がヒビキにはあるのだ。
抱っこをする代わりに僕はヒビキを撫でると柔らかい羽毛が指をくすぐった。
ヒビキはパタパタと羽を動かし喜びの声を上げる。
すると次にナスが寂しそうに鳴くので空いている方の手でナスの顎のあたりを触ってみる。もこもこの顎下を堪能するとナスも気持ちよさそうにしてくれる。
そんな風にしばらく魔獣達とじゃれ合っていると小屋の扉が開かれた。
扉の方に目をやるとフェアチャイルドさんが入口に立っていた。僕を確認したフェアチャイルドさんはとてとてと僕の方に歩み寄ってくる。
「お仕事お疲れ様」
「はい。ナギさんの方はどうでしたか?」
「ん。楽しかったよ。魔法について色々と話し合えたんだ」
「……その、お友達の魔法使いと言う方は男性ですか?」
「いや、女の子だよ」
「……そうですか」
何故か少し不機嫌そうな感情のこもった声で応えた後フェアチャイルドさんは魔獣達の前にかがんでいる僕の隣に並んで、僕と同じようにかがんで肩を寄せて来た。
「どうしたの?」
「ナギさんは私が汗水流して働いていた時に遊んでいました。なので罰です」
「うっ……それ言われると罪悪感が。でも前もって伝えてたよね? それにこれが罰?」
「罰です。ナギさんは今日一日私から離れてはいけません」
ああ、昔僕にもこういう時期があったな。前世でお母さんが他の人と仲良くしてるとお母さんを取られる気がして取られない様にずっと傍にいたんだ。
十三にもなってまだそんな独占欲がフェアチャイルドさんにあるのかとも疑問には思うが、結構ため込んでいる物があるのかもしれない。
考えてみればこの子が我儘を言う内容はいつも僕と一緒にいたいという物だ。
僕にとっては他愛のない願いだが、幼い頃に死の宣告を受け人との関わりを最小限にしてしまっていた彼女にとってはきっと大切な人との繋がりなんだろう。
フェアチャイルドさんのこれは依存なんだろう。だけど……今彼女にはそれが必要なんだと思う。
彼女はまだ子供。冒険者になって働いてはいるけれど精神的にはまだ家族が恋しいんだ。
子供の依存を受け止められなくて何が大人か。
それに彼女は僕以外に対しては自立心が高い。僕への依存が収まればすぐにでも独り立ちできるくらいの知恵もある。
後は僕がどう彼女に接して依存心を収めていくかだ。まかり間違っても依存心を深めるような事はしてはならない。
それに依存心が収まったら男の子にも興味を持つようになるかもしれない。
……もう少しこのままでもいいかな。




