検死
幹彦とサブリーダーを助手に指名し、残りの者は小屋から追い出して、小屋の入り口を目隠しした。
カメラもないし、いつもなら当たり前のように使っていた道具や薬品もない。そもそも、解剖や検死の必要性や手順も知られていないので、死者を冒涜していると怒り出す可能性すらある。
それでも、できる事はあるので、それだけでもしよう。
「被害者は女性。仰臥し、手足は揃え、髪は丁寧に整えられている。スカーフが首に巻き付いているが、スカーフは緩く、スカーフの下に髪は入り込んでいない。
顔面は腫れ、うっ血。溢血点は多い。鼻の周りに血液を拭いた跡が見られる」
瞼をめくったり目を近付けたりして言うのを、幹彦はメモし、サブリーダーはじっと見ている。
「服を脱がせますので、手伝って下さい」
言うと、幹彦はドラマなどからもわかっているが、サブリーダーは眉をあげた。
「女性の服を?」
「隠れた傷やあざがないか調べるためです」
納得したのか手伝ってくれ、3人で被害者を裸にして横たえた。
体温計はこちらにもあるので、それを肛門に差し込もうとしたらサブリーダーに慌てて止められた。
「何をしようとしているんだ!?」
変態を見る目である。
「深部体温を計って、死後どれだけ経ったか計算するんですよ。
ほら。遺体はだんだんと冷たくなるでしょう?」
それには思い当たるらしかった。
「気温や遺体の置かれた状況で変化するんですが、これで大体わかるんですよ」
言うと、そんなものかと思ったのか渋々引き下がったので、肛門に体温計を差し込む。
そうしながら、観察を進める。
「スカーフの下に、斜め上に向かうロープ状の痕があり。その下に、大人の手と思われる扼痕があり。
首以外に外傷はなし。女性器にも傷はなし。右手の人差し指と中指の爪の間に皮膚片。
犯人のものかな。検査できれば一発だったのに」
残念だ。
そろそろかと体温計を引き抜く。
「体温は33度。ざっと死後5時間以内ってところだな。
死斑は、足先の方に見られるほかはなし。
ふうん。これはまた」
幹彦がメモを取りながら顔をあげる。
「わかったのか、史緒」
「まあね。
衣服を整えてから、説明しよう」
キチンと服を着せ、リーダーや領主、シーガー、エスタ、エイン、グレイ、被害者エリスの侍女だという泣いていた女性ユリナを中に入れた。
そうして、結果を伝えた。
「以上の事から、被害者は扼殺されたもの、ああ、首を絞めて殺害されています。その後、ロープで縊死、首つりに偽装され、それから再び下ろされて横たえられたものと考えられます。梁にロープでこすった痕も見つかりました」
言うと、各々頭の中でそれを考えているように黙っていたが、幹彦が考えながら言った。
「何でそんな事を犯人はしたんだ?首吊りに偽装したのは、自殺に見せかけようとしたからだろう?下ろしたのは、やっぱりやめたのか?」
「いいや。殺して梁に吊るしたのは殺害した犯人だよ。だけど、おろしてスカーフを首に巻き付けたのは別人だよ。
そうですよね。ユリナさん、シーガーさん」
全員がギョッとした顔付きになり、ユリナとシーガーに目を向けた。
「シーガーさんの手首に、爪でついたひっかき傷がありますね。首を絞める時に抵抗されてついたものでしょう。被害者の爪の間から皮膚片が発見されました。一致するのではないかと思いますが?」
言うと、サッとシーガーは手首を覆った。
まあね?日本でなら、DNAを検査して証拠とできるんだけど、今は無理だ。それでもこの言い方で、皮膚片を傷に合わせれば形が一致する可能性を考え、怖くなったのだろう。
「それに、ロープで吊るすには力がいります。掌にも、擦過傷ができているのではないですか?ロープに残った皮膚片や汗を照合すれば、一致するでしょう」
領主は、シーガーをぶるぶると怒りに震えながら睨みつけている。
「エスタは、この5時間なら警備の仕事の最中だぜ」
エインがホッとしたように言った。
「ユリナさんは、首を吊っている被害者を見付けて、たまらず下ろしたんでしょう。自殺というのは名誉に関わる、殺人の被害者の方が、同情を誘えるんじゃないかと思ったとか?」
「な、なぜ、私が」
「あなたの掌にも、擦過傷がありますね。まだ新しい」
さっと手を握り込んでユリナは隠した。
「それに、遺体はキチンと姿勢も衣服も整えられ、髪もスカーフに巻き込まれないでいました。鼻の周囲に血液を拭き取った跡もありました。被害者を大切に思う者が、大切に扱った証拠です」
それでユリナはワッと泣き崩れてしゃがみ込んだ。
「お、お嬢様が自殺なさったのは、あのエスタさんのせいだと思ったんです!浮気ばかりしてって。それで、エスタさんが贈ったスカーフがそばにあったから──!」
「ああ。それで、エスタを犯人にしようと」
幹彦が言い、エスタは何とも言えない顔付きになった。
「ダレル君を監禁しておくように。
お父上のシーガー子爵には私から連絡をさせてもらうから、心配は不要だよ」
領主は冷たい目をシーガーに向けて言い、兵士たちは、
「俺より冒険者の方がいいとか言うから!おかしいのはあの女だろう!?どういう躾をしたんだ!俺は子爵家の嫡男だぞ!わかってるのか!?」
などとわめくシーガーを、硬い表情で連行して行った。
取り敢えずは犯人もわかり、遺体を家へ運ぶように兵士に命じ、残った僕達は領主の館に場所を移した。
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