覚悟
頭が痛くなって、ふと気付いた。息を止めていたと。それで静かに、大きくゆっくりと呼吸を繰り返すと、どうにか頭痛はおさまってきた。
それでも自分以外の人にも聞こえるんじゃないかと思うくらい心臓がドキドキとしている。
チビは落ち着いて見えるが、元々表情はわかりにくい。
幹彦は、真剣な表情でテント入り口の方を見ながら、ゆっくりと音もたてずに抜いた刀を片手にいつでも動ける姿勢になっていた。
それで慌てて僕もと思ったが、片手で幹彦がそれを制した。
その間にもテント入り口のファスナーを開けようとしているらしい気配がする。
「布くらい、切っても後でそこに当て布でもして塞げばいいだろ」
イライラと誰かが言い、
「よし。せめて切るのは一カ所だけにしておこうぜ」
と別の声が応え、じゃり、という音がした。
それでチビと幹彦が目を合わせ、頷き合うと、幹彦が素早くロックを外してファスナーを引き下ろし、隙間からチビが先に飛び出して行った。
「わあ!?なんだこいつ!?」
慌てたような声がする。それを聞きながら、僕も急いで起き上がって薙刀を掴み、テントを出た。
大きな姿に戻ったチビと、逃げ腰の男、血を流して転がっている男、剣を向けている男が目に入った。
「危ない!」
言った時には、剣を構えて飛び掛かって行く男を、幹彦が躊躇なく刀で斬っていた。
男が肩を抑えて膝をつくのをただ眺める。
これは、何回も遺体を解剖しながら想像した、亡くなった状況のうちのひとつに似ている。そういう意味では想像し慣れた映像で、見慣れたものではあった。
しかし、その片方が幹彦だとは考えた事は無かったし、へたをすれば、倒れた方が幹彦になっていたというのも、考えた事は無かった。
要は、異世界という場所の社会ルールを、確実には理解せず、覚悟を決めていなかったという事だ。
頭の後ろが、シンとした。
逃げ腰で震えていた男が剣を構え直してこちらを睨んで飛び込んで来るのに、僕は薙刀を突き、横に一閃する。それで男はあっけなくくたりと倒れた。
時間にすれば大したものではなかったのだろうか。気付くと僕と幹彦とチビ以外に立っている者はいなくなっており、血の匂いと呻き声がしていた。
「どうするんだ、これ」
110番しても警察は来ない。救急車も来ない。
「警備兵に引き渡すかこのまま殺すのが普通だな」
チビがあっさりと答える。それに襲撃者達は、意外そうなそぶりは見せない。ただ、
「待ってくれ!出来心だったんだよ、その、別に殺すつもりはなかったし!」
と言い訳を始めた。
「ほう?じゃあ、身ぐるみ剥いで、放り出すと?魔の森のそばで真夜中に?
そもそも、これは初犯じゃないだろう。そう言っていたが」
チビが冷静に問いかけると、男はチッと舌を鳴らして下を向いた。
「突き出そう。罪を償えばいいだろう。幸いこっちにまだ被害は出ていないんだから」
幹彦は頷き、
「そうだな。ここで殺しても、血の匂いで魔物や夜行性の動物が集まって来るだけだしな」
とどこかホッとしたように言い、手分けして、荷物から出して来た紐で後ろ手にした両親指をきつく結びつけた。
その間、おかしなマネをしないようにと男達を睥睨しているのはチビだ。
それから手早くテントを畳んで、男達を連れて村の方へと移動し始めた。
村の門に着いたのは明け方の開門前で、歩哨に幹彦が訳を話して男達を示すと、警戒しながらも門を開けて中へ入れられる。
警戒しながら男達の顔を見、冒険者タグを見た警備兵達は、こちらに対する警戒をやっと解いた。
「こいつら、強盗の疑いで手配されているグループだ。状況証拠しかなくて思い切った手段が取られないまま逃げ出したと王都から連絡があって。小さめの商人やそこそこの冒険者に目を付けては、皆殺しにして金品を根こそぎ奪うやつらで。ブツは仲間がすぐに転売したり溶かしたりしやがるし、逃げ出した後はどこに潜んでいるのか尻尾を掴ませなかった。これで仲間の事も吐かせて、一網打尽にしてやる」
そう興奮したように言うのを、男達は、項垂れたり、憎々し気に睨んだり、ふてくされたりして聞いていた。
「報奨金も出るから、朝になるまでは待ってくれ。朝までゆっくり休んでいろ。相当疲れているみたいだぞ」
言われて、疲れているのに気付いた。歩いた事や斬り合った事そのものよりも、人に殺されかけ、凶器を人に向けて攻撃したという事への精神的な疲れだろう。
「朝まで休ませてもらおうか、幹彦、チビ」
幹彦も頷き、とうに小さくなっていたチビもクウンと鳴いて足に体を摺り寄せた。
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