若隠居とエルゼの魔界ダンジョン(5)
凪王はその場にしゃがみ込んで言った。
「ああ、俺、外に出てるときはオーリスって名乗ってるから、そう呼んでくれる? 人としては、エスカベル大陸を放浪して回ってる絵描きなんだよね」
軽い口調に本当に凪王なのかと疑いたくもなる。
「ええっと、オーリスさんは、魔王同士で争うことに興味はないと伺いましたが」
気を取り直してそう切り出す。
「ん? ああ、まあね。面倒くさいし、魔界を手にするより地上の世界の方がいいしな。だから、前に一度魔王たちをどかんと吹き飛ばしておいて、魔界の覇権に興味は無いから手を出すな、勝手にしてろ、俺の邪魔をしたら一族を根こそぎぶっ潰して魔王の数を減らすことになるぞって脅しておいた」
僕たちは無言になって、考えた。
それが通るということは、かなり強いということだろう。
しかし、共闘とかを申し入れるのは不可能ではないだろうか。
そう思いながらも、一応話をする。
「それがですねえ、この世界と俺たちの世界が接触したことから、完全に切り離されているとは言い難い状態になっていまして。もし陰王が負けて俺たちの世界が滅ぶとかすれば、当然こちらの世界にも影響がですねえ」
幹彦が深刻そうに言うと、本当にそのように聞こえた。
オーリスも、ギョッとしたように目を見開いて幹彦の顔を見ていた。
「マジか、それ」
尤もらしく幹彦が嘆息する。マジかどうかは知らないし、マジだと返答はしていない。
「マジかよお……」
オーリスが頭を抱えて嘆息する。
繰り返すが、本当はどうかは知らないし、本当だと言ってはいない。
「それで、陰王を助けてくれとは言いませんが、何かあったときには、助力をいただければと思うのですが」
低姿勢で幹彦が言うのに、チビが付け足す。
「そうだな。陰王を攻撃することを言い訳にして、間接的にこちらの世界を攻撃することも考えられるか」
それを聞いてオーリスは頭をかきむしった。ハゲても知らないぞ。
「せめて、共闘関係にあると、ほかの魔王に宣言していただくとか」
僕もそう言い添える。
共闘は面倒でも、自分の安寧のために「こいつは舎弟だから、手を出すな」と一言言うくらいはそう面倒でもないだろう。むしろ、その程度で自分に面倒が降りかかってくるのが防げるなら楽なものだろう。
オーリスもその考えに至ったようで、大きな溜め息をついて、恨めしげに僕たちを見た。
「チッ、しょうがねえな。
だがまあ、まずは陰王本人と話し合いだな」
それはそうだろう。
「そうですね。じっくりと話をされてはと思います。
地球というところなんですが」
「陰王は大抵、魔素の少ない、目立ちにくいところに潜んでるからな。大体居所は予想が付く」
「もしかして、陰王って……」
思わずというようにピーコが呟くのに、オーリスは頷いた。
「元々、一番弱くて数も少なかったせいで、こそこそと陰に隠れ住むようにしていたからな。大魔王を決める戦いでも負け続けで、陰に隠れて潜んで、見つかったら負ける、というやつらだった」
悲しすぎる命名の由来だった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「ああ。はああ」
オーリスは大きな溜め息を残して岩の向こうに消えた。
「じゃあ、知らせに行くか」
僕たちも転移に継ぐ転移で、非常事態だからといういうことで北海道のダンジョンの奥へ行くと、やはりというかなんというか、アイナとサチャがその辺の探索者から魔石と交換でデニッシュパンをせしめているところだった。
「……力が抜けるぜ……」
幹彦の言葉に苦笑して、さっそく凪王との話をした。
「えええー!? 会談って、誰が、何を言えば良いんですか!?」
アイナが震える。
「アイナが、共闘、もしくは同盟をお願いするんだよ」
「無理無理無理無理」
プルプルと首を振るアイナだったが、サチャがガクガクと肩を掴んで揺する。
「チャンスですよ、陛下!」
「でも、知らない人とそんなぁ」
「じゃあ、黙ってていいから、いつも通りに座ってて下さい!」
やる気のサチャは礼もそこそこに、アイナを引きずるようにして岩の方へと歩いて行く。
「あ、そうだ。連絡したいときのために、これ」
特製の、精霊樹の枝を組み込んだガラケーを通信機として渡し、彼女らが岩の向こうに消えたのを見送って、転移を重ねてトゥリスの待つダンジョンへと戻った。
「うまくいけば良いけど……」
「心配は心配だけどなあ……」
祈るしかない。だが、それにしても。
「魔王って、変人しかいないのかな」
思わずぼそりと言うと、幹彦とチビが噴きだした。




