ダイソン観光 後編
ヒビキを抱いたままナスを連れて街を歩いていると、やはりナスが珍しいのか道行く人達の視線を集めている。
ヒビキの方は大人しくしているせいかどうやら人形と間違わられていて、女性や子供からあの人形欲しいという声がちらほらと聞こえてくる。
ヒビキの人形作って売ったら大儲けできそうだ。けど、まぁまた泣かれたら嫌なので作りはしない。
フェアチャイルドさんは街のあちらこちらに咲いている花を見に行くライチーを止めるのに苦労している。
サラサとディアナもフェアチャイルドさんを手伝ってはいるが、やはり花が気になるのかそれとも一風変わった街並みが珍しいのか視線があちこちに動いて忙しない。
展覧会をやっている場所にはパンフレットに書かれている通りの大きな建物なので簡単に見つける事ができた。
建物は石で出来ているけれど、その外壁には植物の蔦が幾何学的に配置され、屋根には外壁から伸びている蔦で覆われた木の看板が置かれている。
「なんだかお化け屋敷みたいだな」
「お化け屋敷って何ですか?」
「ああ……えと、人を怖がらせて楽しませる施設の事だよ。あれだ、怖い話を実体験させる所だよ」
「ナギさんの世界にはそのようなものが?」
「うん」
「その施設に使う建物に似ているんですか?」
「似てるっていうか、ありそうっていう方が正しいかな」
これで建物が薄汚れていて辺りが暗かったら僕は絶対に中には入らない。
建物の入り口に行き、係員と思わしき人に魔獣について中に入れるか聞いてみる。
結論から言うと食む可能性があるから駄目だそうだ。そもそも動物自体が禁止らしい。
どこか近くに預けられるような所はないかと聞くと、組合の施設を紹介された。
そこ、もう使っているんですよ。
さすがに戻るのは面倒だ。入口で待っていて貰ってもいいかを聞くと、いい顔はされなかった。外壁の蔦の心配をしているんだろう。
フェアチャイルドさんが心配そうに僕の服の裾を掴み顔を見てくる。きっと僕と一緒に観たいと思ってくれているのだろう。一緒に観て回るという約束を破りたくはないな。
仕方ないので戻ろうかと言いだそうとしたが、その前にフェアチャイルドさんがならばせめて空き地はないかと聞いていた。
すると近くに小さな公園のような空き地がある事を教えてもらえた。
早速教えた貰った空き地まで行くと、サラサがナス達を見てくれると申し出てきた。
「いいの?」
「ええ。分け身を作ってレナスと行動させれば私も見る事はできるもの」
「分け身?」
「魔力を使ってこの体とほぼ同じ機能を持った身体を作るのよ。核ともいえる部分は複製できないから普通は姿は見えないけれど、契約しているレナスになら感じられるはずよ」
「あっ、今増えました」
見た目には全く分からない。けど、ナスには分かるようでサラサの右隣をじっと見ている。
「やっぱりナスには見えちゃうのね」
「ぴー」
サラサは苦笑しナスの頭を撫でる。
「じゃあここは任せちゃっていいかな?」
「ええ。……ああ、一応姿も変えておきますか」
そう言うとサラサの身体が火ではない赤い霧のようなものに包まれた。
赤い霧は集まり徐々に人の形を取っていく。
そして、最終的にサラサをそのまま大きくした妖艶な美女の姿に固定される。
「そんな事できるんだ」
「小さい方が楽なのよね」
サラサは確かめるように自分の指先から足の先までをサラッと見た後僕と視線を合わせる。
「これなら人間と一緒にいるって思わせられるでしょ?」
サラサさんの赤い唇が吊り上がる。なんとも蠱惑的な表情だ。僕も思わずドキッとしてしまった。
「ありがとうサラサ。助かるよ」
魅力的な女性になったけれど相手は精霊だ。気持ちを落ち着かせなければ。
「ヒビキとナスの事頼むよ。ヒビキ、サラサとナスと一緒に待っててね?」
「きゅー……」
ヒビキは離れがたいのか僕の胸に顔を埋める。だけどやがて自分から離れナスの傍へ跳んだ。
そして、ヒビキはナスのお腹に身を寄せる。
「ナス、ヒビキの事頼んだよ」
「ぴー」
返事をした後ナスはヒビキの身体に自分の鼻先を擦り付ける。まるで慰めているようだ。
後ろ髪を引かれる思いでナス達と分かれ展覧会の会場へ戻る。
今度はすんなりと入る事が出来た。ライチーの分の入場料も取られそうになったが、精霊だと説明すると丁寧に謝られ中に入れてくれた。
「ナギさん。やはりヒビキさんの事が気になりますか?」
