若隠居の会議の裏側(6)
虚王だというその子供にしか見えない人物は、つまらなさそうに嘆息した。
「手を結ぶなんて、つまんないの。ぶつかって、戦ってこそじゃないの」
オーリスは舌打ちをして、飴をガリガリと囓った。
「だったら盗み見ばかりしていないで自分でも参加したらどうだ」
それに虚王は肩をすくめて反論した。
「ボクは見るのが好きなんだ。人が右往左往したり、殺し合ったり、嘆いたりね。大魔王とか魔界の覇権なんてものには、全く興味はないよ」
言って、今度は僕たちを値踏みするように順番に見た。
「ふうん。神獣とその加護を受けた人間か。神獣はともかく、人間の方はやっぱり魔人よりひ弱そうだね」
幹彦がカチンときたらしいが、何か言う前に虚王の方が僕たちには興味を無くしたらしい。オーリスに向かって言う。
「陰王と同盟を組んでも、凪王にメリットなんてないのに。自分のテリトリーを侵略しなければノータッチの凪王が趣旨変え?」
オーリスは嘆息まじりに答えた。
「無関係と言い切れない理由があってな。
そういうそっちこそ、今回も観測して回るのか」
「そうだよ。おもしろいことを探して回るんだ。寿命が長くて退屈だからね。
でも、毎回陰王の軍勢の負けっぷりには笑わせてもらってたんだけど、それが無くなるとつまらないな」
陰王は代々、どれほど弱かったんだろう。そして何でよりによってそれが地球とつながってしまったんだろう。不運に溜め息が漏れる。
「烈王はやる気しかないし、呑王はぶつかって呑み込むのが生き方だし、この二つは争いそうだけど、これだけになるとつまらなくない?」
「知るかよ。俺の不参加は毎回のことだろ。不参加に文句を言うなら、自分だってどうなんだ」
オーリスの反論に虚王は肩をすくめて見せ、ふと思いついたように目を輝かせ、にんまりと笑った。
「そうかあ。うん。そうすればいい」
「ああ?」
オーリスが眉をひそめて訊くのを無視して、虚王はくるりと反対を向いて歩き出した。
「そうと決まれば、忙しい、忙しい。じゃあね!」
そう言って大岩の向こうに消えていった。
「何だあいつ」
幹彦がむっつりと言うのに、オーリスも面白くないという顔付きで答えた。
「虚王だよ。
今はあの姿だが、姿形は自由に変えられる。空っぽで自分が定まっていないやつだ。それで、他人を観察して、その姿をまねる。それが生き方になっているやつだ。
あいつは魔王の中でも特殊でな。空っぽなせいで、大魔王争いには加わらないで、観測して、およそ千年ごとに大魔王争いの始まりを告げて回り、結果を記録するために存在しているやつだ。寿命はどれだけあるのかわからない。虚王以外の今の魔王内で一番長く生きている俺が魔王になったときにはもういたからな」
それを聞いて、適切な言葉が浮かばなかった。
孤独なのか。退屈とは言っていたが、観察して回って意外と楽しんでいるのか。それとも、そもそもそれらを感じることがないくらいに空っぽで、感じているふりをしているだけなのか。
本人にしかわからない、いや、本人にもわからないのかもしれない。
「それよりも、何か思いついたようなことを言っていたが、大丈夫か」
チビが言って、そう言えばと思い出した。
「ああ、何か言ってやがったなあ。派手に烈王と呑王をぶつける算段かな。全く、ろくな事をしねえじじいだぜ。
いや、ばばあかもしれねえな。姿を変えるからどっちかわからねえぞ」
オーリスはどうでも良いことで悩み出し、トゥリスは飴を食べ終えてベタベタする手を無表情で眺めていたので、水を出してやって、そこで手を洗わせた。
「まあ、何かあったら陰王から知らせが来るだろうしな。しばらくは魔界にいるか。面倒くせえ」
オーリスはヒラヒラと後ろ手で手を振りながら岩の向こうへ歩いて行った。
「魔界か。どんなところだろうな」
幹彦がううむと考えながら言うのに、トゥリスが言う。
「恐ろしい場所とは伝承にある」
「恐ろしい場所……肉がないところか」
チビが大真面目に言う。冗談かと思ったが、本気らしい。
「水だらけかも!」
ピーコはそう言って慌てた。ピーコにとって水は大敵だからな。
「でも、魔人は大抵が強いんでやんすよね、アイナたちの様子を見れば。だったら、強い魔物がウヨウヨいるところかもしれないでやんすよ」
弱肉強食という言葉が頭に浮かんだ。
「魔素のない地上に出てきたアイナたちで、トゥリス並の強さという感じじゃったくらいだからの」
じいが言って、各々がアイナたちが魔界ではどのくらい強くなるのか想像しようとし、できずに頭を振る。
「とにかく、隠居には危険すぎる場所だよ」
そう言って、肉の調達をしながらダンジョンを出ることにしたのだった。




