触れえぬ思い
まずはお鍋に入れて沸騰させた水で別のお鍋に入れておいたお砂糖を溶かします。適量は分からないので適当でいいです。どうせ煮詰めるので。
そして、砂糖水を魔力を使いかき混ぜます。
しばらくすると泡がボコボコしてきてとろみが出てきます。そうしたら魔力を操りお鍋から砂糖水を出しましょう。
ここで注意するのは冷えて固まると魔力で操れなくなるので、すぐに水気を吸い取ってくれる紙の上に載せます。
ねるねるねるね。砂糖水をかき混ぜながら冷ましていきます。
手でも触れる温度になったら今度は自分の手で艶が出るまでよく伸ばします。
艶が出てきたら硬くなる前に切って丸めたりして形を整えます。アース用に一つ大きめに作っておきましょう。ただ丸めたら冷めるのが遅くなるので板状か棒状にしておきましょう。今回は棒状にしておきます。
あとカナデさんが喧嘩別れした友人に会えず、今いる場所がわからず連絡も取れそうにないという事で落ち込んでいるので、カナデさんの為にアース用ほどではないけれど少し大きめのを用意しておきましょう。
さあ後は冷めたら出来上がりです。
「それは、飴ですか?」
「そうだよ」
「いい物って飴の事だったんですか?」
「んふふ。初めて作る飴を作るから練習を兼ねて作っただけだよ。
作り方は大体把握したから目的の物は明後日作ってみるよ」
今は旅の途中のお昼休み。フェアチャイルドさんが料理を作っている横で僕は飴を作っていた。
「きゅー」
「ん? ヒビキ食べてみたいの?」
「きゅーきゅー」
「ちゃんと冷めてからね? あっ、能力で冷ましちゃ駄目だよ」
ヒビキの固有能力の『炎熱操作』は自分や触れた物、自分の魔力を馴染ませた物の温度を操る能力だ。お鍋に入った水の右半分を沸騰させ左半分を冷水にするなど熱を細かく遮断する事も出来るらしい。
下限と上限が分からないのでヒビキには能力をあまり使わないように言っている。
この能力……一見料理に最適な能力に思えるが、ヒビキに料理の知識が無い為細かい調節が出来ないのだ。一度やらせて見せた事があったけれど、スープの具がすべて溶けるってどういうことだよ。しかも焦がさずに! 胃が弱ってる時は悪くはない料理なんだろうけど……まぁ味はともかく食べごたえはあった。
昼食を食べ終わる頃には飴は冷めていた。一つだけ味見で食べてみる。うん。砂糖の甘さしか感じない。成功のようだ。
残りは一つ一つ紙で包み後で食べる事にする。カナデさんに抱かれたヒビキが食べたそうにじっと見ているが今は駄目だよと言いつけておく。
しかし、冷めるまで待てと言われた。待ったんだから食べさせて、と文句を言ってくる。
そういえばそんな風に言ったなと思い直し飴をあげる事にした。
どうせ何個もあるし、ヒビキはマナポーションしか口にしていないんだ。
「噛んじゃ駄目だからね? 舌でコロコロ転がしながら溶かして食べるんだよ? 食べ終わったら歯を磨くからね?」
「きゅー」
ヒビキは僕の言われ通り舌の上で転がしているようで、くちばしに飴が当たる音がする。
満足そうに丸い目を細めている。
「カナデさんも食べます?」
「よろしいんですかぁ?」
「当り前じゃないですか」
大きめの飴玉をカナデさんに渡す。
「あらぁ? 大きくないですかぁ?」
「元気のないカナデさんには特別です。今日のは砂糖だけですけど、甘い物を食べれば元気が出ると思って」
「アリスさん……ありがとうございます」
陽だまりのような暖かい笑顔を見せてカナデさんは飴玉を口の中に放り込む。
くいくいっと僕の服の裾が引っ張られる。振り返ってみるとフェアチャイルドさんが僕の服を掴んでいた。
「……フェアチャイルドさんも食べたいの?」
「……はい」
「お昼食べたばかりだけど大丈夫?」
「大丈夫です。ナギさんの手作りならいくらでも食べられます」
「そう言って昔お腹壊してたよね? 駄目だよ無理しちゃ? ……まぁ飴だし大丈夫かな」
フェアチャイルドさんに飴を手渡す。
「……小さいですね」
「元気のないカナデさんと身体の大きいアースのは特別だからね。大きい方がよかった?」
「……いえ、大丈夫です」
「ナス、アース、ふたりも食べる?」
「ぴー!」
「ぼふっ」
ナスとアースにも与える。
『いいなー』
物を食べる事の出来ないライチーは飴を口内に入れているフェアチャイルドさんの頬をぷにぷにとつついている。
さすがに鬱陶しかったのかフェアチャイルドさんはライチーを片手で押しのけた。
