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その言葉の意味

 特訓は日が完全に暮れるまで続いた。

 特訓を見ていたナスが光を集めて明るくしてくれたのでやろうと思えば続けられるのだけど、そろそろ夕食が出来る時間だ。カナデさんにお礼を言って今日の特訓は終了とした。

 教会の居住部分まで行くと台所の方からいい匂いがしてくる。

 荷物を置いて食堂に顔出してみるとテーブルの上に料理を並べているレーベさんの姿があった。


「お夕飯の支度はもう少しで整いますよ。手を洗い席に着いてくださいね」


 僕は元気よく応えてカナデさんと共に洗面所で手を洗ってから食卓に着く。

 全ての料理が並び終えると奥の方からフェアチャイルドさんが出てきた。

 そして、フェアチャイルドさんは僕の隣に座る。

 全員が席に着くとレーベさんは祈りの言葉を神様に捧げる。僕達も真似するように続いてから食事を始めた。

 料理の中に材料が不揃いに切られた料理が混じっている。これがフェアチャイルドさんの作った料理だろう。

 彼女の料理は何度か食べているけれど切り方がまだ下手なんだ。

 形が不揃いなせいで火の通り方がまちまちだったり味の濃さも変わってしまっているが、不味いという事はない。

 そもそもこの国の料理は基本的に調味料の種類が少なく、また高い為あまり使わないので味が薄い物が多い。

 前世の記憶はある分物足りなさは感じるけれど舌は適応しているので恋しくなる事はない。

 フェアチャイルドさんの料理も若干物足りなさは感じるが味と食感が変わるので飽きが来ない……という事にしておこう。


「おいしいね」


 そう言うと彼女は照れたのか身体を揺らし顔を俯かせ、小さくお礼を言った後食べる速度を上げた。かわいい。

 食事が終わるとフェアチャイルドさんに今日はどこで寝るのかを聞いた。するとどうやら今日は僕達と一緒に寝るらしい。

 いいのかと聞くと、昨日十分甘えたのでもういいらしい。もう子供じゃないですからと得意顔で言ったので意地悪でじゃあ僕のベッドに潜り込むのもやめたらどうかと言ってみたら途端に涙を浮かべ震える声で分かりましたと言った。

 僕は慌てて謝った。泣くほどの事なのか。

 彼女は泣き止むと僕の事を意地悪と言いぷりぷりと怒り出した。大人にはまだまだ遠そうだ。





 夜中、尿意を覚えて目が覚めた。

 僕を腕と足で拘束しているフェアチャイルドさんを剥がす。流石に起きない様にという配慮をしている余裕はない。女の子の身体は男の時よりも我慢するのが難しいんだ。


「うぇひひ……ナギさん……」


 起こしちゃったかと思ったけれどどうやら寝言の様だ。

 最近寝言で変な笑い方するようになったんだよなこの子。もうそろそろそういう年頃だからかな。注意した方がいいのか収まるのを暖かく見守った方がいいのか。

 起こさない様に光量を抑えたライトを作り静かに部屋を出てトイレへ。

 さっぱりして部屋に戻ろうとした途中礼拝堂への扉が開き中から光が漏れている事に気づいた。

 レーベさんがお祈りでもしているのだろうか。好奇心に任せ扉の隙間から覗いてみるとレーベさんが祈りを捧げている姿が見えた。

 邪魔しては悪いだろうと引き返そうとしたその時。


「ナギさんかしら」


 音は出していないはずなのにいる事がばれた?


