イレギュラー
二重生活を送りながら、魔物を狩り、魔道具の開発に勤しむ。
そんなある日、僕達はいつも行くダンジョンの20階にいた。そしてボスである魔術を使う大きいトラの魔物を倒し、21階へ進もうとした時、部屋の中に気配が生じた。
通常は、ボスを倒した後、倒した探索者達が部屋を出ないとボスは復活しない。
だからおかしいなと思って僕達は振り返った。
「さっきのボスじゃねえぞ」
「ふむ。完全なユニーク個体がイレギュラーで発生したようだな」
「え、チビ。そんな事ってよくあるのか?」
「ないな。でもこいつはミキヒコとフミオでどうにかなる程度の相手だ。やってみろ」
落ち着いた様子のチビと好戦的な目付きの幹彦と並んで、僕もそれを見ていた。
一言で言えば、バカでかいカエルだった。座っているが、高さは2メートルほど。足を延ばして全長を計ったらどのくらいになるのだろう。体表はぬめぬめと光り、ゲコゲコと鳴くのに合わせて喉のあたりが膨らんだりしぼんだりする。表情の読めない目がぎょろぎょろと動き、僕達を見る。
と、舌が突然目の前に伸びて来た。
「うわあ!?」
幹彦は右側に跳び、僕はチビに襟首を噛まれて左側に跳んだ。
長くて強そうな舌は僕と幹彦の間を通って壁に突き当たり、戻って行く。その舌の長さは優に4メートル強。
「ゲコ」
鳴いて、体の向きをこちらに変える。
「え、僕!?ぎゃああ!!」
言っているそばから再び舌が伸ばされた。
それを咄嗟に張った障壁で阻むと、ガンと物凄い音がした。
同時に幹彦が背後から斬りかかっている。
「この野郎!ああ!?」
体表のぬめりで、斬れないらしい。舌打ちをして素早く離れるが、それをカエルが目で追う。
「凍らせてみよう」
言いながら魔術を放つのと、カエルが舌を幹彦に向かって伸ばすのは同時だった。
幹彦はそれを動体視力に物を言わせて避け、カエルの体表にはみるみる氷が張って行く。
「ゲコ?」
やや緩慢な動きでカエルはこちらを振り返り、舌をこちらへと伸ばす。
しかしその舌にも魔術をぶつけると、舌は長い棒のような形に凍り付く。
「よし、今のうちに──!」
幹彦が言って剣を振り上げた時、カエルは全身の力を振り絞るようにジャンプした。
氷が割れ、カエルは天井近くまで跳び上がり、そこから落下してくる。
「う、わああ!」
床に魔術を叩きつけ、床からつららが逆さまに生えているような形にすると、その上にカエルが落下してきた。
「ゲゲエエエ!!」
カエルは柔らかい腹を氷の杭に串刺しにされた形で痙攣している。
「ど、どうしよう、幹彦?とどめっている?」
「えっと、そ、そうだな。このままでも死にそうだけど……」
幹彦は言って、取り敢えずぶんぶんと振り回される凍った舌を剣で斬った。こちらはまだ凍り付いていたので、粘液の影響も受けずに斬れた。
「エオオ!?」
カエルはじたばたと暴れ、その度に傷は深くなり、その上傷口の内部から凍り始めた。そのまま待つとカエルは動かなくなり、ついに光って消えた。
後には巨大な氷の杭と、魔石、小さな手提げカバンと鞭が転がっていた。
「まあまあ及第点とするかな」
チビは体をブルッと震わせて言い、僕と幹彦は脱力しながらドロップ品の確認のために近付いた。
「滑って斬れねえなんて、俺には相性が悪い相手だぜ」
「魔術耐性が無くて助かったよな──って何だこれ。カバン?それに鞭?」
革風の茶色のカバンだ。鞭の方はカエルと同じ、紫に茶色の点々という、よくわからない配色だ。それ以上に、カエル色というのが嫌だ。
「センスの欠片もねえな、鞭」
幹彦も嫌そうに言って、同じ色のカバンにも嫌そうな目を向けた。
「誰が使うんだろうな。取り敢えず僕はいらないな」
「俺も嫌だぜ」
するとチビが、やれやれという風に口を開いた。
「そのカバンは、恐らく収納バッグだろう」
その言葉に僕と幹彦はバッとチビを見、次いでカバンを見た。そして、一緒にカバンに取りついた。
見かけは小型のボストンバッグで、ファスナーではなく、皮ベルトで止める形になっていた。
どちらが開けるのか視線で譲り合い──押し付け合い──結局僕が開ける事になった。
ベルトを差し込み口から抜き、左右にパカリと開く。大きく左右に開くデザインで、口は30センチかける20センチほどになった。カバンの中がよく見えるはずだが、中は真っ暗な別空間という感じだ。
「何か入れてみようぜ」
幹彦が言い、失くしても困らなさそうな、鞭を入れてみる事にした。
鞭をそっとカバンの口から入れる。入れる端から見えなくなって、消えてしまった。
「消えた?」
「見えなくなっただけだろう。史緒が空間収納庫に出し入れする時ってそんな感じだぜ。今度は手を入れて鞭を思い浮かべれば出ると思うけど」
言いながら、今度は幹彦が手をカバンに入れる。そしてするすると出て来た時には、鞭を握っていた。
「おお……!」
「凄え……!」
僕達はきらきらとした目をカバンに向けた。
僕は大きさも無限なこの空間を持っているが、幹彦はない。あればかなり持ち運びが楽になるのだが。
「次は大きさだな」
言って、幹彦は刀を入れる。そしてしばらくすると、
「突き当たったな」
と言い、刀をそのままするすると抜いた。
中でサラディードを長い棒にしたようで、1メートル半ほど奥まで入ったようだった。
「まあ、その程度の大きさか。もっと上のものだと無限とか、内部で時間が停止するだとかいうものがあるらしいけどな。まあ、人間の使う物だからよくは知らん」
チビが言う。
「そうか。もっと強い魔物がドロップしたものだとそうなるんだな」
幹彦は残念そうに言ったが、僕はゆっくりと、鞭を空間収納庫から出したり入れたりし、ニヤリと笑った。
「できるぞ」
幹彦とチビが、キョトンと僕の顔を見ていた。
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