今回の飴の評判はまぁまぁという所だった。砂糖だけで作ったんだから当然だろう。
さて、今日用意するのはアップルです。
アップルですよアップル。フェアチャイルドさんの大好きなアップル。
フェアチャイルドさんが食べる時普段では見られないほどのいい笑顔を見せてくれるアップルです。
水を沸騰させている間にアップルのお尻に太い串を刺します。
もうこれだけで聡い人ならお気づきでしょう。そうです。僕が作りたかったのはリンゴ飴です。
縁日でお約束のあのリンゴ飴ですよ。こっちだとアップル飴になりますね。
「ナ、ナギさん。そのアップルは何に……」
「……」
フェアチャイルドさんの問いに笑顔で答えます。ええ、ここで教えてしまったら面白くありませんから。
ヒビキ用にちゃんと小さく切ったアップルも用意しておきます。こちらは爪楊枝でいいでしょう。
そして一昨日と同じように砂糖を溶かしいい感じになるまで煮詰めます。
硬くなってきたら魔力で操りまずは切ったアップルに絡めます。
次に串をもって丸ごとのアップルに飴をコーティングさせます。
「ま、丸ごと!? な、なんて贅沢な!」
「フェアチャイルドさん。お鍋焦げてるよ」
僕の方に注目しすぎて手元がお留守になっています。
後は残った飴を一昨日のように飴玉にして冷めるのを待つだけ。
「きゅ~」
「今日のこれはおやつの時間に食べようね」
「きゅい……」
不満そうだけどさすがに今日のは駄目だ。昼食後すぐだとフェアチャイルドさんは確実に食べられない。
他の皆が食べてるのにアップルが好物のフェアチャイルドさんだけ食べられないなんてかわいそうだ。
なのでフェアチャイルドさんのお腹が空いた頃に食べる事にする。
さて、上手く出来ているだろうか。
昼食を食べ終わった後片づけを終えて歩き出す。最初フェアチャイルドさんはもの欲しそうにアップル飴の入った袋を見てくるが、食べきれない事は自覚しているのだろう。すぐに視線は前を向いた。
ヒビキも今回はすぐに食べない事を言ってあるおかげかカナデさんの腕の中で静かにしている。相変わらず羨ましい。
次の村に近づいて来た頃、フェアチャイルドさんがまた僕の方に視線を向けてきた。
村に入るとナス達は好機の目で見られやすいため落ち着く事が出来ない。おやつの時間にするのなら今がいいか。
「そろそろ食べようか」
そういうとフェアチャイルドさんの表情がパァッと明るくなった。かわいい。
カナデさんもヒビキと一緒に喜んでいる。
「じゃあまずは……はい。フェアチャイルドさん」
一番楽しみにしていたであろうフェアチャイルドさんに紙で包まれたアップル飴を渡す。
「これは何という食べ物なんですか?」
「見た事ないですねぇ」
「カナデさんも見た事ないんですか?」
「はい~」
「アップルに飴をかけただけだからね。……アップル飴でいいんじゃないかな」
そしてカナデさんには聞こえないようにこっそりとフェアチャイルドさんの耳元で教える。
「実は前世の世界でもあった食べ物なんだ」
「こ、これがですか?」
「うん」
ナスとアースにもアップル飴を渡した後、カナデさんからヒビキを受け取り交換でアップル飴を渡す。
ヒビキには僕直々に食べさせる。何せ爪楊枝持てないから。
「ヒビキは僕が食べさせてあげるからね」
「きゅー!」
「ぴぃー」
ナスからいいなーという声が上がるが我慢してもらおう。
「今回のはちゃんと噛んで食べるんだよ?」
「きゅー」
「はふ……おいしいです……」
早速一齧りしたフェアチャイルドさんが溜息交じりに言った。
「これは飴の熱でアップルが焼かれているんですね……それでアップル独特の甘さが引き立っていて、すごくおいしいです」
中々手ごたえは良さそうじゃないか。僕も早く食べたいけれど、今はヒビキを優先させなくては。
「ナスは食べにくくない?」
アースは一口で口の中に入れて串だけ抜いたので食べにくいという事はないだろう。
ナスは両手で串を持ちアップル飴を齧っている。
「ぴいー」
ちょっと持ちにくいようだ。次からは工夫しないとだめだな。
「じゃあナスの分も僕が持ってあげるよ」
そう言うとナスはすぐに駆け寄ってきた。さすがにヒビキを抱いたままだとナスの分は持てないのでヒビキを地面に降ろす。
「あっ、ナスちゃんの分は私が持ちますよぉ」
「大丈夫ですよ?」
「ナスちゃんの分まで持ったらアリスさんが食べられないじゃないですかぁ」
「ぴぃ……」
半分ほどまで食べていたカナデさんが僕の代わりにナスの串を持つ。
