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負けられない気持ち

 ティマイオスを発つ時が来た。

 フェアチャイルドさんとの大切な約束を果たした地。しかし、あの事があり大切な思い出が穢れてしまったような気がしていた。

 その思いは今でも拭えていない。

 検問所を出て橋を渡り切った所で僕はティマイオスの都市を見た。

 ここは都市の南側。建物が邪魔をして山脈は見えない。だけど少し都市から離れればすぐにまたその雄大な尾根は姿を表すだろう。

 次に来る時は、この胸の中にあるわだかまりはどうなっているだろう?

 分からない。でも、もう一度来たいと思う。だってやっぱり大切な思い出があるんだから。

 視線を前に戻すと白いなだらかな坂がある。坂の高さはアースよりも高い。

 これは積もりに積もった雪が倒壊しない様に毎朝坂になる様に整備されているんだ。

 このまま進んでもアースは雪に埋もれるだけだろう。しかし、ちゃんと対策はある。


「じゃあアース。お願い」

「ぼふっ」


 アースが一鳴きするだけで目の前の銀世界は消え去り、僕達の目の前には巨大な像が立っている。

 雪を圧縮し過ぎたのか半透明になっている。これでは雪像と言うより氷像だ。

 今回はどうやら寝ている姿のナスのようだ。角が折れない様にする為か本物よりも短くなっている。妥協した結果だとしても小さくなった角を付けたナスは愛らしさを倍増させている。


「ぴぃ……」


 ナス自身は寝ている姿にされたのが不満そうだ。

 でも地面に寝そべっている形なら倒壊してけが人が出る危険性も少ないだろう。


「相変わらず滅茶苦茶ですね……」

「うん……まさか雪像じゃなくて氷像になるとは思わなかった。どこまで雪を取ったんだろう……林の向こう側まで消えてるけど」

「ん~、大体三リコハトルくらいですかねぇ」

「晴れているとはいえよく分かりますね……」


 僕には雪と土の地面の境目は見えてもここからどのくらいの距離かまでは分からない。


「身長が違いますからぁ」

「そういう問題なのかな」


 カナデさんは僕よりも頭一個分くらい背が高い。一年前よりも身長は伸びているがそれでもまだカナデさんには追い付いていない。当然か。カナデさんもまだ背が伸びているみたいだし。

 その証拠にカナデさんはもう一年前の服が着れなくなって一度呉服屋に服を一斉に売りに行った事があった。


「あっ、ちゃんと境目の雪は坂にしてるんですねぇ」

「え、そこまで分かるんですか!?」

「いえいえ~、ナスさんが見てますよぉ」


 カナデさんが指さす先には遠くの景色が宙に浮いて写されていていた。


「な、なんだ」

「さすがに坂になってるかどうかまではこの距離では分かりませんよぉ」

「そうですよね……ナスの映した景色を見る限りじゃ影一つありませんね」

「ちゃんと崩れないように配慮しているんですねぇ。えらいですぅ」


 アースの首元を撫でで褒めるカナデさん。


「ぼっふっふ」


 褒められたアースいつも通り偉そうに鳴いている。


「何はともあれこれでアースさんも苦労する事なく歩けますね」

「そうだね」


 頷きあうと彼女と視線が合った。

 ふと、彼女の目を見る時少し見上げている事に気づいた。


「……フェアチャイルドさん。ちょっとそこで姿勢を正して立っててくれる?」

「え? は、はい」


 フェアチャイルドさんは僕の言った通り姿勢良く立ってくれた。

 僕は鼻と鼻が付きそうな距離まで彼女に近づく。


「な、なぎさん?」


 そして、木剣を取り出し彼女と僕の頭の上に乗せる。 


「……ナギさん?」


 木剣は明らかに僕に向かって傾いている。

 いつからだ。いつから彼女は……。

 記憶を探ってみるが答えは見つからない。


「ぶら下がらなきゃ……」

「は?」


 このままでは僕は彼女に差を付けられてしまう!




 ティマイオスを出立した日から僕は毎日ぶら下がり棒にぶら下がって身長を伸ばす事に専念していた。

 ぶら下がり棒はアースに頼んで硬い石を地中から掘り出して加工してもらった物で頑丈でつるつるの円柱の棒となっている。

 この棒をアースに作って貰った土の土台に固定してもらいぶら下がるわけだ。

 だけどただぶら下がるだけと言うのもつまらない訳で、ある程度ぶらさがっている時間が経過したら前世で出来なかった逆上がりに挑戦したりもした。

 この身体はやはり運動神経がいい。幼い頃から鍛えていたおかげだろうか? 大車輪まで出来るようになってしまった。 

 最初フェアチャイルドさんとカナデさんからは奇異の目で見られていたけれど、これも新たな鍛錬法だと言うとすぐに納得してくれて、二人とも僕と同じようにぶら下がり棒で鍛錬をしている。

 フェアチャイルドさんまでやりたがるのは計算外だった。このままではフェアチャイルドさんまで身長が伸びてしまう!

