若隠居と再びの北海道(9)
ダンジョンの入り口近くは、異様な緊張感に包まれていた。
政治家たちは距離を取った上で何重もの盾を張り、余裕綽々で椅子に座った黒いフードと仮面の陰王とその隣に立つ副官を見守る。
やがてダンジョンの奥から、たくさんの人型が現れた。陰王の部族の一部だった。
先頭に立つのは背の高い男で、少し顔色は優れないが、それでも自信にあふれた顔付きをしている。
その斜め後ろに嬉々とした顔付きで従っているのは、頭に手をやりながらもニタニタとした、鍛えられた体をしている巨漢の男だった。
その少し後ろにいるのは長身の男で、一番冷静そうに見える。
「先頭が三傑のベネ、力も強いし魔力も多いです。その後ろは三傑のゴラオ。こちらは力自慢です。その後ろにいるのが三傑のグルワナ。魔術のほうが得意です。彼はクーデターに賛成も反対もしていなかったんですが」
こそっとサチャが言う。
そうしている間に、ベネたちはお互いの声が聞こえる程度の距離で足を止めた。
「アイナ・イーダ! 貴様は陰王にふさわしくない! よって、決闘を申し入れる!」
ベネが言うと、サチャが怒ったように声を張り上げる。
「前陰王の血を引く唯一の陛下に、無礼である!」
「血なら俺だって継いでいるぞ。俺の母は前陰王の妹だからな!」
言い返したベネは、勝ち誇ったようにニヤリとした。
「腰抜けのアイナでは、この戦いに勝てん。こうして言われていても何も言えないのだから、ほかの王と戦うどころじゃないだろう。
王は、強い者じゃないとな。戦いに誰もついては来ない。
アイナ、俺と勝負しろ。お前が勝ったらお前に従う。俺が勝ったら、俺が陰王だ」
ほかの皆は黙ってそれらのやりとりを聞いている。
サチャは短く息を吐き、三傑を順に睨んだ。
「こんな馬鹿げた茶番は、今回一度きりだ。本来、前王の決めた継承に意義を申し立てる方があり得ないのだから。
皆、それでいいんだな」
それに、各々が頷く。
「じゃあ、やるか。
今自分で譲ると言えば、けがしなくて済むぜ。一応はいとこなんだしよ」
サチャは悔しそうに、
「陛下が魔術も剣も苦手だったのは、子供の頃の話だ」
と言うが、動揺しているのが丸わかりだ。
と、座ったまま陰王が足を組み替えた。
「へっ。行くぜ!」
ベネが大きく腕を上げ、炎のドラゴンを作り出す──が、突然それが歪んで消えた。
「あ、え? ちっ。魔素が足りねえのか」
言うと、ベネは大剣を振り上げて走って斬りかかってこようとした。
陰王はすっと指を上に上げた。
その直後、目のくらむような眩しい稲光が走り、ベネの大剣に落ちた。
ベネはビクビクと痙攣すると、棒のようにばったりと倒れた。そして焦げ臭いような臭いがする。
誰もが、ベネを驚いたように凝視していた。
「サチャ」
小声で言われたサチャもそれで慌てて我に返り、咳払いをして宣言する。
「勝負あったな。陛下の勝ち、陛下が紛れもなく陰王だ!
クーデターは失敗だったな。これで大人しく従うのなら、このクーデターに参加したことは罪に問わない。どうする?」
グルワナは、
「私は、王に従うまで」
と言い、その場で頭を下げた。
それに多くの者がならった。
ゴラオは、
「おでは、戦えるなら、それでいい」
と笑った。
ワナワナと震える数人が痙攣するベネの側に膝を突いていたが、悔しそうに頭を下げた。
「ベネは従うと言っていたな。
誰か手当てしてやれ。
ああ。ここは魔素が少ない。十分な魔術も使えないから、早く帰った方がいいな。先に行け。後から私と陛下は戻る」
それで彼らは、大人しくダンジョンの奥へと戻っていった。
それを見届けて、陰王は椅子の上でぐったりとした。まるで死にかけのスライムだ。
「緊張したぁ」
言いながら椅子の下から出たのは僕だ。マントの陰に隠れ、アイナの代わりに魔術を撃っていたのだ。
「こっちには魔術の規模を大きくするブローチがあって、向こうはこっちの魔素じゃ足りないってのはわかってたけど、やっぱりねえ」
言うと、幹彦やチビたちがわっと寄って来る。
「万が一があるし、ヒヤヒヤしたぜ」
「うむ。勝負は魔界で、とか言われたらな」
アイナはと見ればぐったりとしたまま、
「それでこの後どうしろって言うの。せっかく家出するチャンスだったのに」
とブツブツ言って放心していた。
「全軍が一枚岩になっただけでも違うだろ。こっちは魔界には行けないんだし、そこは頼むぜ」
幹彦が言い、サチャはアイナをしっかりと捕獲しながら頷いた。
「そうだな。
とりあえずクーデターは阻止できた。礼を言う」
それで僕たちはまた会談することを約束し、アイナとサチャはダンジョンの奥へと歩いて行った。




