第20話「渇望する王子、迫る影」
アレクセイが王城で必死に婚約の真意を訴えていたその頃――。
公爵邸には、フェルナンド王子が到着していた。
彼の胸にあるのは、強引な欲望か、それとも満たされぬ孤独か。
ミレイは彼と向き合い、真実の想いを告げるが……王子の心は次第に追い詰められ、暴走の影を落としていく。
公爵邸。
重厚な扉の前に、慌ただしい足音と共に声が響いた。
「お、お待ちくださいませ、王子殿下!」
執事が制止する間もなく、王子フェルナンドは堂々と館に足を踏み入れる。
「ミレイ嬢はどこだ。すぐに会いたい」
その瞳は期待と高揚に燃えており、執事や使用人たちは顔を青ざめさせた。
急報を受けて駆けつけたマリーも険しい表情で王子の前に立ちふさがる。
「殿下、ミレイ様はまだご準備も――」
「構わぬ!私は王子だぞ?通さぬと言うか?」
強引な物言いに、執事とマリーは互いに視線を交わし、しぶしぶ身を引くしかなかった。
ミレイは落ち着かない気持ちで客間へと足を運ぶ。
王子をこのまま外に立たせるわけにもいかないし、何より――アレクセイ様が戻るまで無用な波風は立てたくなかったからだ。
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客間。
王子は椅子に腰掛けるなり、嬉しそうにミレイを見つめた。
「来てくれたのだな、ミレイ嬢……やはり、君は私の想いを受け入れてくれるのだろう?」
「……殿下」
ミレイは深く息を吸い込み、真っ直ぐに見つめ返す。
「申し訳ありません。私は殿下とは婚約できません」
その言葉に、王子の表情が固まる。
「な、に……?」
「私の心は――アレクセイ様にございます。殿下のお気持ちは光栄ですが、お応えすることはできません」
静かな声で告げると、フェルナンドの瞳が揺れた。
理解できないというように見開かれ、やがてその光がかすかに陰る。
「……どうしてだ。私は王子だぞ……。何でも与えられてきた。なのに……どうして君の心だけは、私のものにならない……」
かすれた声に、ミレイは胸が痛む。
愛を知らずに育った彼の孤独が、にじみ出ていた。
「殿下……」
「お願いだ、せめて今だけでも……私を拒まないでくれ!」
王子は立ち上がり、震える手をミレイへ伸ばす。
その瞳は焦燥と渇望に濁り、理性よりも切実な寂しさに支配されていた。
「殿下!おやめください!」
マリーが慌てて割り込み、執事も制止しようと駆け寄る。
だがフェルナンドは必死に首を振る。
「私は……ただ、温もりが欲しいだけなんだ!誰かに必要とされたいだけなんだ……!」
張り詰めた空気の中、ミレイは立ちすくむ。
胸の奥に走る不安と恐怖――そして切実な願いが、彼女の唇を震わせた。
「……アレクセイ様……!」
呼ぶように紡がれたその声は、館の外に駆け込んでくる蹄の音と重なり――
運命の嵐を告げるかのように、重苦しく響き渡った。
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今回はフェルナンド王子が大きく動きました。
ただの「わがまま王子」ではなく、母の愛を知らずに育った孤独な少年として描きました。
彼の「暴走」は野蛮さではなく、どうしようもない寂しさから来るものです。
その姿に少しでも同情を覚えていただけたら嬉しいです。
そして――この窮地に、アレクセイは間に合うのでしょうか?次回をお楽しみに。
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