 だけどだからと言って本当の事を言って使用を控えさせるのはさすがに恥ずかしい。

 僕はそんな悩みを抱えながらも北国の旅はアースのおかげで順調に進む事が出来た。

 雪に当たる度に新たな氷像が出来ていくが人目に付くような場所ではないので問題はないと思う。

 ティマイオスからグランエルへ行くには南南東へ下る事になる。

 約一ヶ月の旅だけれどフェアチャイルドさん達と別れていた時間を考えれば短い時間だ。

 半月も歩くと雪はあまり降らなくなり、三週間目には完全に雪を見なくなった。

 途中に寄った都市で雪像を見て回ったり、旋根を探したりもしたので少し予定よりも旅程は遅れてしまった。

 早くしないとパパイが食べられなくなるねとフェアチャイルドさんと話すと、彼女の顔から途端に表情が無くなりアースに乗って移動しようと言い出し始めた。たしかに今の旅の速度だと時期的にはグランエルに着く頃には去年旅立った時期と大体同じ頃なのでアースに乗れば間に合うだろう。

 僕は苦笑しつつアースに確認を取ると去年と同じようにアースに乗って移動する事になった。


 そんな旅の途中旋根を立ち寄った都市で探してはいた。

 しかし、旋根は見つからず代替品として石の旋根をアースに用意してもらう事になった。

 本当は最初は軽くきちんと頑丈に加工された木製の物が良かったんだけれど、石製の物でも多少重そうにはしていたが持てない事はないらしくフェアチャイルドさんはいい鍛錬ですと言って石の旋根を使う事に決めた。

 僕とカナデさんはフェアチャイルドさんに旋根……トンファーについて持てる限りの知識を伝えた。

 あくまでも護身用なので僕からは旋根を使っての受け流しが出来るように助言をし、カナデさんは僕と協力して旋根での格闘術を教えた。

 変わった武器にフェアチャイルドさんは最初こそ戸惑っていたがすぐにコツを掴んだ。

 それも当然で、旋根は素手での攻撃の応用がきく。投げや掴みこそ出来なくなるが、僕の使う木剣位なら棒の部分で受け止める事だって出来るし、相手の武器を絡めとる事や拘束する事だって出来る。

 それと旋根を使うとカウンターの威力が倍以上跳ね上がった。重さのせいで速度は多少落ちてしまったがそれも筋力がつけばすぐに元通りになるだろう。




 グランエルに向かう前にグランエルの北西にある都市スキエルに寄り久方ぶりにラット君に会う事が出来た。

 ラット君はスキエルの商店で修行をしていて、商品の仕入れの仕事をしている。

 商店で商売の仕方を学びつつ鑑定士としての目を養っているらしい。

 会った時仕事の休憩時間だったので、ラット君の仕事終わりにもう一度茶店で待ち合わせしてお互いの近況を話し合った。

 カイル君とは手紙で連絡を取り合っていて、手紙ではカイル君も元気にやっているようだ。

 アールスの事を話すとラット君は目を細め懐かし気にアールスの名を呟いた。

 そして思い出話に花が咲く。

 ラット君はアールスに惚れていたが、アールスの事を話す今のラット君は吹っ切れたかのように恋慕を感じさせなかった

 その事を聞くとどうやら恋人が出来たようだ。

 興味深く聞いてみるとスキエルで出会った子らしい。

 ラット君についに恋人が出来た事に驚きつつも、アールスの後に好きだった子の事はどうしたのかと聞くとスキエルまでついていくのはちょっと……と言われ振られたらしい。

 ラット君にも僕のように出張がないように祈っておこう。

 しかし、恋人が出来たのならラット君を茶店に誘ったのは不味かったかもしれない。

 フェアチャイルドさんも同席しているが男一人に女二人。勘違いされたらラット君が振られてしまうかもしれない。

 僕がその事を指摘した事によってラット君も振られてしまう危険性に気づき慌てふためき始めた。

 時間もいい頃合いなのでまだ見ぬ恋人に勘違いされないうちにラット君とはお別れする事にした。

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