「えっ、顔に出てた?」
「はい。その、少し浮かない顔をしていました」
「そっか。……なんだか効率の悪い事してるなって思ってさ」
「最初から連れてこなければよかったと?」
「せめて連れて歩くのは展覧会観終わってからよかったんじゃないかなとは思ったんだ」
「……ナギさんはナスさん達と残るかと思いました」
「……」
考えなかった訳じゃない。展覧会はそもそもフェアチャイルドさんが見たいと言った場所で、僕はどうしても見たい所ではなかったから。
本当なら魔獣使いとしてナス達を優先させるべきなんだろう。
でも、僕はその選択を選べなかった。
僕は、自分のしたい事を優先させてしまったんだ。
「ヒビキは寂しがりな所はあるけど二匹とも賢いからね。大丈夫だよ」
それにナスは光学迷彩を使える。サラサの申し出があったからナスに言わなかったが、空き地の隅で姿を隠していれば騒ぎになるような事もなかったはずだ。
「今は展覧会を楽しもうよ」
「……そうですね」
展覧会で飾られている花は前世であった生け花のように少量の花が飾られていたり、逆にフラワーアレンジメントのように華やかに小さな器から沢山の花が飾られている。
他にも会場の部屋の出入り口には花のアーチが飾られている。会場に入ってからフェアチャイルドさんとディアナに注意されていたライチーだけれどアーチをくぐる時ばかりは興奮を隠さなかった。
「んー……花の香りがしませんね」
『しないねー』
展示物にできるだけ鼻を近づかせていた残念そうに呟くフェアチャイルドさんとライチー。
確かに香りも花を楽しむ上で必要な物なのかもしれないな。
「ブリザベーションかけてあるんだろうね」
「少し残念です」
香りはないけれど、美しさを楽しむ事はできる。
フェアチャイルドさんもやはり女の子らしく香りはなくとも美しい物を見て機嫌がよさそうだ。
フェアチャイルドさんが望んだ事とはいえもうちょっとゆっくり景色を楽しみながら旅すればよかったかな。
いつの間にか、会場を回っているうちに彼女は僕の手を引いていた。
いつもは僕の一歩後ろにいる彼女が。
ここに来れて本当に良かった。
展覧会を堪能した僕達はナス達を迎えに行くと、僕に気が付いたナスがヒビキを鼻先でつつき僕達に気づかせる。
ナスのお腹に抱きついていたヒビキはつつかれた事により僕に気づきすぐに僕に飛び付いてきた。
「お待たせ、ヒビキ」
「きゅーきゅー」
ヒビキの軟らかい羽毛が僕の首筋をくすぐる。
ナスも寄ってきて僕の脚に頭を擦りつけてくる。
「ナス、ヒビキの事ありがとうね」
「ぴー」
「サラサもありがとう。ふたりの面倒を見てくれて」
「どういたしまして。といっても分け身でそっち見てたからあんまり面倒見てた訳じゃないけれどね」
「それでもありがとうだよ」
「ふふっ、ナギって本当に律儀ね。ナギも私と契約してみない?」
「え? いいの?」
「ナギが良ければ」
「僕普通に魔法使うよ?」
「別に構わないわ。あなたは大切な子を助けてくれた。私達にとって特別な人間だもの。それ位は許容範囲内よ」
「んー、それなら契約してみようかな。何をすればいいの?」
「簡単よ。私の手のひらに自分の手のひらを合わせて」
大人の容姿をしたままのサラサが手のひらを僕に向けて突き出してくる。僕はその手のひらに自分の手のひらをくっつける。
「これで……あら?」
「なにかあったの?」
「……ナギと契約するのは無理みたいね」
「どうして?」
「なんといえばいいのかしら……私達精霊と契約者の間には目には見えない繋がりがあるのよ。
その繋がりによって離れた場所でも会話をする事ができるし、力を渡す事が出来るの」
「繋がり……なるほど」
繋がる経緯は違うけどシエル様との回路みたいな物か。奇跡の力の代わりに借りれるのが魔力という事なんだろう。
「でもね、ナギには繋げる余地が残されていないのよ。なんというか、すでに強大な力を持った精霊がナギとの繋がりを独占しているような感覚ね」
「心当たりはあるよ。たぶん神様との繋がりじゃないかな」
「……そうでしょうね。普通神様とそこまでの繋がりを持っている人間なんていないのだけど」
精霊術士でも神聖魔法は使えるし、高位の神聖魔法を使える人でも普通は精霊と契約する事が出来る。
けどきっと僕は毎日シエル様と会話をしていたから回路が精霊達と繋げられないほど拡張されてしまったんだ。シエル様と親しくしていたら精霊と契約できなくなるとは思わなかった。
