仲間
カナデさんはおっとりした見た目に反して頼りになる人だ。
薬草の知識やその加工の知識は豊富だし、冒険者の先輩という事もあり旅の知識も豊富だ。
簡単な薬の作り方を教えてくれたり、情報を集める際の注意点なんかも教えてくれるし、特訓にも付き合ってくれたりもして本当に親切な人なんだ。
ちょっと臆病で、お人よし過ぎるんじゃないかと思う所もあるけれどそれらもまたカナデさんの魅力の一つと言ってもいいだろう。
人当たりのいいその性格は依頼を受ける時の依頼人との交渉の時にも発揮され有利に進めている事もあった。おっとりした顔をして意外としたたかだ。見習わないと。
お返しに特訓の手伝いや料理で恩を返しているけれど、こんなもんじゃ全然足りないだろう。
冒険者見習いになって二ヶ月半。研修の旅も後一つ印を貰えば修了という所まで来ている。
カナデさんはこの旅が終わった後はどうするのだろう。
出来れば一緒に旅をしてくれたら心強いのだけど……問題はやはり級位の差だろう。
初級同士なら同じ依頼を受ける事は出来るんだけど、級位が違うと一緒に依頼を受ける事は出来ない。
カナデさんの話によると地域によって受けられる依頼の数も級位で変わるらしい。
国の外側に面している都市なら中級の依頼が多いのだけれど、中心部に近寄るにしたがって仕事がなくなっていくらしい。
それも当然で、中級の主な仕事は護衛か魔物相手の物だから魔物のいない中心部では商人の護衛しか仕事がなくなる。
一応下位の仕事も受けられるらしいけれど、武具の手入れはお金がかかり、下位の仕事ではまかないきれず金銭面の問題で冒険者をやめる人も少なくはないんだとか。
今回の研修の旅の同行人は報酬がいいらしく選ばれたら運がいいらしい。
何とも世知辛い事だ。強くは引き留める事は出来ないだろう。
それとは別の問題で僕の事はどこまで知られていいかについてはフェアチャイルドさんと相談をすでに終えている。
基本的には自分達からは前世の事もシエル様の事も隠し通す事にする。はっきり言って僕にはこの二つを公言するメリットが無い。
内政チートをしたい訳ではないし、シエル様の事を話して注目されるのも避けたい。
幸いシエル様については特殊神聖魔法さえ使わなければ隠し通せる。
前世についても話さなければバレないだろう。
人には誰しも秘密はあるもの。話さなくていい事なら話さなくていいのだ。
ボロが出ないかは心配だが。
学校で習っていない光の屈折の説明を聞かれた? 何の事か分かりませんね。
結局旅の終わりの事を聞けぬまま村にたどり着いた。
受けた依頼は草むしりだった。最後の依頼が草むしり……。
アースが一瞬で終わらせてくれました。これには村長さんもびっくり。
何の感慨もなく依頼が終わって印を貰ってしまった。
後は都市に戻るだけだ。今いる村は都市までは街道沿いに行けば二日の距離にあるけれど真っ直ぐ進めば一日の場所にある。さらにアースに乗ればもっと早く着く事が出来る。
……でも僕はあえて街道沿いに戻る事を提案する。
そして、誰からも反対の声は出なかった。
一時間ほどしか滞在しなかった村を出るとカナデさんがポツリと呟いた。
「紙の提出が終わったら次は本部ですねぇ。どういう順路で行きましょうかぁ」
「え? ついて来てくれるんですか」
「え? だ、駄目でしたかぁ?」
「いえ全然! むしろ嬉しいですよ!」
全力で否定するとカナデさんは胸を撫で下ろした。
「よかったですぅ。折角仲良くなれたのに皆さんとお別れするのは寂しかったんですよぉ」
そう言って僕が抱えているヒビキのくちばしを人差し指で撫でる。
「きゅ~きゅ~」
ヒビキはカナデさんの指をくちばしで捕まえようとするけれど、カナデさんは指を離しトンボを捕まえる時にするように人差し指だけを回し挑発する。
ヒビキは捕まえようと身を乗り出すが僕の拘束は解けない。
「どうせだからこのままチームを組んじゃいましょうかぁ」
「それは、カナデさんに迷惑かかりませんか?」
「私は気にしませんよぉ?」
「でも、僕達は正式に冒険者になったらまず首都に暫く滞在するつもりなんです。そうなると中級のお仕事が無いから昇位が遅くなって、カナデさんの目的を達するのが遅れてしまいますよ?」
「んー……私としてはぁ、むしろ目的の為の近道だと思っていますよぉ?」
「どうしてですか?」
「アースさんみたいな強力そうな魔獣が三匹もいるじゃないですかぁ。これって結構重要ですよ~。
普通魔獣を従えている人はそうはいません。
冒険者ならば熟練の中級以上の冒険者位ですよ? そんなに従えているのは~。
そもそも魔獣使いになる事自体難しいそうですぅ。
アリスさんは~、新進気鋭の有能な魔獣使いと周りから見られている事を自覚しておいた方がいいですよぉ?
