若隠居と再びの北海道(5)
翌日、僕たちは姿を隠して最奥を見張っていた。
岩の向こう側を探ろうにも上手くいかず、向こうから何か出て来るかもしれないからと、見張ってみることにしたのだ。
もしかしたら、昨日の二人組が消えたことも、関係があるかもしれない。
昼ご飯を食べたり、わいて出てきた魔物を順番で狩ったりしつつ、何か変化が起こらないかと待った。しかし、一向に何も起こらず、上から探索者がここへ来ることもない。
もう今日は何も起こらないのか。また明日か。そう考え始めた時だった。
この最奥の空間に急激に濃い魔素が流れ始め、緊張していると、岩の表面がブレたようになり、そこにいきなり人影が現れた。
昨日の二人組だった。
「大丈夫、誰もいません」
「昨日のチーム、いるかしら。あれ、美味しかったわ。今日も交換してもらえないかしら。
ああ。このダンジョンの外には、あんなものがたくさんあるのねえ。もう、こっちで暮らしたいわ」
「アイナ──!」
「じょ、冗談よ。あはは」
二人は言いながら散歩するような軽い足取りで上に向かって歩き出し、ちょうどわき出した牛の魔物を、気の強そうな方が簡単に剣で倒して、ドロップした魔石と角を拾った。
「この角で、昨日のあれと交換してもらいたいなあ」
うきうきとアイナと呼ばれたもうひとりが言い、そこで僕たちは姿を見せた。
気の強そうな方が、さっと素早くアイナの前に出てかばい、剣を構える。
それで、突然現れたのが僕たちと知り、二人とも、驚いたような警戒するような安心したような、中途半端な顔をした。
「やあ。昨日はどうも」
まず幹彦がにこやかに声をかける。
「この岩の前に転移してきましたよね。あなたたちは一体何者ですか。買い取りに行けないのと関係はありますか。ありますよね」
僕が言うと、アイナは目を泳がせ、気の強そうな方は警戒心を強めるように目を細めた。
「ただの探索者です」
「怪しいな」
「魔力量もヒトとは違いますし、ダンジョンの奥から来たというのも変です。
魔物ですか」
二人組は口をつぐんだが、空間収納庫からクレープを出すと、二人の目がクレープを追った。
続いて熱々のたこ焼きを出すと、二人ともしっかりと目でたこ焼きを追った。
「そそそんなものでつられると思っているのか!?」
気の強そうな方が言うが、アイナは視線をたこ焼きから外せないでいた。
その彼女たちの前で、たこ焼きを持ったまま僕はしゃがんだ。
「待っている間におやつにしようか。
熱々だから、火傷しないようにね」
幹彦もチビたちも、機嫌良く寄って来ると、つまようじを掴んでたこ焼きに刺した。チビ、ピーコ、ガン助、じいの分は、皿に載せて地面に置く。
「良い匂いだぜ」
「ぷりぷりのたこの歯ごたえ、ソースと鰹節とあおのりの香り! ああ、たまらないね!」
「おろしポン酢もいいけど、ソースもやっぱりがっつりとしていいなあ」
「ワン!」
「ピピー!」
ゴクリと唾を飲む音がする。
まさかこれで自白するとは思っていないが、隙ができれば、その間に鑑定することができるかもしれない、というのがこの目的だ。
だが、思わぬ事が起きた。
「私もうこっちに住む!家出する!探さないで下さい!なんでも言うのでそのたこ焼きというの、ください!」
アイナの叫びに気の強そうな方がギョッとするが、僕と幹彦とチビも唖然とした。
「え、嘘だあ」
「これで落ちるとかチョロすぎじゃねえの」
「ちょ、アイナ!? 何を言ってるのです!? 食べ物如きで!」
それにアイナが、口を尖らせた。
「これはきっかけよ! 私、嫌だって言ってたよね!? もう嫌! こっちの世界は美味しい物がたくさんあるみたいだし、平和そうだし、もう、こっちに住む! 亡命する!」
よくわからないが、もの凄く重大な決意を促してしまったようだ。
「えっと、落ち着いて。まずは……食べる?」
僕は彼女にたこ焼きを差し出した。




