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閑話 いつか

 寂しかった。

 ナギさんと会えない日々はまるで胸を引き裂かれるような、とても苦しいものでした。

 ナギさんのいない日々。それは去年もちょうど同じ時期にありました。

 しかし、今回は原因が違う。変な人に目を付けられある意味では私の所為とも言える別れでした。

 何度原因となったあれを殺そうかと考えたか分かりません。

 あれさえいなければナギさんと一緒にいられたのに。

 私がもっと上手くあれに対して対処できていれば私は離れずにすんだのに。

 そして、ナギさんに……私の愛するナギさんを侮辱し失礼な態度を取った……いくら憎んでも足りない。この手で八つ裂きにしてもきっとこの怒りと憎しみは消える事はないでしょう。

 でもサラサさんに説得され手を出す事は控える事にしました。

 サラサさんが言うには、私があれを殺してもしも衛兵に捕まったらナギさんは悲しんでしまうそうです。

 確かにナギさんは人が傷つく事を嫌う優しい人です。たとえ相手があれであってもきっと心を痛めてしまうでしょう。

 実際にナギさんがあれと勝負した後は青い顔をしていました。

 負けてなおナギさんを苦しめる羽虫にすら劣る愚劣な人間……本当に許しがたい。

 しかし、優しい優しい聖人のナギさんがあれの所為でこれ以上苦しまない様に私は我慢しましょう。

 ですが、一度くらい燃やしても罰は当たらないと思うのですが……これを言うときっとサラサに怒られそうなので胸の奥にしまっておきます。

 

 別れたばかりの頃は夜になると時々起きてはナギさんとライチーさんがいない事に涙を流しました。

 別れた理由が理由ですので寂しさの他に悔しさや憎しみや後悔なども沢山私の中で渦巻いていました。

 ライチーには心配させない為に夜中は声をかけませんでしたが、本当はナギさんの事を聞きたかった。

 どんな寝顔をしているか、安らかに眠れているか……私の名前を寝言で出さなかったか色々聞きたい事が沢山ありました。

 私はサラサとディアナに慰められながら夜を過ごし、ある日私は思いました。

 別かれる前にもう一度ナギさんと同じベッドで眠れば良かったと。

 そうすると不思議な物でどんどんとナギさんとしたかった事が思い浮かんできました。

 朝起きたらナギさんのまだ試していない髪形に髪を整え、ナギさんの服を選び、一緒にまだ食べた事のない物を食べ、一緒に街を、外を、いろんな場所を見て、そして笑い合って、時々頭を撫でてくれて、そして疲れたら一緒のベッドで眠る。

 それらは別れる前でもしてきた事でした。

 でも……足りない。全然足りない。

 もっとしたいです。

 ナギさんの髪をもっと触れたい。

 ナギさんに似合う服をもっと探したい。

 ナギさんと一緒に美味しい物をもっと食べたい。

 ナギさんと一緒に見た事のない物をみたい。

 ナギさんの笑顔をもっと見たい。

 ナギさんにもっと触れたい。

 もっとナギさんとの思い出が欲しい!

 もっとナギさんの役に立ちたい!

 もっとナギさんに尽くしたい!

 もっとナギさんに捧げたい!

 もっともっともっともっと!

 全然足りない!

 全然報いていない!

 こんなんじゃ満たされない!

 それをはっきりと自覚した時心に空洞が出来たような感覚を覚えました。

 ああ、こんなにも私がナギさんの事を想っているなんて、自分でも気づきませんでした。

 別れの日はいつかやってくる。でも、その日までに私の心の空洞は満たされるのでしょうか?

 分からない。

 なら、せめて後悔が少なくなるよう過ごし、少しでも空洞を埋めましょう。

 満足できなくても、納得は出来るように生きましょう。

 そう決めるとその次の日から夜中に起き出す事はなくなりました。




 何とか気持ちに整理をつけて約一ヶ月ぶりのナギさんとの再会はとても晴れやかな、自分でも不思議なくらい落ち着いた気持ちでした。

 嬉しい気持ちはもちろんありました。でも、それ以上に安堵していたんだと思います。

 ナギさんの無事な姿を見れた事に、もう一度無事に会えた事に……そして、またナギさんの為に生きられるという事に。

 だけど、少しだけ不安も覚えました。ナギさんの表情にどこか陰りがあるように感じて。

 ライチーさんに詳しい話を聞いても何もなかったようですし。

 あれが何か問題を起こして衛兵に捕まったという事は聞きましたが、もしかしてそれを気にしているのでしょうか?

