若隠居とエルゼの魔界ダンジョン(2)
時間短縮と道案内のため、ドラゴンになったトゥリスに皆が乗り、そのダンジョンへ向かった。
ドラゴンで数十分、馬車を使えば夕方になっただろうか。
「着いたぞ。ここだ」
見た目は険しい岩山と頂上にできた火口跡という感じだった。その火口跡から、冒険者たちが続々と入場して行く。
「ここかあ」
「どんな美味しいものがあるのか楽しみだなあ」
「さあ、行くぞ、フミオ、ミキヒコ。ボヤボヤしていたら混雑して十分に狩れなくなる」
キリッとしてチビが言い、ピーコ、ガン助、じいが、やはりキリリとした顔で入り口に向かおうと促して、僕と幹彦とトゥリスも、いそいそと入場待ちの列に並んだ。
列は意外と早く進んでいき、十数分で入場となる。
「おお、最初は野菜採り放題!」
「名産のポロウリックネギはただ焼くだけで美味いぜ、兄ちゃん」
側にいた常連らしき冒険者がそう言ってネギを刈り取る。
「ようし、収穫スタートだぜ!」
幹彦が言い、僕たちも収穫を始めた。
太い白ネギ、という見かけのネギで、今晩する予定の宴会でも使えそうだ。
「こっちにはブロッコリーみたいなやつがあるぞ」
幹彦が頭ほどの大きさのブロッコリーに手を伸ばすと、いきなりそれはわさわさと揺れ、つぼみの隙間から顔が現われた。
「う……ニヒルに笑うアフロのおっさんにしか見えねえ……」
幹彦が呻くように言ってそれを見ていると、トゥリスは容赦なくそれを軸から刈り取った。
「わ! クビチョンパにしか見えない!」
思わず全員が引きかけたが、
「前、まよねーずをかけて食べたやつに似ているから、きっと美味しい」
とトゥリスが無表情ながらも食欲を滲ませた目をして言うと、チビたちが一斉に収穫をし始める。
それはまるで戦場か刑場のようで少し恐ろしい眺めだったが、僕も幹彦も躊躇するような新人ではない。
「サラダもいいけど、シチューに入れたりするのもいいし、フライも美味しいらしいね」
「ブロッコリーのフライは食べたことないぜ」
「それ、食いたいぞ!」
僕たちは目を輝かせながら、野菜フロアを十分に楽しんだのだった。
その後も順調に、名産品を入手していく。とても肉は柔らかいのに皮が恐ろしく硬いというブタや、甘い香りがするウシ、そのウシがドロップするとろけるようなチーズ、弾力に富むウサギなどなど。
そして湖には、お待ちかねのゴールデントラウト。
「湖が光っているでやんす!?」
湖面がやけに眩しい。
先に着いていた冒険者たちを見ると、目を細めたり薄い布で目を覆ったりしながら釣りをしたり投網を投げたり、素潜りをしたりしていた。
「普通、釣りをしているそばで投網を投げたり潜ったりしたら、相当怒られそうなものだろ」
幹彦が言うが、側で竿を出して半身になって釣りをしていた冒険者は笑った。
「兄ちゃんたち、ここは初めてか。釣りをするなら底、投網なら表層を狙うからかな。外の川と違ってあんまり影響がねえみたいなんだ。網を破ったり糸を切ったりしなければ、自由だぜ」
言われて、人魚の涙もあることだし、潜ることにした。
流石に、魔術で水を巻き上げて根こそぎ獲るのは気が引けるからな。
そうして僕たちは湖に潜ってゴールデントラウトを捕まえることにした。
地球にも「ゴールデントラウト」という魚は存在する。学術名を「アクアボニータ」といい、きれいな水にしか生息しない魚だ。
この世界のゴールデントラウトは料理になったものしか知らないが、せいぜい数十センチの金色の魚だと思っていたのに、いざ見つけて対面してみると一メートル半ほどのマグロのような魚だったのには驚いた。泳ぐスピードも早いし、抱きついたら振りほどこうともがく力も強い。
電撃を放って失神させて仕留めるのが楽だと気付いたのは、テレビで何度か見た、マグロ漁師の番組を思い出したからだ。
ああ、見ていて良かった。
そんな風に、食材を集めながら順調に進んでいった。
そして数日後、とうとう最奥にまで辿り着いた。
「やっぱりか」
僕たちはそう呟いた。
そこに普通あるはずのダンジョンコアはなく、そこまで辿り着いた冒険者は、大きな岩の表面のくぼみからにじみ出す液体を小さな容器に入れて持ち帰っていく。
その際彼らは、
「当たりだ!」
とか、
「外れか」
などと言っていた。
何のことかわからないが、このダンジョンは間違いなく、魔界に通じるダンジョンらしかった。