「ありがとうございます」
好意には素直に甘えよう。
ヒビキに食べさせてあげながら自分の分のアップル飴を取り出し食べる。
出来は上々。さすがに前世の物とは比べるべくもないがこんな物だろう。
これよりもおいしい物が前世では在ったとフェアチャイルドさんが知ったらどんな顔をするだろう。
今だって僕の作ったアップル飴で顔を蕩かせているのだからもっと凄い事になりそうだ。
さてまたまたやってまりましたクッキンタイム。
今日は予めヒビキに頼み凍らせたアップルを時間をかけて解凍した物を使います。
「き、今日は何をするんですか?」
「……」
今日もまた笑顔で答えましょう。
今日は本当に簡単。解凍したアップルの水分に自分の魔力をなじませます。
そして、お鍋の中に入れ蓋をし、思いっきり魔力を操ります。
イメージとしてはアップルの皮の内側で水分を乱回転させるといいでしょう。
本来は固い中身ですが、一度凍らせたおかげで細胞膜が破れ中身は脆くなっています。
ただ種を砕かないように手加減はしましょう。
抵抗がなくなったら蓋を開けアップルの皮を破り果汁を別のお鍋に取っておきます。このまま果汁百パーセントの飲み物として飲んでもいいですが……。
「……」
「……」
「ちょっと飲んでみる?」
フェアチャイルドさんの視線には勝てませんでした。
まぁ他にも解凍済みのアップルはあるので大丈夫です。
残り二つのアップルも同じように処理します。
お次は砂糖水を用意します。その砂糖水と果汁を合体。混ぜ混ぜし煮詰めます。
そうです。今日作るのはアップル味の飴です。どんな味になるか楽しみですね。
煮詰めた後は最初に飴を作った時と同じ手順でねるねるねるねして冷めてきたら自分の手でねるねるねるねします。
アップル三玉はさすがに多かったのか量が多いですね。なるほど、アップルは一つで十分そうです。
今日の飴玉は一杯作れそうですね。
形を整えて冷めたのを一口。ちょっと濃かったかな? まぁいいでしょう。出来上がりです。
「アップル味の飴も出来上がりだ」
「ふああああああああ!」
フェアチャイルドさんが奇声を上げる。
「フェアチャイルドさん。女の子なんだからもう少しお淑やかに」
「む、無理です! あ、アップル味の飴だなんて! しかもナギさんの手作りです! 興奮しないなんて無理です!」
「落ち着いて? お鍋が吹きこぼれてるよ?」
『レナスーだいじょうぶ?』
お鍋にかけている火はフェアチャイルドさんが制御しているから僕が横から制御する事はできない。
「仕方ないわね」
呆れ顔でサラサが出てきて火の勢いを弱めた。……あっ、いや消してしまったようだ。
サラサは難しい顔をして引っ込んでしまった。もしかして加減を間違えて消してしまったのだろうか。
「う……うう、ナギさんは私をそんなに喜ばせて何がしたいんですか?」
「え、君の笑顔が見たいだけだけど」
「!!?」
「……あっ」
すっと出てしまった。
間違いなく僕の心から漏れ出た言葉だ。
不味い。彼女に聞かせるような言葉じゃない!
……やばい。恥ずかしくてフェアチャイルドさんの顔見れない。
僕はとっさにフェアチャイルドさんに背を向き作った飴玉を紙に包み袋に入れる作業を進めた。
「くふ……くひひ……ふひっ……」
『うわぁ……』
なんだか地の底から聞こえてくるような変な音が聞こえてくるけど何だろう。
フェアチャイルドさんの方から? ああ、でも振り向きたくても恥ずかしくて確かめられない。
今の僕の顔を彼女には見せたくない! きっと真っ赤だよ。暑いもん。なんだか顔の周りが暑いもん。
『蜘蛛の巣』で周囲を調べるが怪しい物は見つからない。
「レナスさんどうしたんですかぁ? 俯いていますけどぉ、具合でも悪いですかぁ」
アースに櫛を当てていたカナデさんが近づいてくる。
「いえ、なんでもありません。お料理今仕上げますね」
フェアチャイルドさんの声はいつも通り涼やかだ。
気にしているのは僕だけか。
「そうですかぁ? アリスさんもなんだか様子が変ですねぇ。顔が真っ赤ですけど熱でもあるんですかぁ?」
「い、いえ大丈夫です。飴を作る時の熱気で暖められただけですから」
どうしてこうも僕は彼女の事になるとおかしくなってしまうのだろう。
もっと整然とした頼れる大人として彼女に接したいのに。高望みなのだろうか?
もっと心を強く持たないと。
彼女は子供で、僕は大人なんだ。
そして、僕は女だ……。




