ヒビキ
ヒビキが魔物達の大部分を一掃した事により、生き残った魔物は散り散りに逃げ戦いは一気に優勢に変わり間を置かずに一先ずの終わりを見せた。
壁の向こう側には草木はなく隠れられる場所はない。壁を作る為に土石が使われ壁の向こう側はちょっとした窪地になっているらしい。
見通しがいいらしいから逃げ出した魔物を見逃すという事はなく殲滅する事に成功したらしい。
戦いが終わり緩んだ空気の中説教が終わり解放されたのは夜遅くだった。
本当に馬鹿な事をしたものだ。
ウィトスさんにも怒られたけれど、怒っていたのは最初だけで途中から泣き出し僕が慰める羽目に陥った。
衝動的だった。寂しいと言う泣き声を聞いただけで身体が動いた。今回は偶々魔物のほとんどがヒビキに一掃されていたから無事だったけれど、そうでなかったらどうなっていただろう。
僕はあの子を置いて死んでいたかもしれない。いや、もしかしたらこれからも同じような事が起こるかもしれない。僕はその事実に心から恐怖した。
もしも、あの子がこの場にいて、もっと危険な状況だったら? 僕は泣き声を聞いて冷静じゃいられなくなったら? それであの子を……置いて行ったら?
僕は心に深く刻みつける必要がある。今後同じような事があっても僕は決して衝動的には動かないと。
守る為には子供の様に衝動的に動いては駄目なんだ。その点僕はまだまだ子供だったんだ。ちゃんと踏み止まるべきだったんだ。幾ら過去に何があったとしても僕は守るべき物をちゃんと認識しなきゃいけなかったんだ。じゃないと僕はまた同じ過ちを犯してしまう。
魔物の脅威が去ってから数日、僕は今ヒビキを抱きしめながら引き続き重傷者の治療を行っている。一応今回ここに来たのは怪我を治すためだから僕に文句はないのだが、やはり早く帰りたいという気持ちはある。
ヒビキの話は休み時間に少しずつ聞く事が出来た。
どうやら辛い過去を持っているらしい。話を聞き終わって僕に出来る事は何だろうと考えた。
……せめてヒビキの住んでいた山の場所が分かればいいのだけど、長年彷徨っていたらしいから厳しいだろうな。
多分壁の向こう側……魔の平野にある山なんだろう。僕だけなら探しに魔の平野を探索してもいいのだけど、今の僕にその選択は出来ない。
ヒビキはやはり故郷に帰りたいのだろうか。けど……手掛かりがなさすぎる上に危険すぎる。魔獣の為に命を懸けてまで危険を冒す人間などいない。
もしも、全ての約束が果たされた時は、フェアチャイルドさんとは別れナス達を連れて探してみるのもいいかもしれない。
でも今はその事はヒビキに伝えないでおこう。これから先何があるか分からないのだから。
ヒビキは魔獣だけれど可愛らしい見た目のお陰で女性の兵士からの人気は良かった。
ヒビキも構ってくれるのが嬉しいのか人懐っこく自分からすり寄っていったりしている。ウィトスさんもヒビキの魅力にやられた一人だったりする。
僕以外の魔獣使いの人も意味までは分からなくても悲し気な鳴き声を気にしていた人は多いらしくヒビキを気にかけて会いに来る人が後を絶たなかった。
お陰で中々ヒビキのステータスを確認する事が出来なかった。夜寝る前に偶々僕とヒビキ以外に誰もいない時間が出来た時にこっそりと頼んでようやく確認する事が出来た。
名前 ヒビキ 年齢 なし
種族 ロックホッパーペルグナー・ビギニングヒート
性別 なし
職業 なし
HP 7000/7000
MP 6654/6700
力 68
器用 41
敏捷 50
体力 1400
知力 7
運 9
スキル
魔力操作
魔力感知
