若隠居の魔界大戦争(4)
奥の方から、振動が伝わってくる。色々な物を呑み込んで大きくなった呑王たちが、ダンジョンの壁をこすりながらこちらへと転がってきているのだろう。
ダンジョンは基本的に破壊ができない。いくら呑王といえどもその法則からは逃れられず、狭い通路で難儀しているようだ。
アイナたち魔人は魔界側から穴を地球側へ向けて登り、呑王たちから待避してきた。今は僕たちと一緒に大岩の手前の安全地帯で待ち構えているところだ。
「上手くいくかなあ」
ゴゴゴ、ガリガリガリ、と音を立てながら不気味な振動と共に近付いて来る呑王を待ちながら、僕は心配でそうこぼす。
「上手くいくことを願おうぜ」
幹彦は言って、水を一口飲んだ。
「まあ、最低でも弱ってはいるだろう。策が的中していればな。ならば、何とか倒せるだろう」
チビは落ち着いた様子でそう言い、ピクリと耳を動かして立ち上がった。
「来たようだぞ」
緊張が走る。
しばらくすると、大岩の辺りを見張っていた魔人が泡を食ったように走って来て、
「大岩の向こうまで来ました!」
と報告した。
アイナは固まったままだが、サチャとグルワナとゴラオは、覚悟を決めた顔付きでゴクリを息を呑んだ。
「言っておいたとおり、近付かないように。攻撃をして欲しいときには言うから」
そういったとき、壁をこする音がしなくなった。
通路の広くなった所にでたらしい。
「あとワンフロアでやんすね」
アイナがふらふらと立ち上がった。
「わ、私も、何か」
「陛下、危険なのでお下がりください」
サチャがすかさずそう言ってアイナを下がらせようとする。
しかし、アイナは珍しくそれに従わなかった。
「わ、私は、陰王よ。いくら弱くても、ただお父様の子供のうちの最後の生き残りで仕方なくだとしても、責任があるわ。今逃げたら、私、は──!」
震えているが、覚悟を決めたらしい。
何も知らないはずのグルワナも、自分が戦えなくて悔しいだけのゴラオも、アイナの悲壮な決意を感じ取ったらしく、感激したような、高揚したような顔付きをした。
「陛下──! 最後までお供します!」
グルワナが静かに頭を下げ、ゴラオは、
「おで、がんばる!」
と歯をむき出して笑った。
これまでずっと、ローブと仮面に隠れ、サチャや僕の手で誤魔化してきたアイナだが、王としての責務に目覚めたらしい。そしてそれは、臣下の忠誠心を奮い立たせることになったようだ。
あとは、これが遅すぎとならないように、作戦の成功を祈るばかりだ。
「じゃあ、頼むね」
僕はアイナの震える手に、そのガラス瓶を握らせた。
そして、その時を待つ。
しばらくすると、呑王たちの集団がフロアに姿を見せ始めた。
「来たぜ」
幹彦がどこか楽しそうに言えば、チビも、
「うむ。食えないのは残念だが、この世界の敵であるならば容赦はせん。ピーコ、合図と共に、思い切り食らわせてやれ」
と頭を低く下げていつでも飛び出せるようにしながら言う。それにピーコは、羽根を広げて仁王立ちになって答えた。
「任せてー!」
呑王たちの姿は、やはり巨大スライムに見えた。一番大きな物が呑王なのか、直径が四メートルほどあった。
あの大きさじゃあ、確かに通路を通ってくるのは大変だったに違いない。狭いところは、高さ二メートル、横幅は七十センチほどしかない所もあるのだから。
「窮屈な思いをしてきながら、目一杯呑み込んできたようじゃの」
じいの言う通り、呑王たちの体は透き通っているので、内部に取り込まれたものが透けて見えるのだ。そのため、動物などを取り込んだら、それがもがき苦しむところからゆっくりと消化されるところまで、外から見える。
それがまた、恐怖をあおる。
内部のほとんどは消化液を満たした胃で、体の中心部に申し訳程度の脳や心臓となる魔核があり、体の表面にいくつか短い毛のようなものが生えていて、それが振動を感知して目や耳の働きをしているそうだ。
口というのはなく、体表面すべてが口のようなもので、異物を感知するとそれと接する体表面がじわりと柔らかくなってそれを取り込み、胃の中で消化され始めるのだという。
そういうのは、グルワナから聞いた。
見ているとまさにその通りだった。
点々と通路に置いてあったものに呑王たちがのしかかると、しばらくしてそれが体の中に入っていく。
そういう進み方をしているので、進むスピードは遅い。
「あれに呑み込まれるのはゾッとするな」
幹彦が嫌そうに言う通り、まだ息のある魔物が液体の中で緩く痙攣しているのが見えるが、生きながら消化されて体が溶けているのだ。
「哺乳類は溺れて死ぬことになるのかな。あのまだ動いているのはカエルみたいだし両生類かな。哺乳類よりは生き延びられるんだな」
辛うじてカエルのように見えるものを見て言うと、チビは嫌そうに言う。
「どっちがましかわからんぞ」
「まあ、それはそうだね。生きたまま消化されるのも苦痛そうだし」
そう言っていると、サチャが震える声で言った。
「あれに呑み込まれて死ぬのだけは嫌だと、皆言う」
それに魔人たちがうんうんと頷いている。
「ああ、それはわかるなあ」
「絶対嫌だよなあ」
僕と幹彦もうんうんと頷く。
「そろそろだぞ」
チビが言い、それで僕たちは気を引き締めた。
「じゃあ、作戦開始だ」




