通りすがりの隠居
追われていた3人は、ようやくほっとして力が抜けたらしい。血まみれの男を真ん中にして、男と女が座り込んでいた。改めて見ると、3人共高校生か中学生かという年齢だった。
「ケガですね。ポーションはありますか」
言いながらそばに膝をつき、傷を見る。
爪にやられたらしい傷が肩から背中に3本あり、押さえてはいるが、太い動脈を傷つけているらしい。地球なら血管縫合を必要とする重症だ。ふくらはぎのケガは大した事はなさそうだが、足首を捻挫しているらしかった。
「駆け出しだから、下級のものしか用意できなかった。このケガじゃ……」
男が暗い顔をし、女は縋るように僕と幹彦を交互に見て言った。
「上級ポーションを持っていませんか!?お願いです!必ずお金は払いますから!どうか!」
それに、血の気が失せた男が弱々しく言う。
「よせ。どうせ、この傷じゃ、無理だ……。金も、ない……。もう、いい」
「そんな!お兄ちゃん!」
「兄貴!何をしてでも金は作る!」
僕と幹彦は顔を見合わせて軽く頷いた。
「えっと、どうぞ」
カバンから高級治癒ポーションを出すと、それを彼らは凝視した。
飲むのかな。それともかけるのかな?意識がなかったら飲めないだろうしな。そんな事を考えていたが、素早く妹らしい女がポーションを取り、フタを外すのももどかし気にそれをケガをした兄だという男の口元に当てる。弟の方はケガ人の兄の顔をやや上向かせ、口を開けさせる。そしてその唇の隙間にポーションを流し込んで行くと、喉が動いて、ポーションを嚥下した。
それを、全員が食い入るように見つめていた。
体が緑色の薄い光を発すると、流れていた血液が止まり、傷口が閉じて行く。
それを僕も幹彦も、驚きを持って眺めていた。
やがて傷口が無くなり、痕跡と言えば汚れた肌と、汚れて裂けた衣服、青白い顔だけという風体になった。
「よかった……!神官に治癒術を頼むかどうかギリギリだったけど……!」
妹が泣き出しながら言うと、弟は泣きながら頭を下げた。
「ありがとうございました!」
それで妹も思い出したように頭を下げ、ケガをしていた男も頭を下げようとするので、慌てて止めた。
「やめてください。困ったときはお互い様って言うでしょう」
「そうですよ。じっけ──助かって良かったぜ」
危ない危ない。
「あの、必ずお代をお支払いしますから」
言うのに、手を振って立ち上がった。
「気にしないでください。いいですから」
「そうそう。別に必要でもなかったくらいだし、役に立ったんならよかったぜ。な!」
言いながら、そろりそろりと離れていく。
「あの、お名前を」
「え……いや、通りすがりの隠居なので」
「じゃあ!」
それで僕達は素早くその場を離れた。
そして、充分に離れた所まで来てから、足を止めて息をついた。
「助かって良かったなあ」
「ああ。ケガ人を見て思わずチャンスと思ったなんて、言えないぜ」
「うん。反省しよう」
僕と幹彦はそう言って溜め息をつき、反省をした。
が、実験結果には満足だ。
「あれでギリギリとか言ってたな」
「ああ。大動脈を傷つけていればやばいみたいだな。出血が関係するのかも。傷が塞がっても出血性ショック死しそうな物だと無理とか」
幹彦も考えながら頷く。
「覚えておこうぜ。
しかし、通りすがりの隠居かあ」
言いながら幹彦は笑い出す。
「うそは言ってないぞ」
「まあな。隠居と他人が認めるかどうかは別だけどな」
「今のは、更に快適で楽な隠居生活を送るための準備だからいいんだよ」
「なるほど。
では、美味い夕食のためのジビエを狩りに行こうぜ」
幹彦が言って、僕達は森の中に入って行った。
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