鬼
ボス部屋の前にはたくさんの人がいた。その中の大人数はお互いにリラックスしたような様子で話をし、少人数のグループは、疲れたような顔で順番待ちをしていた。
この大人数が天空のメンバーなのだろう。
列に並んだ時に扉が開いて、天空のメンバーが4人入って行った。
それから待つ事15分。ようやく扉が開いて次の天空メンバーが4人入って行く。
「ボス部屋待ちですか。もう大分?」
幹彦が、うんざりした顔で並んでいる前の人に訊く。
「そうだよ。もう、長い長い」
「ガマンだって。これを倒せばエレベーターで直に次の階まで行けるようになるから」
仲間が、やはりガマンしているような顔付きで、自分にも言い聞かせるように言う。
ダンジョン内にはエレベーターと呼ばれているものがあり、5階毎にこれがあった。5階毎にあるボス部屋をクリアする事で、倒したボスの部屋を出た所にあるエレベーターまで入り口から直に行けるようになる。
システムは解明されていない。
「ああ。そうだな」
苦々しい顔付きで天空メンバーを睨みつけるが、彼らは気付かないし、気付いても気にしない。
「あれって天空のメンバーですよね。何か、ここで幅を利かせてるって聞いたんだけど」
重ねて幹彦が言うと、彼らは忌々し気に頷いた。
「悔しいが、トップは強いし、人数は多いし、ここの最前線って言われりゃ何にも言えねえ」
「ここのボス部屋だって、何度も戻って来て順番に周回して訓練してやがるから、チャレンジするのも一苦労だ。
かと言って、ほかのダンジョンと言っても、車のない俺達じゃ遠くなって行けないし」
「ここさえ越えれば」
「ああ。
あ。次のボスでもこれをやってないだろうな?」
彼らは顔を見合わせ、シンとした。
そうしているうちに順番が来て、彼らはボス部屋へ入り、8分後に扉が開いたので僕達が入った。
「何だ。8分とかでできるのか」
「下っ端が訓練に使ってんだろ」
幹彦がうんざりしたように言い、首をコキコキと鳴らす。
「たいした敵じゃないな。私は見学だ」
チビは欠伸をして座り込んだ。
「なんて事の無いヤツだもんな。ただの大きい骨格標本じゃないか」
僕も、つまらないというのが声に現れてしまった。
「とっとと片付けて出るぜ」
幹彦が言って無造作に前進し、刀を振るう。その一撃でボスは反撃する間もなく簡単に崩れ、魔石を取られて塵と消えた。
魔石と、骨でできた槌が出たので、拾って部屋を出た。
部屋に入って2分も経っていなかった。
下の階からはゾンビが出始めると聞いていた通り、ゾンビが出た。
「うわ。映画やゲームみたいだな」
幹彦が言うと、チビは不機嫌そうに後ずさる。
「映画やゲームではこの悪臭はわからないだろうがな。とっととやってしまえ」
その時、誰か数人が現れた。朝駐車場で会ったメンバーで、斎賀も入っていた。
楽しそうに昼食の話をしているので、外に出て昼食にするのだろう。
しかし彼らと僕達は目が合った。
「周川」
「斎賀か」
途端に険悪な空気になる。
「ああ……あああ……」
ゾンビだけが空気を読まず、唸りながら近付いて来る。しかし動きが遅いので、なかなかここまで到達しない。
「ゾンビだぜ、臭いし、怖いかなあ」
斎賀の仲間がそう言って、クスクスと笑った。
「そうなんだよな。鬼はこれだから」
ぼくは溜め息をつき、全員がこちらを見た。
「鬼?」
幹彦が言い、首を傾けた。
「人が死んで放置されると腐敗が進んで、硫化水素とアンモニアを主成分とする腐敗ガスが死体内に発生するんだ。それから血色素と硫化水素が結合して硫化ヘモグロビンになるため、全身が淡青藍色になる。これが青鬼。
死体はガスによって膨隆しながら、赤褐色に変化しながらさらに膨らんだ巨人様に。これが赤鬼。
それから黒色になって、それが黒鬼。
最後は白い骨格だけになるから、これが白鬼。
白鬼はともかく、腐敗途中のほかの鬼はやっぱり臭いがね。白鬼にしたって、現場はやっぱり体液やウジやらで大変だし」
言いながら、近付いてゾンビの首を薙刀で落とすと、体は遅れて転がり、ビクビクと痙攣を起こした。
そのそばにしゃがみ込み、ナイフを出して胸部に縦に切り込みを入れると、腐汁が少し流れた。肋骨も折れていて、生きていれば、平気な顔で歩ける状態ではない。
「ああ。肋骨を切り取る手間は省けたね。
今の死因は頸部切断だけど、その前の死因は胸部骨折による内臓損傷かな。いや、頭蓋骨にも骨折があるようだし、解剖してみないとわからないな。
でも怖いのは怖いよ。どんな細菌やウイルスを持っているかわからないからね、ご遺体は」
言って、腐肉の間に手を突っ込んで、硬いそれを掴み、引き抜く。魔石だ。それでゾンビはビクリとしたのを最後に硬直し、消えて行った。
僕は手の中の魔石を見て言った。
「それに、御遺体ならなかなか衣服や体にも臭いが染みついて取れないんだよ。何枚服を捨てる事になったか。
その上、組織を取ってすり潰したりする必要もないんだし、ウジの長さや卵やハエの死骸を調べなくてもいいんだし、ご遺体を放置しててもいいんだから楽だよね、ダンジョンは」
そう言って笑ったら、全員が青い顔でこちらを見ていた。中には、しゃがみ込んで口を押える者もいる。
「え?」
あ。何かまずかったかな?
幹彦が青い顔の斎賀に言った。
「ちょっと、場所を変えよう」
「え、何で!?幹彦!?」
それで全員、ゾロゾロとエレベーターの方へと歩き出した。
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