神の文字
魔法とは文字通り魔力を使い世界の法則に干渉する事が出来る、遥か昔に魔素に侵された世界で生き抜く為の人間が知恵の神ラーラ様より授かった力だ。
その為魔法陣に描かれている文字は神の文字と呼ばれている。
魔法陣に使われている文字と図形の意味を神様から教えられて人間は自由に魔法を作り出す事が出来るようになった。
昔は魔法陣は地面等の物に直接描かれ、魔力を描いた魔法陣に流し込む事で発動させる事が出来た。
だが初代国王であり英雄の一人であるアークは魔法陣を調べ、魔法を発動させるのに必要なのは魔法陣を形作る事に気づいた。
最初は木の枠で魔法陣を作り魔法を発動させる事に成功したらしい。
次に魔力がどのように作用しているのかを調べ、ようやく魔力だけで魔法陣を形作る事が出来るようになった。
アークが魔法を調べるまで人々は魔力を操る事が出来ず、ただ垂れ流しにしていただけらしい。いや、そもそも操るという発想自体無かったのかもしれない。
魔力感知が出来るようになったのはアークが初だと王国の記録にはある。
それが事実かどうかは分からないが、東の国々よりも三ヶ国同盟では魔法が発達している事は確からしい。
アークが魔力を操れる様になってから魔法がさらに便利に使われるようになった。
そして、色々と研究され、僕も使える魔法剣なども、当時の研究の成果の一つだ。
魔法が階位分けされたのはイグニティの時代だ。
魔法の種類の増加、魔法陣の効率化、多重魔法陣の展開、魔法陣の三次元展開等全てはイグニティの功績だ。
そして、イグニティは魔法の研究と同時に難易度と危険度を元に階位分けを行った。
最初はイグニティが統治していた魔法国の中だけでの階位分けだったが、後に魔法使いの分かりやすい指標としてアーク王国でも採用され今に至る。
しかし、いい事ばかりではない。階位分けは同時に魔法の独自性を失わせてしまった。効率化された魔法陣を覚えればそれで十分だと考えた魔法使いが増えたんだ。
軍隊などの戦力が均一化したい組織ならばそれで十分なのかもしれないが、イグニティ魔法国の魔法研究家はその事に警鐘を鳴らした。
このままでは魔法の発達が停滞してしまうと。
魔法は元々神の文字さえ理解できれば自由な発想で文字と図形を使い魔法陣を組み立てる事が出来る。魔力の効率が悪くなったとしても状況に合わせて組み替える事が出来るのが魔法の利点でもあるのだ。
それが失われつつあると、当時の研究家は危惧していたんだ。
そして、神の文字の普及が始まった。
神の文字と言うのは漢字のように一つの文字で意味を持つが、他の文字と合わせる事により意味ががらりと変わってしまう。
アーク文字は基本英語のように文字を並べて作った単語があり、文法で文の意味を変えるが、法則さえ掴めればそれは神の文字を単語に置き換え、接続詞などを付け加えたものだと分かる。
恐らくアーク文字の文法は神の文字が元になったのだろう。
最近フェアチャイルドさんがその事に気づいたお陰で僕もその事に気づく事が出来、神の文字の勉強がはかどるようになった。
コツさえわかれば割と覚えやすい神の文字だが、それは誰でも簡単に覚えられるという事に繋がる。
そうなると当然若年層での事故や事件が増えた。広域魔法など魔力を使う魔法は当人の魔力が足りない場合発動されないが、魔力が少なくても殺傷能力の高い魔法は作る事が出来る。
それが毒の魔法だ。子供が遊び半分で作った魔法が毒の魔法だった、という事件が何度も起こり、国はそれまで学校でも行っていた神の文字の習得を高等学校からに引き上げた。