「そういう事なら仕方ないね」
「残念ね。ナギと契約できないなんて」
僕の頬を撫でながら残念そう言った。
フェアチャイルドさんが僕の腕を引っ張りサラサの手から離された。
「サラサさん。そろそろ元の姿に戻ったらどうでしょう?」
「あら? ふふっ、そうね」
サラサの身体が徐々に解かれるように赤い霧に代わって行く。
赤い霧が晴れて現れたのはデフォルメされたサラサだ。小さくなってしまって少し残念。
サラサが小さくなった所で次の目的地へ向かう事にした。
お土産屋は北の大通りの西側に位置している。
僕達はまず南の大通りに出て、そこから真っ直ぐ北上し寮と思わしき建物を通り過ぎ、北の大通りに複数ある西に向かう路地のうちの五つ目に入る。
路地には何件もお土産屋が並んでおり人の通りも多い。
お母さんにはダイソン名物の香水を、お父さんにはお酒を、ルイスには髪飾りを買おうと思っている。
選んでいる間ナス達は店の前で待っていてもらう。
お母さんに似合う香水は何だろう。ルイスに似合う髪飾りは何だろう。フェアチャイルドさんと相談しながら二人のお土産を選ぶ。
フェアチャイルドさんがいて本当に助かる。未だにこういうものは僕にはよくわからない領域だ。
お酒に関しては僕はおろかフェアチャイルドさんも飲んだ事がないので良し悪しがわからない。
この世界の飲酒可能年齢は特に設けられていないが、子供が飲むのはやはりよしとはされていない。
カナデさんなら分かるのだろうか? お酒を飲んでいる所は見たことないけれど。
とりあえずお酒は店員におすすめの物を聞いてから購入しちょっと質のいい紙で包んで貰う。お父さんへのお土産だという事を告げると目じりが下がって温かい目をされた。
お土産を買い終わると次は配達をしてもらわないといけない。
箱を買い、それに緩衝材の藁を入れてから手紙とお土産を詰め込み郵便屋に行き預ける。
フェアチャイルドさんもレーベさんへのお土産を買ったので同じように荷物を預けていた。
見たい所を見終わった僕らは明日からの食料を補充するために市場へ向かった。
いい匂いがする所為かヒビキのくちばしから涎が零れ落ちそうになりズボンにかかりそうなので布切れでいちいちふき取る羽目になった。次からは置いてから来よう。
ナスの方は落ち着いたものだ。
ナスは今は人が多いから角が刺さらないようにと僕とフェアチャイルドさんの間にいる。
「何買おうか」
出来れば昨日食べた料理を再現したいのだけど、一応先にフェアチャイルドさんに聞いておく。
「いつもどおりでいいのではないですか?」
「んー、それもいいんだけど……ん?」
視線を迷わせた先、袋が山のように積み上げられている店に掲げられている看板に書かれている文字に僕は注目した。
「砂糖一袋銅貨八十枚だって!?」
安い! 調味料が貴重なこの世界では袋だと最低でも銀貨は出さないと買えない。
砂糖は塩よりは手に入りやすく値段も安いけれど、銅貨八十枚はさすがに詐欺を疑ってしまう。
フェアチャイルドさんも疑わしそうに店を見ている。
急かされる心を落ち着かせながら店に近づき店員に話を聞く。
するとどうやらこのダイソンでは最近砂糖が値下がりしているらしい。
それというのも、もともとダイソンはパパイのおかげでお菓子作りが盛んな都市だったらしい。お土産にもそういえばお菓子が多かった。
その影響で東の国々からの輸入品で砂糖が採れる植物を育て始めたらこれが土壌がよく合ったのか豊作になり名産品となったようだ。
昔はパナイから取っていた砂糖も、より簡単に栽培が出来て大量に砂糖が採れる植物にその役目を取って代わられ、今では砂糖にはせずダイソン名物の蜜として期間限定で売り出されているらしい。
残念ながら蜜の時期はもう過ぎているので買う事はできないが。
念の為味見と称してお金を払い沢山積み上げられている袋の一つを買って中身を改める。本物だ。無造作に選んだ袋だから全部が偽物という事はないだろう。
「うん。おいしい。もう二袋貰えますか?」
「いいけど、重くないかい?」
「大丈夫です」
ヒビキはナスの背中に預け袋の重さを確かめる。これならあと二袋くらいは余裕だろう。
「ナギさん。そんなにお砂糖買ってどうするんですか?」
「んふふ。いい物作るんだ」
「いいもの、ですか?」
あとはアレも買わないとな。




