若隠居と再びの北海道(8)
顔が全くわからないというのは、やはり、真摯な態度とは言えない。
ということでアイナは仮面を外したのだが、緊張のせいでか人見知りのせいでかその両方のせいでかずっと下を見ていて、声も囁くように小さいかすれ声になっている。
サチャの方がよほど堂々としていた。
結局サチャが、魔界というところがあって五人の王が千年に一度戦いをすること、負けると負けた方とつながっている世界は蹂躙される可能性が高いということ、この世界とつながっているのが自分たち陰王の部族であること、を説明した。
自分たちが最弱なのは、「失礼ですが」と言って総理大臣に訊かれてから、申し訳なさそうに答えていた。
空気が重苦しくなる。
「そのほかの部族に、科学力で対抗することは可能ですか」
防衛大臣が訊くのに、サチャの代わりに僕が答える。
「ダンジョンの中では科学技術が役に立ちません。試しに魔界に時計を持っていってもらったんですが、やっぱりダメでしたので、現代兵器などは使用できないようです」
次はダンジョン庁大臣が訊く。
「では、国連を通じて世界中から探索者や軍人を集めて送り込んだとしたら、勝てる見込みはあるのだろうか」
それにはサチャがあっさりと答えた。
「まず、魔界の住人である魔人や動植物よりも確実に地上の生物は弱いので、すぐに死にます。魔界の魔素はずっと濃いので、魔素が地上にあふれている世界での生物でも、魔界の雑魚に勝てるかどうか。
稀に適応する生命体もいると言われますが……チャレンジしてみますか」
それには政治家たちが渋い顔をして唸った。
「どうしたものか……」
一蓮托生となる魔王が、最弱とはついていない。
「魔界とつながるこの世界ただひとつのダンジョンが日本にあると言っても、問題は日本だけにとどまらない。まずはアメリカに連絡をしないとな。それから各国へ連絡することにはなるだろうが……。
勝った魔王がつながった世界へ干渉するのは、ダンジョンからその世界に出てきて、ということになるのかね。
だったら、魔素が少なくて動けないんじゃないのか」
「それに外なら、現代兵器でも使用可能です」
「そうだな。このダンジョン近辺の国民を避難させておけば、そういう手段もとれるか」
総理大臣たちはそう言って対策を相談し始めた。
アイナとサチャはと見れば、「これで今回の用事は終わった」と言わんばかりにほっとしたようにおかわりのジュースを啜っている。
その時、チビが耳をピクリとさせ、サチャが真剣な顔付きになって立ち上がった。
「ダンジョンの奥から何か来るぞ」
チビが言うのに遅れて、サチャも口を開く。
「これは三傑? 全軍が揃って近付いてきている? どういうことだ?」
それに全員が動きを止め、緊張して注目した。
「部下に、来るように言ったんですか」
「いいえ! 待つように言ってあります!」
アイナがブルブルと首を振るのと、サチャが「まさか」と言うのは同時だった。
「まさか、クーデター?」
アイナの顔が強ばり、血の気が引く。
「クーデターとはどういう?」
総理大臣が訊くのに、サチャが嫌々答えた。
「その、現地人を使い捨てにでもして打って出るべきだという意見もあり、陰王を選出し直すべきだという者もおりまして──」
最後まで言い切る前に、日本人側は慌てた。
いや、一番慌てているのはアイナだった。それで総理大臣たちは落ち着いたようにも見える。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう!? でも、陰王なんてやめて家出するチャンスだわ。素直に譲って隠居ってことで日本に亡命したらいいんじゃない?」
「待てよ、待ってくれ。クーデターを起こすんなら、現地人を使えって言うやつだろう? ダメじゃねえか」
幹彦が慌てる。
「そうだよな。力を見せろとか言ったんですよね。ここはちょっと、力を見せつけて、クーデターを失敗させてやってもらわないと」
続けて僕が言うと、アイナは絞め殺されるトリのような声を上げた。
「ヒイイー! 無理です、無理です! それができれば、仮面で顔なんか隠してないです! 表に出て命令だって話だってしてます! 私、魔族の中でも多分力は下の方ですよおお!」
「なんでそんな人が王になったの」
ピーコが言うのに、ガン助が、
「血縁でやんすね」
と言い、じいが、
「それで過去、たくさんの藩や家が失敗して潰れてきたのう」
と溜息をつく。
チビも僕も幹彦も溜め息をついた。
「どうする」
「まだ、アイナの方がましだよ。突撃とか現地人の徴用とかいうバカよりも」
思わず言ったら、サチャは目を吊り上げ、アイナは逃げようとしてテーブルにスネを打ち付けて転がっていた。
「よし。近くまで来たところなら、向こうも酸欠ならぬ魔素欠で、力が出ないだろ。太刀打ちできるんじゃないか」
僕たちは慌ただしく作戦を練った。




