表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/530

見張り

 僕は朝の魔獣達との触れ合いと訓練を終わらせると早速組合に顔を出した。

 依頼の張り出されている待合所は丁度人が混雑している時間だった。

 サラサに聞いてみるとターゲットはいないようだ。人がいなくなるまで待つ事にする。

 人混みを避け待合室の隅にある椅子に座り僕の肩に乗っているサラサに話しかけた。


「それでさ、サラサ。実際相手の子ってサラサから見てどういう子なの?」

「ただの我儘なお子様ね。レナスの言う通りしつこいけど乱暴と言うよりはあれはカッコよさをはき違えた感じね」

「カッコよさをはき違えた?」

「そう。いるでしょ? 店員にだけ高圧的な人間。ああいうのよ」

「ああ……そういう年頃なんだね」

「強引で他人を見下していて言葉使いも酷かったからレナスが乱暴者として認識してもおかしくないわ」

「そっか……フェアチャイルドさんってカイル君やラット君以外とはあんまり男の子とは接点なかったからな。話し合い大丈夫かな」

「あの子の男性観ってナギが基準になってるから心配ね」

「僕?」

「そう。一番身近な異性って一応貴女じゃない? まぁ自称だけど」

「自称っていうのは止めて……」

「あの子は信じてるから安心しなさい。だからこそあなたが基準になっちゃってるんだけど」

「んー。そっかぁ。僕が基準ねぇ……」

「だから、ナギの事だからあんまり心配していないけど、教育に悪い行いは見せないでね?」

「少なくともあの子の前で恥ずかしい真似はしないよ」


 出来ないと言った方が正しいかもしれない。

 初めてのナビィ狩りの時のような自分の咎をあの子に押し付けるような事を繰り返しちゃいけないんだ。


「で、話を戻すけど、レナスってああいう性格が悪い人間は慣れてないと思うのよね」

「そっか……ますます気を付けないとな」


 サラサと話をしている間に人は少なくなっていき、今日は来ないのかと諦めかけたその時だ。

 入口の方から駆け足で掲示板の前へやって来た男の子がいた。

 途切れ途切れだった息を整えてから何も張られていない掲示板を見て肩を落とした。

 そんな男の子に視線を向けてサラサは言った。


「ナギ、あの子よ」

「あの子か……」


 後姿からは年の頃は分からないけれど僕よりは背が低いようだ。筋肉はあんまりついていなく記憶にあるカイル君よりも細いように見える。

 髪の色は僕と同じ黒だ。

 うな垂れていた男の子が受付の方へ向かった時顔が見えた。

 見覚えがある。昨日僕とぶつかった男の子だ。

 昨日勝気そうな顔をしていた男の子の顔は今は面倒くさいという感情を全く隠していない。

 受付で受けられるものは大抵人気のないきつく報酬そこそこで拘束期間が長い依頼か面倒で報酬が安く拘束期間が短い依頼のどちらかだから気乗りしないんだろう。

 さっさと階位を上げたいのなら僕達のように後者の依頼をどんどん受けるのだけど、男の子はそういう訳ではないらしい。


「名前はベイジル=ファルシア。この都市出身らしくてナギ達とは同い年。色んな都市を周って今は丁度里帰りの途中らしいわ」

「詳しいね?」

「聞いてもいないのにぺらぺらと自分から話したのよ」

「ああそう……」

「将来はご両親のパン屋を継ぐ気らしいわ」

「って事は冒険者になったのは嫁探しの為?」

「その通り」


 冒険者になる人間には三通りの人間がいる。

 僕達のように観光や未知の土地を求める者。

 強さを求めたり復讐の為等の魔物と戦う事を目的とする者。

 出会いを求める者。

 そして、冒険者になる人間は出会いを求めている者が大半だ。

 この世界、と言うよりは国? 少なくともアーク王国では結婚相手を冒険者になって探すというのは珍しくない。

 もちろん学校で出会って交際しそのままゴールインと言うのも少なくないし、卒業した後でも出会いがあれば結婚する事は出来る。

 しかし、それでも冒険者になり出会いを求める者がいるのは出会いがないからだ。

 例えば村などで農業をしていると当然若い年頃の人との出会いなんてない。村にはたいてい学校に上がる前の子供かその親や年配の人間しかいないからだ。

 なので農業を継ぐにしても学校で相手を見つけるか都市で働きながら相手を見つけるしかないんだ。

 そして、その働き先と出会いを求めるのに冒険者は適している訳だ。

 僕の先輩であり同じ村出身のグリヤも村に骨を埋める前に冒険者になってお嫁さん探しをしている。

 ただ、都市で商売をしている家の子が嫁探しの為に冒険者になるというのは珍しい気がする。見聞でも広めているのだろうか?

