プロポーズは突然に
幹彦の実家に魔素を含んだ果物や野菜や肉を持って行こうとしたら、おばさんに時間を指定された。
幹彦の実家では剣道の道場を開いており、お兄さんの雅彦さんが教えている。
昔から子供が習い事として通うのは相変わらずだが、最近では探索者や探索者になろうと考えている者も通うようになった。
最初は素人の自己流も多かったが、やはり基本を知っている者の方が強いし安全だというのはすぐにわかり、こういう流れになっているらしい。
しかもこの道場は、この前天空とやり合った時のことがきっかけで幹彦の実家だと知れ、門下生が急増したらしい。
今の時間も、探索者や探索者を志す者の時間らしかった。
「こんばんは」
家の方へ入ると、おばさんがすぐに玄関に出て来て、ニコニコとして言う。
「あらあ、いつもありがとう。悪いわね。
史緒君、手伝ってもらってもいいかしら」
「はい。勿論いいですよ」
僕もにこにことして、クーラーや袋をキッチンへと運んで行きかける。
と、幹彦も運ぼうとしたのだが、おばさんが止めた。
「ああ、幹彦はちょっと道場へこれを持って行ってちょうだい」
冷えた経口補水液だ。
「ええ?こんなの、してなかっただろ?」
幹彦は妙な顔をした。
「ライバル道場は多いのよ。いいから、早く!」
言われて、幹彦はペットボトルを並べたお盆を持って道場へ向かった。
チビはやや迷ったようだが、幹彦の後をついて行った。
そして僕はおばさんと持って来たものを冷蔵庫に入れたりしながら、話をしていたのだが、幹彦が一向に帰って来ない。
「どうかしたのかな?見て来ようか」
「い、いいのよ、史緒君。
それで、聞いたんだけど、ワイバーンってどんなのだったの?」
おばさんに訊かれ、色々と話していた。
しばらくして戻って来た幹彦は、ブスッとして機嫌が悪かった。
「帰るぞ、史緒」
「え?」
僕は何かあったのかと首を傾け、おばさんはオロオロとし始めた。
「雅彦さんと喧嘩でもしたのか?」
「いいや。兄貴は悪くないぜ」
幹彦は言って、ジロリとおばさんを見て、玄関に足音も高く向かう。
僕は何が何だかわからないまま、おばさんにさよならを言って後を追う。
「ま、待って。幹彦」
おばさんも後を追って来たが、幹彦は足を止めると大きく溜め息をつき、おばさんに言った。
「こんな風に画策するの、やめてくれよな。俺の生き方は俺が決める。迷惑はかけてないだろうし、もしそうだとしても、言葉で言ってくれ」
おばさんはおろおろしていたが、それでキッと幹彦を睨み据えた。
「迷惑はかかってないわよ。でも、心配して当然でしょう?子供が不安定な職業に就いただけでなく、結婚までしそうにないなんて」
「大きなお世話だね。女は当分ごめんだ」
「当分っていつまでよ」
「何年か」
「バカな事を言ってるんじゃありません。恥ずかしいでしょう?」
「何がどう恥ずかしいんだ?結婚しない奴なんて今時珍しくもねえし、世間体のためにその気も無い人と結婚なんてできるかよ」
口を挟めないまま2人の言い合いを聞いていて、親子のよくある会話だろうな、と思っていた。
結婚しない人が増えているのはそうなのだが、やはり親世代では、結婚してこそという考えの人もまだ多い。特に幹彦のおばさんは、男ばかりを産んで、娘が欲しかったとよく嘆き、息子が嫁を取るのだけが楽しみだと昔から言っていた。
雅彦さんの彼女はきっぱり、しっかりとしていて、かわいらしい嫁を願うおばさんの希望からは外れていたらしい。それでおばさんは、幹彦には可愛くて優しく義母によく懐く大人しい女性をと願っているとは察していた。
どうもそれでおばさんが何かしたようだ。
幹彦はおばさんをムスッとした顔で睨むと、何かを思いついたような顔をした。
嫌な予感がした。
「そんなに結婚して欲しいなら、してやろうか」
「まあ!本当に?」
喜ぶおばさんだが、幹彦がこちらを見たので、いよいよ嫌な予感が膨らんだ。
「史緒、結婚しようぜ」
やっぱりな。
「同性婚は法律で認められた婚姻だからな!」
勝ち誇ったように言って胸を張る幹彦の向こうに、道場から出て来た雅彦さんが頭を抱えるのが見えた。
「幹彦。いくら何でも、それはあんまりだと思う」
「え?あ、指輪か?邪魔にならねえか?」
「そういう意味じゃなくてね」
頭が痛い。
おばさんが倒れそうになっているが、僕だってそれどころじゃない。
「取り敢えず婚約でいいじゃねえか。俺達、上手くやってるだろ?仕事も趣味も生活も」
「それはまあ、なあ」
「結婚というのは、愛し合い、お互いを大事に思う2人が新しく家庭を築く事だよな」
「そう、だな」
「俺達、よっぽどそこらの夫婦より相性いいんじゃねえ?」
「ううん?そう、かな?」
わからなくなって来たぞ。え。結婚ってなんだっけ?
「子供はいない夫婦だっているんだし、いいじゃねえか。欲しいなら養子でもいいし」
「いや、別に子供は……あれえ?」
混乱する僕だったが、はっとする。幹彦はおばさんを諦めさせるために暴論を吐いているのだ。
ならばここは、乗るべきなのか?
チビを見たが、チビは見上げて来るだけで何も言わない。
しかしここで、茶番は終了した。
「幹彦の気持ちは分かったから。売り言葉に買い言葉で史緒君に八つ当たりの片棒を担がせるんじゃないよ。
おふくろもいい加減にしろよな。こういうの、嫌がるって言っただろ」
雅彦さんがそう言って、僕と幹彦とチビは家へ帰る事にし、おばさんは不満たらたらながらも、今日は引き下がった。
「済まんな」
雅彦さんは苦笑して片拝みで謝り、おばさんを家へと強引に連れて入った。
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