跳躍Lv.9
気配遮断Lv.8
特殊スキル
フレア・バード
固有能力
壮健 炎熱操作
HPと体力が高いな。MPも人間やナスよりも高いけれど、アースの後だとインパクトがね。
その他の能力は魔獣としては低いな。職業に就いた固有能力持ち人間の子供並だ。持ち前のタフネスさとスキルで生き抜いてきたんだろう。
運が悪いのがちょっと気になるけど、運に関してはこの世界の仕組みに密接に関わっているから部外者であるシエル様にはよく分からないと言っていたっけ。
跳躍はその名の通りジャンプの飛距離や高さ、着地の姿勢の上手さを表す能力だ。地味だと思うけれど、こういう地味な能力がスキルになっているって事はそれだけ持っていない者と比べて隔絶した差があるという事だ。
実際僕もヒビキが仲間になって跳躍のスキルを得る事が出来たけど、得る前と後じゃ跳んだ時の感覚が全く違っていた。何となく正しい体の動かし方が分かるんだ。垂直跳びは前よりも高く飛べるようになったし、幅跳びの飛距離も伸びた。何よりも驚いたのが足さばきまでやりやすくなったんだ。
具体的には飛びのいた時やステップで地面を踏んだ時姿勢が崩れにくくなった。思わぬ副産物だ。
気配遮断はそのまま気配を消して身を隠すための技術だ。こちらも意外と身体の動きに関係していて身のこなしが軽くなった。
僕の足音が消えて気配が薄くなったとウィトスさんが驚いていたっけ。意識したつもりはないんだけれど。
能力の事を話すとウィトスさんは感心したように驚き羨ましがってきた。なんだかずるしてるような気持ちにもなるけれど、転生してる時点でチートなんだから僕が今更気に病んでもただの嫌味だよね。
固有能力の炎熱操作も名前そのまんまだろう。……でもこれ、もしかして僕がフレア・バード使ったらひどい事になるんじゃ。飛んでみたかったけど見送りかな……。
「ありがとう。もう消していいよ」
「きゅー」
ヒビキは青い板を消すと僕の胸に飛び込んできた。どうやら柔らかい肉が好きらしく女性に向かってよく脚や胸に抱き着いていくのが欠点だ。
言葉が分かるからいやらしい気持ちはない事は分かる。
くすぐったいからあまり胸に飛び込んできてほしくないんだけど、ヒビキ自身も結構柔らかいのでもしかしたら仲間を思い出しているのかもしれないな。
僕の胸を枕にしているヒビキを抱きしめたままベッドに横になる。
まだ眠くはないから眠りはしないけど、ヒビキは眠そうにしている。
「きゅ~……」
「眠いなら寝ていいんだよ」
ライトの光量を減らし部屋を薄暗くする。するとヒビキの瞼が落ちて寝息を立て始めた。
「お休み。ヒビキ」
眠ったヒビキの頭を撫でているとトイレに行っていたウィトスさんが戻って来た。
「あら~。ヒビキちゃん寝ちゃったんですかぁ?」
「はい。だから静かに」
指を立てて注意を促すとウィトスさんは頷いて僕の寝ているベッドに縁に座った。
僕は下手に動くと寝入ったばかりのヒビキが起きそうなので失礼かもしれないけれど寝たままウィトスさんの相手をする事にした。
「私もヒビキさんと寝たいですぅ」
「明日ヒビキに聞いてみましょうか?」
「うふふ。お願いしますぅ」
「きっと喜んで了承してくれますよ」
「ナギさんは不思議な子ですねぇ。本当に魔獣達と意思の疎通が出来ているみたいですねぇ」
「あれ? 教えていませんでしたっけ? 実際に意思の疎通できていますよ」
「えぇ?」
ウィトスさんは大声を出さないためにか口元を手で覆ってから驚いた声を上げた。