魔法で作られた毒はキュアで簡単に治せるとは言え、即死したり気絶させた場合は意味がないという事から毒の魔法は現在専用の免許を持った者以外は使う事はおろか開発すら許されていない。免許のない物が使用、開発がばれると重刑を科せられるようになったんだ。
とはいえ、制限されているのは毒の魔法であり神の文字は特に習得に制限はされていない。
学ぶ環境さえあれば何歳からでも学ぶ事は出来る。ただ学ぶ場所がないだけだ。
そう言えば聞いた事はなかったけれど、お母さんは神の文字を読めたのだろうか? 離れて暮らしていたから勉強の事で頼るという発想がなかった。今度会ったら聞いてみようか。
さて、話を戻して神の文字についてだが、僕は今フェアチャイルドさんやアールスと一緒に勉強している。
一応神の文字の教本には全て目を通しているが、書かれているのは本当に基本的な、それこそ魔法陣を扱っていればなんとなく意味が想像がつく文字が大半だ。
例えば『ファイアアロー』と『アイシクルアロー』の魔法陣はほぼ同じ物だ。文字が違う部分を抜き出し、さらに他の魔法陣と見比べれば火、もしくは炎と氷を意味する文字を判別する事が可能だ。
慣れれば『ファイアアロー』と『ファイアシールド』で矢と盾も判別する事が出来る。
ただ、その判別も結構苦労するのだ。低階位の魔法陣はまだ文字数が少ないが、それも使用文字数と面積を節約するためかクロスワードのように縦横に配置されている為読み難い。これが第六階位の魔法ともなれば魔法陣が立体になるのでさらに解読に時間がかかってしまう。
そんな複雑な魔法陣をよくものの数秒で構築できるなと思われるかもしれないが、これが不思議な事に一度構築した魔法陣とは忘れる事がないのだ。
シエル様によると発動させた魔法陣は魂に刻み込まれ、何度も使ううちに浄化されない限り絶対に忘れる事がないようになるらしい。
だから魔法陣を覚えるには見様見真似で魔法陣を構築して何度も発動させるだけでいいんだ。魔法陣の構築の速さもそこに起因する。
なので魔法が苦手というのは魔法陣が覚えられないからではなく、魔力操作が苦手だから魔法陣の構築が出来ないのだ。
話を戻そう。
もはや暗号解読と言っても間違いのない魔法陣の解読だが、やはり教本があるのとないのとでは進み具合が全く違う。
薄らと考えていた文字の意味の裏付けと間違って理解していた物を正しく理解しなおせるというのやはり大きい。
いまいちはっきりしなかった制御の方法も書かれている為、念願のオリジナル魔法陣が何とか作れそうだ。
ほぼ独学で勉強した僕にも作れるのだからアールスももちろん用意できるだろう。神の文字の授業は主に自分独自の魔法を開発する事が目的らしいし。
アールスとの戦いの為に何か二つや三つはオリジナルの魔法を考えておきたい。そして、実際に使えるように魂に刻み付けておきたい所だ。
アールスとの試合が近づいて来たある日。僕は仕事を休み宿でオリジナルの魔法を作るのに集中していた。
フェアチャイルドさんとカナデさんは仕事をしているので宿には僕一人だ。
教本とにらめっこしながら紙に試作の魔法陣を何枚も描く。
枚数を用意したら街中ではさすがに実験は出来ないから宿を出て郊外まで行く必要がある。
ちゃんと発動してくれるだろうか? 宿で昼食をとった後、何度も魔法陣を見直してから紙の束を持ち宿を出る。
まず最初に向かうのは魔獣達の所だ。魔力を使う時はナスがいてくれれば心強い。
しかし、施設に向かう途中の大通り、僕は正面からやってくる馬車の荷台に見覚えのある美しい髪を見つけた。
なぜこんな時間にと疑問に思うと同時にいい物を見れたと幸運に感謝した。
今日はバロナを着ていないので目に留まる事はないだろうと思いそのまま進むが、馬車がまたもや僕の前で立ち止まった。いくら広いとはいえ迷惑な。権力って奴だろうか?
