新法は国民を管理するために作るもの
さっきの光は何だったのかと話をする暇もなく、まだまだ来る。
ゾンビはゾンビでも、魔物のゾンビだ。
「傷を付けても怯まないから厄介だな」
斎賀はそう言って舌打ちをする。
「でも、動きはかなり遅いからどうにでもなるぜ」
幹彦は大きなサイを切り刻みながら言った。
首を落とし、胸をえぐって魔石を弾き出す。ガイコツは魔物でも早いし硬いが、魔石の位置が丸見えだし、思い切り殴りでもして骨を崩せば動きが止まる。
僕達は対処に慣れて来た。
「これなら、アンデッド・ダンジョンにこれからも皆来られるかな」
そう言ったら、
「それはまた話が別だ」
とほかのチームの探索者が渋い顔で言った。
大河の奔流のように押し寄せて来ていた魔物が、気が付けばまばらになって来ていた。
「終わりが近いのか」
ホッとしたように誰かが言うと、斎賀が面倒臭い事を言い出した。
「誰が一番やった?」
それで皆が、互いの顔と足元を見た。
「わからないだろ、今日は」
幹彦が言う。ここまで魔石を拾う余裕もなく、転がすままにして来た。低階層から順に、新人などの「魔石拾い係」になった者が拾い集めているはずだが、暇になったらと班ごとに布の袋も持たされている。
「拾っとくか」
幹彦や斎賀などの強い者を残し、手分けして魔石を拾い集めて袋へ入れる。
「これだけあったら、ありがたみもないねえ」
言うと、袋を持っていた探索者も苦笑をもらした。
「全くだな」
明確な「終わり」がわからないが、そろそろ帰ってもいいんじゃないだろうか。そう思っていたら、職員が来た。
「どうですか。落ち着いたようですか」
「そうですね。数も減ったし、おしまいかもしれないですね」
幹彦たちがそう言うと、一旦外に出る事になった。
しばらく監視を続けて、数に変化がなければ終了宣言となるそうだ。
例の資源ダンジョンも、そうしたらしい。
安全がわかっているので、戻るのはエレベーターを使う。
「今日の分は、危険手当だけになるんですか。それとも、集めた魔石を頭割りとかにするんですか」
誰かがそう訊いた。それで誰もが、職員の答えに耳を澄ませる。
「氾濫の時は入場の手続きで特殊な処理をする事になっていまして、今日もしています。それで、誰がどれだけ倒したかわかるようになっているんです」
皆一様に、「へえー」と言った。
何人かが免許証を出して眺めたが、見た目にはわからない。
「またリーダーに通すとわかるんですよ」
職員は、一応の終了で気が楽になっているらしく、笑って答えた。
光で幽霊を全部消したけど、あれはどのくらいいたんだろう?光を出しただけで申し訳ないけどな。誰か文句を言い出さないかと心配になって来た。
このまま忘れてくれる事を密かに祈った。
やがて地上に着き、集めた魔石を渡して、免許証も出す。
「大変だったけど、危険というより、精神的に大変だったな」
そういう会話が方々でなされ、皆、疲れたような顔付きだ。
「それにしても、あの光は何だったんだ」
斎賀が言い出した。余計な事を。
「光?」
ほかの階を担当していた、天空のメンバーなどが訊き返す。
「ああ。これまでは出なかった幽霊──ゲームとかではレイスとかいうんだな。あれが出たんだ。物理は効かないし、火も通り抜けるし、経文も効かない。
その時、やたらと目も開けられないほど眩しい光が広がってな。視界が戻った時には、ゾンビも骸骨も幽霊も1体も残っていなかったんだ。
光が消し去ったのか、あれでただ逃げただけなのか。あの光は何なのか」
難しい顔付きの斎賀や班のメンバーたち、それを興奮した顔で聞くほかの探索者たち。僕と幹彦は口を開かず、チビを抱いて目立たないように突っ立っていた。
やがて順番に免許証を返却されることになり、職員の所に集まる。
「討伐数に応じた料金と危険手当を、後日登録されている口座に振り込みます。もし今日拾った魔石をまだ提出していない人がいれば、出してください。後でわかった場合は、詐欺罪が適用される見込みです」
ザワザワと低くざわめきが満ちた。
それで、免許証を班ごとに返し始める。
僕達の班も返されたが、ふと1人が言った。
「そう言えば、あの光って麻生さんでしょ?」
全員の目がこちらを向く。
「麻生さんが『任せろ』って言った直後だったし、その前に『ゲームだと聖魔法とか光魔法が効く』って話をしてたところだし」
悪気はないらしく、キラキラと目を輝かせている。
「言ってたよね、うん。光魔法が何かもよくはわからなかったけど。あはは」
「いやあ、凄いなあ、魔術士ってのは」
すると、別の1人が反論した。
「え。私もできないわよ、あんな光」
「俺も無理だな。松明みたいなやつか、弾を飛ばすようなやつだけで」
「何か、おかしい」
僕はチビをひたすら撫でまくっていた。
職員も言い出した。
「妙に、討伐数が多いのですが。麻生さん、思い当たる事はありませんか」
訊いている口調ではなかった。
「霊が出た時、最初に小さい光が麻生さんの目の前に出て1体が消失したなあ。見間違いじゃなかったんだ」
余計な事を言うのはやめて欲しい。
「周川さんもおかしいよな。離れた所の奴に向かって振ったら、刃は届いてないのにそいつが切れて」
「それ、この前のワイバーンの時にも見たぜ、俺!」
興奮したように言い出す者もいれば、斎賀はしかめっ面をして幹彦を睨む。
「麻生さん、周川さん。できれば免許証の裏を開示していただければありがたいのですが。勿論、他の人には秘密にします」
僕と幹彦は、抵抗を試みた。
「何でですか。そういうのは見せないようにした方がいいって、免許を貰った時に聞きましたよ」
「聞きました」
しかし職員は、きっぱりと言った。
「今後氾濫とかどうしようもない魔物が現れた時、それに対抗できる能力のある探索者に協力を求める事があるかも知れません。なので、協会にはそれがわかるようにしておこうという議論がなされており、新法が近々国会で可決されるでしょう」
それに対して、個人情報とか言う者がいたが、大体は仕方がないかという顔付きだ。日本人らしい反応だ。
そして僕達も、仕方がないかと諦めた。
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