そして……私は期待しているんですよぉ? アリスさん自身にも。
アリスさんはまだまだ伸びます。ずっと特訓に付き合っていた私が言うのですから間違いないですよ~」
「そんなおだてないで下さいよ」
ヒビキと遊んでいた指を引っ込めてそのまま人差し指と親指で輪っかを作り片方の目で輪っかから僕を覗き込みお道化た風に言った。
「おだててなんかいませんよぉ。私の目に狂いはありません。アリスさんは将来大物になりますよ~」
「それって魔獣ありきででしょう?」
「うふふ~、それもまた冒険者の実力のうちですよぉ。
そんな訳でぇ、私としては目的も同じ魔の平野を越えるアリスさん達と一緒に居たい訳なんですよぉ」
「それは分かりましたけど、実際問題お金の問題はどうするんですか? 武器や防具の手入れとかで辛いって聞きますけど」
「そこは何とかなりますよぉ」
「うーん。僕はいいんですけど、無理はしないでくださいね?」
「はい~」
「それで、フェアチャイルドさんはどう思う?」
「ナギさんが反対しないのなら私もいいと思います。カナデさんは色々知っていますし頼りになると思いますから」
ライチーも同じ意見なのかフェアチャイルドさんの横で首を縦に振っている。
他の二人が出てこないのは反対する気はないととっていいのだろうか?
「ううっ、二人ともありがとうございますぅ」
指で涙をぬぐう仕草をするカナデさん。しかしその目は別に涙で濡れていないし涙が零れ落ちた訳でもない。
「お礼を言うのはこっちの方ですよ。まだ見習いである僕達に付き合ってくれるんですから。ありがとうございますカナデさん」
「これからもよろしくお願いします」
「はい~よろしくお願いしますぅ」
カナデさんは僕とフェアチャイルドさんを纏めて抱きしめてきた。
「おっふ」
変な声が出てしまった。
金属の胸当てが顔に当たって少し痛い。けど……胸当ての向こう側に夢が詰まっていると思うとこういう痛みも悪くはない。
「むっ」
「あちっ」
僕の脇腹の辺りに痛みが走る。
感覚からして抓られてる?
フェアチャイルドさんの顔を見てみると、彼女はツンとさせて僕から顔を背けた。
また女の子らしからぬ顔をしていたんだろう。ありがとうフェアチャイルドさん。
「あっ痛かったですかぁ?」
「あはは……胸当てがちょっと」
「ごめんなさい」
カナデさんは申し訳なさそうに謝りながら僕達を離し手を背中に回す。
フェアチャイルドさんが訝しげに問う。
「カナデさん? どうして胸当てを外そうと?」
「邪魔そうでしたので~」
「もう抱き着いてこなくていいです」
「え~」
「そもそもナギさんに抱き着かないでください! ナ、ナギさんはお、おっぱいが嫌いなんです!」
「えっ、そんな事ないけど」
否定すると睨みつけられた。
「そ、そうだったんですかぁ!?」
「ち、小さい方がいいって言っていました!」
「やめて!? 変態みたいじゃん! 僕そんな事言った!?」
「い、言いました! 胸は邪魔だから大きくない方がいいって……」
「それ僕の胸の事だよね? 自分の胸についての言葉だよね? 胸の好みについての言葉じゃないからね?」
「じゃあナギさんは大きい方が好きなんですか?」
「落ち着いて? 僕女の子だよ? そんなの気にするわけないじゃないか?」
カナデさんの前であまり変な話はしたくない。中身が男だってバレる事はないと思うけど……変態のそしりを受ける事は絶対に避けたい。
フェアチャイルドさんも自分が何を言おうとしているのか気づいたのか気まずそうに口を閉ざした。
でもまだ言いたい事があるのかその目は険しい。
「フェアチャイルドさん。そんな怖い顔しないで。いつもの綺麗な顔が台無しだよ? いつもの君に戻って欲しいな」
そう言うと頬を赤く染めながら目じりを下げてくれた。
『レナスかおまっかっかーサラサみたーい』
『ライチーさん五月蠅いです』
ライチーと軽口を叩き合う事によってフェアチャイルドさんの口元が和らいでいく。
機嫌は治っただろうか。
しかし、何故あそこまで胸の大きさを気にしていたのか。
確かにフェアチャイルドさんの胸は控えめでヒビキがなんか硬いと文句言っていたけど、まだまだこれから成長していくんだ。気にしなくてもよさそうなものだけど……。