 ナギさんは本当に……甘いです。あんなのどうなろうがナギさんが気にかけるような存在ではないのに。

 どんなに下等な存在だとしてもナギさんは心を痛めてしまうのですね……本当忌々しい。どこまでナギさんのお心をかき乱せば済むのか。

 やはり始末する事も視野に入れないといけませんね。とはいえ、サラサさん達の力を借りるとすぐにばれて止められてしまうでしょう。

 この手を使う、というのも不快ですが仕方ないですね。

 次会いナギさんの顔を歪めさせたら……覚悟してもらいましょう。


 魔獣達との再会を喜び合った後、ナギさんが事前に取っていた宿に着き一息ついた所で私達はナギさんからとても壮大な計画を聞かされました。

 なんと空を飛ぶ乗り物を作るそうです。

 ナギさんの描いた完成図には卵を逆さにして、その細い先端の先に箱のような物が糸のようなもので繋がられていました。

 それを気球とナギさんは呼んでいました。

 カナデさんが名前の由来を聞くと視線を泳がせた後空気を利用して球を浮かせるので気球らしいです。多分とっさに思い付いたのでしょう。

 恐らくはナギさんの前世の記憶の知識の中にあった物なのでしょう。

 カナデさんは半信半疑といった様子でしたが、実験をするという事ですし、ナギさんの言う事なら間違いはないでしょう。

 本当にナギさんの言う気球が実現すれば、空から地上を見下ろす日がやってくるはずです。

 見てみたい……。

 そして、ただ高い所に上るのではなく自由に空を飛び事が出来れば、ナギさんの案じていたアールスさんの危機もなくなるはずです。

 ですがカナデさんはその意見にも懐疑的なようです。

 もしも空を飛べる魔物がいて、打ち落とされたらと言うものでした。

 空を飛ぶ魔物と言うのは確認されていないので杞憂だと私は思いますが、ナギさんはカナデさんの疑問に頷きました。

 空の脅威は魔物だけではなく、魔獣もいるというのです。

 特にナギさんは魔獣を引き付ける固有能力を持っています。友好的に接してくるならともかく、ナスさんやアースさんのように攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。


「それならば魔法で気球を守る壁を作ればよろしいのでは?」

「そうだね。それも考えたんだけど、僕の想定している気球だとまず炎を生み出す魔法使いが一人は必ずいる。この魔法使いは下手に魔法を使うと魔力(マナ)切れで落っこちる。だから交代要員か補充要員が二人は欲しいね。

 もしも魔獣が襲ってきた時防御魔法を使うのはこの二人がいいんじゃないかな。下手に迎撃に回って魔力(マナ)を使いすぎると危険だ。

 迎撃要員が相手が魔獣だと考えると二人は欲しいから……五人は必要になる。

 さらに魔の領域を渡るとなるとそれ相応の荷物が必要だろうから……正直ここまで来ると僕にはどれくらいの大きさの気球が必要なのか分からないな」

「その気球と言うのは定員はどれくらいなのですか?」

「僕にも分からないよ。五人は乗れると思うんだけど」

「ある程度広さがないと休むのにも支障が出ますよねぇ」

「そうなんだ。まさか魔の平野を渡るのにずっと立ってるわけにもいかないだろうし」

「精霊術士なら余裕は出来るのではないでしょうか?」

「うーん。気球を操作するのには火力の調整がいるから、調整の難しいって聞く精霊魔法だとどれだけの難易度なのか分からないんだよね。

 精霊の魔力(マナ)を魔法石に込めて使うって事は出来るかな?」

「出来るわよ。魔力(マナ)を込めるだけでいいんならライチーでも出来るわ。ただレナスを介してとなるとさすがに無理よ」

「そっか。じゃあ三人に頼めるかな?」

「任せなさい」

「問題ない」

『だいじょーぶ!』

「そうなると後は精霊魔法でも実験したいんだけど……」

「私がその実験を行なえばいいのですね?」

「頼めるかな?」

「勿論です」


 ナギさんのお役に立てる!