「そうです。すみません邪魔してしまって」

「いいんですよ。たまたま目に入って気づいただけですから」

「あはは……こんな時間までお祈りをしているんですね」

「あの子の……レナスの無事を神に感謝していました。そして、これからの無事も」

「そうでしたか……」

「ナギさん。あの子によくしてくれて、本当にありがとう」

「そ、そんなお礼を言われるような事じゃ」

「いいえ、あの子の心を救ってくれたのは間違いなくナギさんと、もう一人の遠くへ行ってしまったあの子の友達です。

 私ではあの子の心は救えませんでした……。

 情けない話ですね。本当の親ではないとはいえ、我が子の様に育てていた娘一人救えないないなんて」

「レーベさん……」

「私も、怖かったんです。あの子に会うのが。

 本当ならいつでも会いに行けたのに……仕事を言い訳に使いいつも手紙ばかりで。

 会いに行ってもあの子に拒否されるのが怖くて、いいえ……違う。これ以上思い出を作るのが怖かったんです。

 死に行く運命のあの子を見るのが辛かったのです。

 あの子の様にあの子もいなくなるのが怖かったんです」


 相手は子供だというのにレーベさんは悔いるように両手を合わせ俯きながら語ったそれはまさしく懺悔だった。

 これが懺悔だとして、僕は何と答えればいいのだろう。

 僕に言える事は何だろう。

 あの子とは誰の事だろうか。

 触れにくい。

 けれど想像は出来てしまう。だから僕は聞く事はしなかった。

 僕が踏み入っていいような話なのか分からないから。


「私は……あの子の親にはなれなかった」


 頭の中がぐちゃぐちゃになるくらい考えている最中、レーベさんの言葉によって目の前が真っ白になった。


「……やめてくださいそんな事言うのは」


 自然と口が動いた。

 そんな言葉を口にして欲しくなかった。

 何も出来なかったとしても、きっとあの子はそんな言葉は望んでいないはずだ。

 少なくとも、僕は聞きたくない。


「フェアチャイルドさんは、絶対にそうは思っていません。

 彼女はレーベさんの事を顔も見た事もない本当の親以上にレーベさんの事を慕っています。絶対に。

 何故わかるかって、そうじゃなきゃ一緒に話した事や寝た事を嬉しそうに話すはずないじゃないですか。

 両親の話は一度も聞きませんでしたけれど、その代わりシスターの話はよく出ていました。

 きっとフェアチャイルドさんにとってシスターはお母さんなんです。

 だから、それを否定するような事は……言わないで下さい。

 フェアチャイルドさんから……お母さんを奪わないでください」

「ナギさん……ごめんなさい。弱気になっていたみたいです」


 レーベさんが僕の頬に手を伸ばしてくる。

 どうやら涙が出ていたらしい。ハンカチを当てて涙を拭きとってくれた。


「ナギさん。あの子の友達でいてくれてありがとう」

「はい」

「あの子の事を頼みますね」

「旅を終えたら絶対に無事でレーベさんの元へ送り届けます。……あっ、もしも旅先で結婚する事になったら僕がレーベさんを案内しますね!」

「あらっ、うふふ。そうですね。その時はお願いしますね」


 レーベさんの暗い顔はどうやら晴れたようだ。穏やかに笑い僕にもうそろそろ寝るように促してきた。

 身体の成長の為に僕は素直に従う事にする。

 レーベさんはもう少しお祈りをするらしく礼拝堂に残った。

 部屋に戻りフェアチャイルドさんが眠っているベッドに入ろうとする前に一瞬カナデさんのベッドに入ってやろうかとも思ったけれど、寝れなくなる事が容易に想像できたのですぐに頭の中から放り出した。

 お布団の中に入ると早速フェアチャイルドさんが僕の胸に顔を埋めてくる。

 とりあえずフェアチャイルドさんを胸から離し枕に彼女の頭を乗せる。

 起きているのだろうか? いや、寝息が聞こえる。寝ているんだろう。寝ているのに僕の胸に埋めてくるのか……何だろうねこのホイホイ性能は。

 僕の胸って何か出てるのか?

 



 出発の時間が来た。

 フェアチャイルドさんにもう少しゆっくりした方がいいのではないかと薦めたのだけれど、早く研修を終わらせたいらしい。

 一ヶ月以上足止めを食らっていたんだから急ぎたくなっても仕方がないか。何せ遅くなればなるほどアールスとの再会が遅れてしまうのだから。


「それでは皆さん。お世話になりましたぁ」


 村の入り口まで見送りに来てくれた村の皆さんにカナデさんが率先して頭を下げお礼を言うと、僕とフェアチャイルドさんも後に続く。

 村人達は口々にまた帰って来いよとか気を付けてねとか主にフェアチャイルドさんに向けて別れの言葉を送った。

 別れの言葉が収まるとレーベさんがフェアチャイルドさんの前に出てきた。


「レナス。辛くなったらいつでも帰ってきていいのですからね」

「大丈夫です。ナギさんやライチーさん達がいます」


 精霊達は今全員外に出て来ていてすまし顔で言うフェアチャイルドさんの言葉にうなずいている。


「あまり無茶はしてはだめですよ。無茶は周りの人に心配をかけてしまうのですから」

「気を付けます」

「具合が悪くなったらすぐに休んで信頼できる人に相談するのですよ」

「分かっています。そこまで子供じゃありません」


 拗ねたのかレーベさんから目をそらし頬を膨らませる。

 レーベさんは拗ねている彼女を愛おしそうに目を細めて見つめて、両手を広げて抱き寄せた。


「えっ」


 驚いたように声を上げるフェアチャイルドさん。


「無事に、帰ってきて」

「……はい。シスター(お母さん)


 ああ、なんだ。簡単な事だったんだ。

 フェアチャイルドさんから聞こえていたシスターという言葉の不自然さ、違和感の正体はこれだったんだ。

 上手く翻訳できなかったのは僕に向けられた言葉じゃなかったから。

 さらに彼女の気持ちが不安定だったから、もしくは自動翻訳が発展途上だったから、あるいは両方かも知れないけど、上手く聞き取れなかった理由はこんな所だと思う。

 何にせよフェアチャイルドさんがレーベさんと直に会って話しかけた所に至った事によって副音声が機能し始めたんだ。

 シエル様は僕の事や僕が触れている対象の事しか分からない。分からないはずだ。問題は外にあったんだから。

 つまり、フェアチャイルドさんはシスターっていう単語をレーベさんに対してはお母さんと同じ意味で言っていたんだ。

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