夢のカバン
趣味の悪い鞭はともかく、カバンの方は大騒ぎになった。海外でもまだ見つかっていないらしい。しかし小説やマンガではお馴染みで、「絶対にあるはず」と皆が漠然と思っていたもので、これはインターネットを利用したオークションに出品される事になった。日本探索者協会の名で出品してもらう形にしたので、売り上げの2割を手数料として渡す事になるが、こちらの名前も伏せられるし、発送も、入金の確認までもしてもらえるそうだ。
それを待つ間に、僕は地下室でコツコツと実験をしていた。カバンにカバンの容量を超えたものを入れる術式を刻む実験だ。
これまで、魔術を解析するという事をしていなかったが、この前自分で空間収納を使いながら観察してみたら、術式がわかったのだ。
それで、大きさは無限に入れられるような術式を自分の空間収納を解析して付けた。紙の箱を実験に使ったのだが、失敗作が山積みだ。
あとは、時間経過とやらだ。
「時間を止める、ねえ」
唸る。
「史緒、そろそろ休憩しろって」
幹彦とチビが様子を見に来た。
「時間を止めるのができれば完成なんだけど」
「時間を止めるなんて簡単ではないぞ。まあ強いて言えば、あるクモの一種が巣に獲物を持ち帰る習性があるから、持ち帰るのにその魔術を使うか」
チビが思い出したように言い、僕は勢い込んで言った。
「それどこにいるの!?行きたい!」
「おう、どこだチビ!?」
「向こうの魔の森の奥だ。強い魔物がわんさかいるぞ」
僕と幹彦は、グッと詰まった。
翌日、僕達は準備を整えて地下室へ降り立った。
魔の森へクモを見に行きたいのは山々だが、いくら何でも今の実力では命の保証ができないとチビに言われ、仕方なく諦めたのだ。
代わりに、エルゼで気分転換に依頼を引き受けようという話になった。
エルゼの家へ飛び、ギルドへと行く。壁に張りつけられた依頼票は、朝のピークを終えた今、かなり減ってスカスカだ。ついでにギルドにいる冒険者も少なく、ロビーはガラガラだった。
「ゆっくりなスタートなんですね」
カウンターの職員から声がかかる。
「高ランクのパーティーほどこうして余裕がありますわ」
カウンターから若い女性職員がにっこりと笑って小首を傾げている。確かあれは、一番人気でいつも長い列ができている職員だ。
僕も幹彦も彼女をチラリと見たが無視して、何か手頃な依頼はないかと壁に目を戻した。
「畑を荒らすイノシシ。イノシシの肉は冷凍庫にあるな」
「ヤマペンギの卵を3つ?」
抱いた子犬のチビが、小声でこっそりと教えてくれる。
「ヤマペンギというのは、山の崖に巣をつくる鳥だ。卵は濃厚で味のいい高級品だが、何せ巣の場所が場所だ。駆け出しから卒業したくらいで、日数と所持金に余裕が出た冒険者が受ける依頼だな」
「なるほど。じゃあ、これはどうだ、史緒」
「いいね、行こう」
僕達はその依頼票を剥がしてカウンターへ向かった。当然、いつもの男性職員の所だ。ここは大抵列が短いし、なのに説明はわかりやすいので、いつも彼の所にしている。
一番人気の女性職員が、それを見て言う。
「遠慮なさらないで?今はこの通り誰も並んでいませんわよ。どこでも好きな所にいらっしゃればいいですわ」
それに幹彦が営業的笑顔で答える。
「ですので、こちらに。失礼」
彼女はムッとしたような顔をしていたし、ほかの窓口職員は笑いをこらえていたが、素知らぬ顔で僕達はいつもの窓口に行く。
「これでお願いします」
「はい。ヤマペンギの卵ですね。巣の位置が危険ですのでお気をつけください。それと、卵が割れないように、ひびにも注意してください」
僕達はほかのいくつかの注意点を神妙な顔で聞き、ギルドを出た。
「さあ、行くか」
チビが言って、僕達は山へ向かって歩き出した。
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