「僕の固有能力は魔獣の誓いで、翻訳機能があるんですよ。意思のある相手ならどんな鳴き声や国の違う言葉でも僕には分かるし、相手にも僕が何を言っているのか分かるんです」
「はぁ~。魔獣の誓いにそんな能力があるんですか~。初めて知りましたぁ」
「僕は最初に調べた時からこの固有能力だったので特別なのかもしれません。そういえばウィトスさんの固有能力って何なんですか?」
あまり追及されたら困るので矛先をウィトスさんに変える。
「私のはですねぇ、眼識っていう目が良くなる能力なんですぅ」
「へぇ、目利きとかも出来るんですか?」
「ある程度は出来ますよぉ。う~ん。ナギさんの身長は百三十七ってところですかね~。多分平均的な大きさですよぉ」
「そういえば服の上からでも胸の大きさも分かってましてたよね」
「流石に厚着だと分かりませんよ~。ヒビキちゃんは三十六ですねぇ」
「数字に直すと小ささが実感されますね」
「きゅ~……」
「あっ、起こしちゃった?」
「きゅい……」
瞼を開けたかと思ったけれどすぐにまた閉じてしまった。
「うふふ。私達ももう寝ましょうかぁ」
「そうですね……ってどうして僕の布団に入ってくるんです?」
「ヒビキちゃんと一緒に寝たいのでぇ」
「じ、じゃあ僕は他のベッドで寝るのでヒビキは……」
ヒビキを引きはがそうとするとウィトスさんの手が僕の手を止めた。
「まぁまぁ。いいじゃありませんかぁ。このまま一緒に寝ましょうよぉ」
「い、いやそういう訳には」
「うふふ。逃がしませんよぉ」
ウィトスさんがヒビキを挟んだまま僕の背中に腕を回し逃がそうとしない。ヒビキは僕とウィトスさんに胸に挟まれて傍から見たらうらやまけしからん状態だ。まぁ抱きしめたままだったから僕の腕にも当たってるんですけどね。
抵抗すればすぐに剥がせる程度の力。でもそれをすればヒビキは起きてしまうし、ウィトスさんは傷ついてしまうだろう。
年長者としてここは我慢しようではないか。
それにしてもフェアチャイルドさんとはまた違った存在感。圧倒的だ。圧倒的すぎる。
僕の腕とヒビキによって潰された胸は玉のような肌を盛り上がらせて谷間を強調させている。寝れるかこんなもん! 腕に当たる感触も柔らかいし! ありがとうございます!
こんな所をフェアチャイルドさんに見られたらどんな目で見られるか……。
……フェアチャイルドさん元気にしているかな。風邪を引いたりしていないかな。変な人に絡まれていないかな。
ああ、彼女の事を考えるとすぐにでも会いたくなる。けどそれは駄目だ。僕は軍と行動を共にしなければいけないので、軍が後処理を終えるまでは僕は一人で勝手に帰る事は出来ない。
どうか無事でいて欲しい。僕にとって彼女は……。
翌日、正式に帰る日が通達された。出発は明日。今日一日は治療をする時間もあるけれど、帰る支度もしなくちゃいけない。
別れを惜しんでくれる兵士達が治療院へ顔を出してきたので治療を行いながら軽く世間話をしつつ別れの挨拶を済ませておく。
ヒビキに別れを言う人もいる。ヒビキはよく分かっていないようだったようだから昼食の時に伝えると泣き出してしまった。
僕は慌てて慰めたけれど、仲良くなった人が居なくなるのは嫌なようだ。
カームの効果ですぐに落ち着きは取り戻したけれど、僕にがっしりと抱き着き放そうとしなくなった。
もっとも短い羽には指や爪がないから僕が支えないとすぐに剥がれてしまう。
まぁ自分で離れるようになるまで待ってもいいだろう。治療の邪魔にはならないのだから。
そんな訳で午後はヒビキを片腕で持ちながら治療する事になった。
僕含めかわいいとの評判だ。僕含め……。