 なんにせよ今は男の子を見張る事に集中しよう。

 すでに細い魔力(マナ)の糸を男の子の魔力(マナ)に繋げている為どこにいても僕の糸の範囲内であれば分かる。

 なので僕は空いた掲示板を一通り見るふりをして時間をつぶしそのまま組合の外へ出る。

 そして物陰で男の子が出てくるのを待ってから後をつける。

 目と耳の役割はサラサがやってくれるので僕は前だけ見て歩く。


「んー、ナギ、少し固くなってない?」

「そ、そうかな?」

「目を増やして遠くからも見てるけど、今の貴女不審者よ?」

「うっ。仕方ないじゃないか慣れてないんだから」

「目標の方向いた時なんか不自然に顔逸らすし」

「うう……気を付けるよ」


 サラサに注意を受けながらも僕はばれる事無く何とか見張りを続ける事が出来た。

 フェアチャイルドさんの方の様子をサラサに聞いてみると、どうやらお願いは聞き届けられたようだ。

 お店側は交代相手の同意があればと許可をくれて、交代相手はカナデさんの選んだお菓子が大層気に入ったようで二つ返事で了承してくれたらしい。

 その事でフェアチャイルドさんからお礼の言葉をサラサを通して貰った。僕はただ提案しただけで選ぶのに協力したのはカナデさんなんだけれど、それでもお礼を言いたかったらしい。それくらい順調に進められたという事だろうか。

 僕の方も見張りは順調だ。

 男の子は今商店の倉庫から商店へ運ぶ荷物運びの仕事をしている。勤務態度は文句を垂れながらだけど年を考えればありがちな光景な気はする。

 もっともそれは第三者視点からの意見で、傍で聞かされている店主らしき人は迷惑そうに注意している。

 冒険者としてそれなりに仕事をしているだろうにあんな調子で上手くやっていけるのだろうか?

 荷物運びの仕事を見届けていると男の子はこの後の予定はないらしくしばらく街をぶらついていた。

 フェアチャイルドさんの所に行くかと思ったけれどそんな様子はない。むしろいろいろなお店を巡って何かを探しているみたいだ。


「ナギ、レナスへのプレゼント買ってるみたい。しかもデートの時に渡す気みたい」

「……えっと、断ったよね?」

「諦める気はないみたいね」

「話し合いでどうにかできるかな……」

「分からないけどやるしかないわね。駄目だったらしばらくナギとお別れになってしまうわ」

「さすがに遠くまで追いかけてこないと思いたいけど」


 この世界は自動車とかがないから都市や村同士の間隔が広いように思えるけど、人々がバイタリティに満ちているし街道も安全だから意外とアーク王国内は狭いんだ。

 男の子の商店巡りはお昼になると中断された。

 男の子が次に向かった先は住宅街だ。フェアチャイルドさんの働いている場所は歓楽街に近い宿屋の集まっている通りにある食事処だ。

 この時間に歓楽街に向かわないのは意外だったが、実家がこの都市にあるのなら食事はそこで食べるのだろう。

 しばらく様子を見つつ尾行をすると、住宅街の中頃にある一軒のパン屋に裏口から入って行った。

 ここが家だろうか。丁度いいから僕もお昼食べよう。


 食事が終わり、男の子が家から出てきたところから引き続いて見張りを再開させる。

 午後も商店巡りは変わらないが何も買う事はなく夕方が近くなると歓楽街へ向かった。

 サラサから今向かっている事を伝えて貰う。

 そしてフェアチャイルドさんの働いているお店の前に着き男の子が中に入るのを見届けてから少し遅れて僕達も入る。

 男の子が見える場所のテーブルに着くと男の子の声が聞こえてきた。


「あれ、いつもの子は?」

「あっ、貴方があの子に付きまとってるっていう男の子ね?」

「はっ? つきまとってないし」

「はいはい。あの子はもうやめたわよ」

「もうやめた!?」

「ええ。だからもうここに来ても意味ないからね」

「なんだよそれ……」


 男の子はテーブルに肘を立てて頭を抱えた。

 給仕の女性は注文を聞くが男の子は頭を抱えたまま答える気配がない。

 やがて給仕の女性はため息をついた後僕の方へやって来た。

 この国にお客様は神様などと言う言葉はない。一応接客として客には丁寧に接するが基本は対等な関係だ。

 なので、迷惑だと判断されたら問答無用でお店からたたき出される。

 さらに言えばこのお店はご飯を食べる時間が不定期になりがちな都市を周る商人や冒険者向けのお店なので荒くれもの対策はしっかりとしているだろう。

 フェアチャイルドさんも最終的にはお店の用心棒的な人達によって叩き出して貰っていたようだ。

 一応成人前の子供だからあまり手荒な事はしなかったみたいだが、それがかえって調子づかせる事になったのかもしれない。

 注文を頼むと女性が離れる。


「辞めた事にしてくれたんだね」


 小さな声で確認するとサラサが頷いた。


「みたいね。今確認取ったけど交代する時あの給仕の人が提案してくれたみたい」

「そっか。有難いね」


 同僚とはいい関係を築けているみたいだ。

 さて、男の子の方に視線を向けてみると男の子の足元からダンッと床を叩く音がした。

 そして男の子は頭を荒く掻きながら椅子から立ち上がりお店から出ていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