物騒な世の中
翌日は、ガラス屋さんにもすぐに電話して来てもらったが、警備会社にも来てもらった。線が切断されたので、取り換えだ。
それとは別に、ダンジョン庁からも人が来た。
「侵入しようとした男達は、コソ泥を言い張っていますが、恐らくは他国のエージェントでしょう。狙いは、精霊樹かダンジョンコアでしょうね」
「どうしてここにあると分かったんですか」
幹彦が言うと、しかめっ面で応えた。
「どこからか、情報が漏洩したものと思われます」
それはわかっている。どこから漏れたのかと訊いているのだ。
視線でそう訊くと、手元の手帳に視線を落として口を開いた。
「調査中です。
それよりも、やはり一般家屋に置いておくというのは危険です。侵入に気付かなかったら、殺害されていた可能性もありますし」
チビが、心外そうな顔付きを彼らに向けた。
「そう言われても」
「引っ越しをしませんか」
「嫌です」
すると彼は、ふううう、と、長く鼻から息を吐いた。
「ガラスを全て防弾ガラスに替えます。それと、家の周囲に防犯カメラを増やします」
僕は了承しながら、防弾ガラスは高そうだけど、誰が払うんだろうとぼんやりと考えた。
結局、ダンジョン庁がガラスを総取り換えし、周囲の防犯カメラを増やした。警備会社は、外に出ている線が容易に切断されないように取り付け直した。そして我が家は、地下室の入り口に守るんですを設置しようかと話し合った。
守るんですの困る所は、融通が利かない所だ。僕と幹彦とチビ以外に反応するようにしてはいるが、いつか、ダンジョン庁の人とかが引っ掛からないかと気が気じゃない。
なので、豆太郎を再移植してここに転勤してもらう事にした。エルゼの家に、守るんですを設置する。向こうはそれでも大丈夫だ。勝手に入ると危険だと、既に周知してある。
「えらい目に遭ったなあ」
ガラスの欠片が思いもかけないところから出て来る事があるので、掃除は念入りにだ。チビは裸足なんだから、危ない。
豆太郎の移植も終えると昼過ぎで、何かする時間でもない。
それで僕は古本屋へ行く事にし、幹彦は散髪に行く事にした。チビは留守番だ。
これで「えらい目」が終わったと思いながら。
買ってきた本を読んでいると、幹彦が帰って来た。
「いやあ、最近物騒なのかな。気を付けないと」
と言うので、何かあったのかと訊いてみた。
「散髪の帰り、気分が悪そうにフラフラしてる奴がいたから声をかけたんだ。そうしたら、因縁を付けられて車に引きずり込まれそうになって逃げてきたところだって言うんだ」
「へえ!女の子?」
「いや、男。大学生くらいかな。細くて、なんかきれいな感じの。
で、そばのベンチに座らせて、水が欲しいと言うんでその辺で買って来て渡したんだけどな。家まで電車で帰るのが怖いって言うから、タクシーを停めて、乗せて来た」
幹彦が言い、僕も目を丸くした。
「へえ、怖いなあ。物騒な世の中なんだねえ」
言い合っていると、チビが欠伸をしてから言った。
「お前ら。それは、ハニートラップとかいうやつじゃないのか」
それに、僕も幹彦もキョトンとし、吹き出す。
「チビ。ハニートラップというのは、趣味に合う相手じゃないと意味がないんだよ」
「俺に男を当ててどうするんだよ。なあ」
「世間的に、お前らは女が苦手と認識されているんじゃないか?」
チビの言い分に、僕と幹彦はピタリと黙り、考えた。そして、笑った。
「それで男?いやあ、いくらなんでも」
「ああ。そこまで知られちゃいないだろう?」
「それで、ミキヒコにはフミオのようなタイプを当てて来たんだろう?」
僕と幹彦は、無言になった。
チビは伸びをして、
「結婚騒動の、自業自得だな。
腹が減った」
と澄まして言った。
このチビの言葉は、頭の隅に残ることになった。それが表に出たのは、数日後のことになる。
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