「後はどれくらいの速度が出てぇ、どれくらいの荷物が運べるかですねぇ。アースさんとか運ぶとなるとどれくらいの大きさがいる事やらぁ」


 気球、いい案だと思いましたが考えれば考えるほどこれで魔の平野を渡るのは難しいという事が分かってきますね。

 少しの間飛ぶ、と言うのなら問題はなのでしょうが。


「うん。だからその事も踏まえて考えたのがこちらです」


 そう言ってナギさんはもう一枚紙を出しました。


「これは……」


 大きな楕円の下に籠のような物がぶら下がっています。


「気球を大きくして、乗る所を大きな船にした気球船。まぁ単純に浮かす部分を大きくしようっていう話だよ」

「なるほどぉ。たしかに単純な解決方法ですねぇ。大きくして一杯持ち込めようにするんですねぇ」

「これならアースと一緒に行けると思うんだけど、その分必要な魔法使い人数も増えるし船と気球の部分が……まぁまず僕達だけじゃ作れないよね」

「作るのにどれくらいの人が必要かなんて想像もつきません……」

「うん。だからさ、これ国にアールスに頼んで提案してもらおうと思うんだ」

「製作を国に任せるのですか?」

「うん。資金面、技術面、知識面……全ての面でその方がいいと思う」

「アリスさんの発案をそのまま国に渡すという事ですかぁ?」

「そのつもりです」

「ん~、確かに個人で用意するとなると大変ですからね~。

 でもそれだとぉ、国の所有物になるから私達は乗れなくなるんじゃないでしょうかぁ?」


 ナギさんはその可能性を考えていなかったのか少し呆然とした顔をしました。


「……発案者特権で何とかできませんかね」

「どうでしょう~」

「ま、まぁアールスが魔の平野を探索しなくて済む可能性が出るだけでも十分ですよ。

 僕達は元々今ある交易路を使う予定だったんですし」

「そうですね。そもそもアールスさん気球でも乗り物酔いするかもしれませんし」

「ああ……その危険性もあったね」

「はい。ですので実現したら儲けもの程度の気持ちでいましょう」

「そうだね」

「でも……普通の気球は自分達で作れるんですよね?」

「まぁ多分。僕達ならサラサやヒビキがいるから火の問題は大丈夫だと思うし。

 アースを置いていく訳には行かないから遠くには行けないけど、少し飛ばすくらいなら……」

「あっ、こういうのはどうでしょう? アースさんに自分が乗れる土の船を作って貰って、それを維持してもらいながら飛ぶというのは」

「ええ? 大丈夫かな。どれくらい持つか分からないよ?」

「短時間だけ楽しむなら問題ないですよ」

「うーん。たしかに……長距離飛行しなくていいんならアースに作って貰うっていうのもありだな」

「残りの問題は気球の部分だけです」

「土で作るとその問題が大きくなるんだよね。木で作るよりも重くなるだろうから結構大きくなるだろうし……」

「そうなると作るのも大変になる……ですか」

「うん。だからやっぱりアースも乗れる物を自分達でっていうのは難しいと思う。持ち運びだって大変だし」

「……そうなるとアースさんは空の旅は当分お預け、という事になってしまうのでしょうか」

「うん……残念だけどね。でも、いつの日かアースとも空の旅ができるようにするよ」


 そう言ったナギさんの美しい薄紫色の瞳は決意で満ちていました。

 ああ、なんて美しいのでしょう。本物の宝石よりもなお美しい。

 きっと世界中の宝石をいくら集めても今のナギさんの瞳に敵う者は存在しないでしょう。


 気球の説明が終わると眠る時間になりました。

 私は久しぶりにナギさんと一緒に眠れる事に少しだけ胸を躍らせて瞼を閉じ、ナギさんのぬくもりを感じながら私は眠りに落ちました。

 そして、その日に見た夢はとても素晴らしい物でした。

 ナギさんとアールスさんと三人一緒に気球に乗って空を旅する夢です。

 気球に揺られながら三人で山を越え海を越えての大冒険です。

 一つ謎なのが、気球の形が何故かカナデさんの頭の形をしていました。一体何故でしょう?

 気球の形はともかくいつか、いつかこの夢を本当にしたい……目が覚めた時私はそう思いました。

 ですが、目覚めると何故か私は手を縛られ、すでに起きていたナギさんから一緒のベッドで寝る事を禁止されました。

 何故ですか!?

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