若隠居の魔界大戦争(2)
神谷さんに連絡を入れると、電話を握りしめて待っていたのかというほど素早くつながった。そして知らされたのは、北海道の探索者協会からアイナたちに関しての緊急の連絡があったということだった。
なんでも、呑王の軍勢が向かってきていることをアイナたちの立てた見張りが見つけたと、サチャが報告してきたのだという。
『とにかく、急いで北海道へ向かってくれないか。もしダンジョンから出てくるようなことになったら、並の探索者では太刀打ちできない』
そう言われればそうだ。魔素のない地球の地上に出れば魔人の力は弱まるが、最弱のアイナたちでさえドラゴン並みだ。アイナたちより強い呑王だと、どのくらいになるのかはわからないが、そこらの探索者が敵わないことだけは確実だ。
僕たちは北海道行きを了承すると、急いで北海道ダンジョンへ向かうことになった。
そのまま屋上からヘリで羽田空港へ行き、旅客機に乗り換えて北海道へ向かう。札幌の空港に着くと再びヘリに乗り換え、北海道ダンジョンに併設されている協会支部の建物の屋上ヘリポートへと下ろされた。
旅客機の機内でジュースや軽食を出され、映画も見られて、チビたちはそれなりに楽しんでいたように見えたが、それでも窮屈だったらしい。各々体や羽根を伸ばした後、チビはブルルと体を震わせ、ピーコは幹彦の肩の上に留まり、ガン助とじいは移動用のカバンの中に飛び込んだ。
「さあて、行こうぜ」
幹彦が言い、僕たちは待っていた協職員に続いて協会ビルの中に入った。
北海道支部の支部長は、朴訥な風貌に見えて鋭い目をしており、「こんにちは」の一言で挨拶を終えると、すぐに用件に入った。
こういう人は好きだ。
「今朝早くにサチャ・ヨーダさんこと要田 幸さんが駆け込んできて、『少し離れたところに置いている見張りから呑王たちがこちらへ向かってきていると連絡が入った。ここを目指しているのかどうかはわからないが、知らせておく』と。
一応今日は朝から、ダンジョンを封鎖しています」
そう支部長は疲れた顔をして言い、職員が胃を抑えるのを見て、納得した。
「人気のダンジョンですからねえ。不満や抗議の声は相当あがったんでしょうねえ」
支部長は苦笑した。
「調査が決まっていたのならあらかじめ知らせるべきだとか、封鎖するほどの調査って何だとか、そんなに危険ならやっぱり潰してしまうべきだとか、何かを隠蔽してに違いない、とか」
「ああ……隠蔽は、していないとは言えねえか」
幹彦も苦笑を浮かべると、チビが嘆息して言う。
「言えばいいだろう。人間は難しく考える面倒な生き物だな」
「最弱の王がつながってて、負ければ地球も滅ぶかもしれないなんて言えば、パニックになるかもしれないだろ」
言うと、じいやガン助やピーコも口を開いた。
「前、テレビで見たでやんすね。宇宙船で逃げだそうとして、その宇宙船に乗れる、乗れないで争いになるって映画」
「うむ、覚えておるぞ。どうせ死ぬならと好き勝手して暴れる輩もおったの」
「宇宙船に乗る権利を他人に渡して恋人と地球に残る決断をしたのよねー、主人公たちー」
「うむ。主題歌もよかった」
チビたちの映画談義に、支部長や職員たちはポカンとしていたが、支部長は咳払いをして本題に戻った。
「ま、まあそういうパニックになることを恐れて、世界各国の首脳陣が『公表しない』と決めたのですから、これは知られるわけにはいきません。
その上で、対処しなければいけません」
難しいな。
「必要なサポートはなんでもするようにと政府からも言われています」
支部長が言い、僕たちは立ち上がった。
「では、早速準備を始めましょう」
「フミオ、ミキヒコ。呑王たちは食えるのか?」
「さあ……でも、呑王ってスライムの親玉みたいなものかな?」
「だったら食えんか」
しょんぼりとチビとピーコの尻尾が垂れた。
「あ、でも、あれだ。カニとかカキとか、美味しいやつが逃げてくるかもしれねえぜ。追いかけられて」
幹彦が言うと、途端に尻尾がピンと立って振られる。
「よし、急ぐぞ。地球のピンチだ。お前たち、全力で相手をするぞ。ほかの探索者はいないからな」
「わかったー」
「合点でやんす」
「腕がなるの」
現金でいつも通りのチビたちに、妙な緊張が解けるのを感じた。
「さあ、やろうか」
「おう、やってやろうぜ」
僕たちは、いつも通りにダンジョンのゲートへ向かった。




