第12話:甘く切ない視線、そして心の痛み〜アレクセイ視点〜
日々の穏やかな館での生活――ミレイの小さな心遣いが、アレクセイ様の心を柔らかくする。
しかし、突然の王子の来訪が、甘さと切なさを同時に運んでくる一幕です。
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日々の館での生活は、静かで、しかし心地よい幸福感に満ちていた。
ミレイが用意してくれるお茶や菓子――そのひとつひとつが、まるで自分のためだけに選ばれた贈り物のように思えて、心が柔らかくなる。
小さなクッキーを差し出すミレイの仕草に、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる。
しかし、理性がその感情を抑える。
――今は、そっと目で愛でるだけで十分だ。
ふと、自分の胸の内を呟いてしまう。
「……こんなにくたびれた男に……」
思わず自嘲の笑みが口元に浮かぶ。
――確かに、歳を重ね、戦いや仕事に追われた日々の末の自分だ。だが、それでも――ミレイにそう思わせる自分でいたくない、という思いもあった。
その平穏を破ったのは、突如として告げられた王子の来訪だった。
最初は、渡すものか――と思っていた。
ミレイは自分の目の前にいてほしい。自分だけの時間を――。
しかし、二人が並ぶ姿を目にした瞬間、思わず目を逸らす。
――なんというか、お似合いに見えてしまう。
無垢な笑顔で王子の言葉に頷くミレイを見て、胸がざわつく。
王子の隣に立つミレイの姿は、どうしようもなく眩しく、同時に耐え難いほど遠く思えた。
そして、思わず口をついて出た言葉は、心の内とは逆のものだった。
「せっかくだから、行ってきなさい」
その瞬間、自分の心の奥底に、どこか小さな痛みが走るのを感じた。
――本当は、行ってほしくないのに。
静かな館の空気は、甘さと切なさの入り混じった余韻だけを残していた。
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ミレイの無垢な優しさと王子の熱い視線――その間で揺れるアレクセイ様の胸の内。
心では手放したくないと思いながら、口に出す言葉は逆のもの。
甘くも切ない時間が、静かに流れていきます。