「偶然ですわね。今日はバロナを着ていないのかしら」
僕が自分の事を忘れている可能性など微塵も考えていなさそうに話しかけてきた。
「今日は魔法の実験で街の外に出るから汚れてもいい格好にしたんです」
「それで男の子のような恰好をしているのですわね。……ですが、不思議ですわね。あなたにはそちらの方が似合って見えますわ。ああ、嫌味ではないのですわよ?」
「え? 本当?」
んふふ。やはり僕からは男らしさが滲み出ているようだ。
「それで、魔法の実験ですか。興味がありますわね」
「見せられないよ? 僕独自の魔法なんだから」
「それは残念ですわ」
「……ところで確認しておきたいんだけど」
「なんでしょう?」
「君の後ろ、荷台の陰に隠れてる人は護衛の人でいいのかな」
「!?」
女の子の目が見開き驚愕の表情に変わる。
荷台に隠れている人間にも動きが感じ取れるがすぐに飛び出そうという様子はない。むしろこちらを窺っているように感じられる。
「よく分かりましたわね。ええ、そうですわ」
「そっか。よかった。不審者かと思っちゃったよ」
本当は指摘しない方がよかったんだろうけど、万が一の事を考えたらね。
「どうして分かったのかしら?」
「企業秘密じゃ駄目かな」
女の子は目を細めて口元を扇で覆い隠した。
「駄目ですわね。安全の為にも貴女からはお話を伺いたいですわ。アリス=ナギさん」
「じゃあ条件を出してもいいかな」
「条件?」
名前を言われても顔色一つ変えない僕に女の子は訝しげな表情を浮かべてくる。
「うん。僕の作った魔法陣を見て評価してほしいんだ。初めて作ったからちょっと自信がなくて」
「それは、秘密なのではなくて?」
「うん。だからさ、僕が戦うあの子には内緒にしてほしいっていうのも条件に入れるよ」
「あ、貴女は……どこまでも食えないお人ですわね。……いいですわ。お乗りなさい」
「いいの?」
「わたくしがいいと言っているのです」
女の子の言葉は僕ではなく女の子の背後に向けられた言葉だった。
「そうだ。お互いまだ名前を教えてなかったね。僕はアリス=ナギ。君は?」
「……気づいているのではなくて?」
「なんとなくは。でもほら、はっきりさせないと僕はどういう態度で接したらいいか」
「……ユウナ、とお呼びなさい」
「え?」
「それ以上は止めておきましょう。お互いの為にも」
今の所は今の態度で許してくれるという事か。
「分かったよ。ユウナさん……様の方がいいかな」
「貴女のお好きになさい」
「じゃあユウナ様で」
「いいでしょう。では乗りなさい。ナギ」
「はい」
御者が御者台から降りてきて戸を開く。ユウナ様は座る位置をずらして座る場所を開けてくれる。
王女様と相席するのか。いいのか? 不敬罪にはならないよね? そもそもこの国にそんな罪はないのだけれど小心者の僕には少しばかり刺激が強い。
ユウナ様の隣に座るとほのかな甘い香りが髪から匂って来た。
ポニーテールに結い上げられた髪は今日もまた美しい。こんな間近に寄ってもいいのだろうか?
さ、触ってみたいけどさすがにそれはまずいよね。
「どうしましたの? わたくしの髪を見つめて」
「あっ、いや。きれいだなって思って」
普通に喋ってしまった。けど正体明かしてくれなかったし、ここで急に変えるのは逆に失礼かな。
「当然ですわ。髪は女の命。磨き上げるのは女の務めでしてよ」
「いいなぁ。僕は冒険者だからあんまり贅沢できなくて、髪はヒールで痛みを取るぐらいしかできないんだよ」
僕は首元まで伸びた自分の髪をいじりながら答えた。手触りは悪くないのだがそれだけだ。僕の髪質は固くないがフェアチャイルドさんよりも柔らくないし、アールスのに比べると少しもさっとしている。
これはこれで悪くはないんだけど、あの二人と比べるとやはりどっちつかずといった印象だ。
黒髪に天使の輪はよく映えるのでせめて艶は拘りたいのだけれど。
「ヒールで痛みを取れるんですの?」
「うん。取れるよ。もっとも生まれ持った艶までしか回復できないから、ユウナ様みたいに美しくする事は出来ないんだけど」
「でもいい事を聞きましたわ。長旅をする事になって、髪が万が一にも傷んだ時はぜひ活用させてもらいましょう」
「んふふ。ヒールの事教えたんだからユウナ様おすすめの櫛とか香油を教えて欲しいな」
「あら、お高いですわよ?」
「それでもいいよ。興味はあるからさ」
「いいでしょう。それ位でしたらいくらでも教えて差し上げますわ」
意気揚々と語り始めた話はとても興味深い物ばかりだった。
結局、この髪談義はユウナ様の目的地に着くまで続いてしまった。




