異世界の夜
家へ帰っても良かったのだが、こちらの食事なども気になり、取り敢えず1泊する事にして平均的な宿に泊まってみる事にした。
1泊夕食、朝食付き、2人部屋で、2人合わせて金貨1枚と銀貨4枚。
早速部屋へ行くと、ベッドが2つに小さいテーブルとイスが2脚、タンスが1棹。風呂は別料金で貸りるか近所の公衆浴場へ行くか、たらい1杯の湯を別料金でもらってこれで体を拭くか。もしくは魔術師の場合、自力で湯を出して済ませるらしい。
トイレはついており、ぼっとんだったが、汲み取りではなく、下の方にスライムがいた。
「これは普通なのか?」
スライムを睨みつけながら訊くと、
「さあ?別に高級宿でもないし、普通の事なのかもな。
でも、田舎はまた違うのかな」
と幹彦も、スライムを凝視しながら答えた。
どうやら、飛び上がって来たりする様子はない。
なのでやや安心して、ふたを閉め、トイレを出た。
もらった冒険者のしおりを開く。
人に迷惑をかけないようにしましょうとか、一般人に暴力をふるうと重い罪に問われます、などという常識がまず並んでいた。
次は依頼の受注と報告だ。ギルドの壁に張ってある依頼票から受注するものを選び、紙を剥がしてカウンターへ持って行く。そこで受注手続きを取る。薬草採取などの常設依頼の場合は、受注手続きは必要ない。
依頼を完遂したら、または薬草などをとって来たら、カウンターへ持って行き、報告及び買い取りとなる。
依頼失敗の報告もカウンターで行う。
依頼の失敗が続くとペナルティーが発生するので、受注は自分の力をよく考えて行う事。
ダンジョンの魔物は死んだら魔石などを残して消えるが、ダンジョンの外の魔物は、魔石や討伐の印、売りたい部位などを自分で解体して持ち帰るか、丸ごと持ち帰って有料で解体してもらうかしなければならない。
読んでいて、僕と幹彦はうんうんと頷き合った。
「ダンジョンの外の魔物云々はともかく、その他は日本と同じシステムだな」
「どうしてもやり方なんて同じようになるものなのかねえ」
そして最後に、主な薬草と魔物の一覧が図解付きで載っていた。
これは役に立つ。
子供が図鑑を見て楽しむように、僕と幹彦は夕食だと呼ばれるまでそれに夢中になって、これがカッコいいだとかこれはどうやって倒すべきかだとか話していた。
それで、夕食だ。
下の食堂に行くと、宿泊客以外もテーブルに着いて飲食していた。宿泊客がテーブルに着くと、宿の従業員が食事を持って来てくれるらしい。
出て来たのは、何か肉の焼いたもの、パン、スープ、野菜サラダ、果物だった。
ランチセットという感じか。
別料金でビールを頼み、
「いただきます」
と手を合わせて食べてみる。
「ポークソテーか」
「うん、美味いな。ソースは赤ワインベースか」
パンはバゲットくらいの固さだった。果物は見た事の無いもので、見かけも味も桃に似ていたが、果肉がもう少ししっかりしていて、目を閉じて食べれば、桃の味のりんごみたいだった。野菜はドレッシングなどはなく、塩をかけて食べるようだ。
「マヨネーズかドレッシングが欲しいぜ」
「この果物、美味しいな」
カトラリーはナイフとフォーク、スプーンと馴染みのあるものだったので、戸惑う事もなかった。僕も幹彦もリラックスして食事を楽しんだ。
チビにも肉と果物と水をもらい、僕達は部屋へ引き上げた。
そして、貨幣をテーブルの上に並べてみた。
「大体わかったな。安いのがこの白い硬貨で、10円玉程度かな。次は茶色ので、これは銅かな。たぶん100円くらい。次は銀で、1000円かな。金はその上で1万円。たぶんだけど」
幹彦もふんふんと覗き込む。
「お釣りの感じからしても、そんな感じだな。
この上とか下もあるのかも知れないけど、今の所はわからないな」
チビは満腹になって眠たくなったのか、丸くなって寝ている。
「明日はこっちのダンジョンへ行ってみようぜ。違いがあるのかないのか」
「そうだな」
それで僕と幹彦は、そうそうに寝る事にした。気分は、遠足前か修学旅行1日目だった。
その頃食堂では、僕と幹彦について居合わせた客達が噂をしていた。
「見たか?ナイフとフォークの使い方」
「あんな上品な食べ方、まさか貴族かねえ」
「こんな宿に貴族が来るもんかよ」
「訳ありなんじゃ?」
「跡取りあたりが、若いうちに武者修行とかかも知れねえ」
「ああ、たぶんそうだ」
そんな会話がなされており、日本人にとっては普通のマナーだったのだが、貴族疑惑がここでも起こっているとは想像もしていなかったのだった。
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